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龍帝記  作者: 久万聖
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ある国の崩壊

 この日、龍帝国(シヴァ)の岩山の王宮にて、リュウヤは二カ国の使節との謁見に望んでいた。


 その使節を送って来た国はグラキエナ王国と、ラウレイオン王国。


 その使節の名目は友好親善のためとなっているが、その内実は違う。

 先日のイストール王国国王ウリエの、戴冠式の時の非礼への詫び入れであり、事実、両国の使節の代表は最初から平身低頭である。


 そして残るサラミス王国は、無視することに決めたようだ。


「それで、貴公らは誰に謝罪に来たのかな?」


 グラキエナ王国の代表はその質問の意図を計りかねたようだが、ラウレイオン王国の代表は正確に把握していた。


「リュウヤ陛下はもちろん、その隣にお座りいただいている、オスト王国のマクシミリアン殿下、ならびにクリスティーネ殿下でございます。」


 その言葉に、グラキエナ王国の代表も同様の口上を述べる。


「それだけか?」


「いえ、帰国の折にはイストール王国へと参り、ウリエ陛下と、ユリウス殿下への謝罪も致します。」


 今度は二人揃っての口上である。


 リュウヤは満足そうに頷くと、


「帰国の際には、残る一国の様子を見聞して行かれるとよい。」


 そう話しかけ、


「そういえば、今日であの一件から20日だったな。」


 そう聞こえよがしに呟き、それをサクヤが頷いてみせる。


 サラミス王国が、この世界から消滅することが決した瞬間であり、グラキエナ、ラウレイオン両国の代表は、その背に冷たいものが流れることを知覚すると同時に、安堵の息を漏らしていた。






 ☆ ☆ ☆






 翌早朝。


 サラミス王国王都サラミスの住民は、不安そうな表情で空を見上げていた。


 なにせ、空には30体の龍が編隊を組んで悠然と飛んでおり、これから何が起きるのかと、不安にかられていたのだ。


 その龍たちの様子は、もちろん王宮からも見えており、王宮を守る衛士たちも空を見上げている。


 だから、異変に気づくのが遅れた。

 いや、正確には異変に気づく間も無く殺されていた。


 20日の間に王都に入り込んだ天狗(てんこう)族の部隊が、あっという間に王宮の城門を制圧し、鬼人(オーガ)族と吸血鬼(ヴァンパイア)族、天狗族の混成部隊が堂々と侵入する。


 その指揮を執るのは、吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)カルミラ。


「それにしても、天狗族というのは本当にどこにでも入り込んでいるのですわね。」


 そう、側にいる天狗族に話しかける。


「それが、我らの最大の武器でございますから。」


 そう返答する。


 たしかにその通りだろう。

 種族として然程の強さを持っているわけでもない。

 そんな天狗族が磨き上げた能力が、潜入能力とそれを活かした情報収集・分析能力なのだろう。


「それよりも、カルミラ様が出てくるとは思いもしませんでした。」


 本来なら龍帝国の司法を担う立場であるカルミラが、最前線に出張ることなどあり得ない。


「たまには、ね。

 リュウヤ陛下よりお与えいただいた御役目は重要ですし、やり甲斐もあるのですけれど、外の空気も吸いたくなるものなのです。」


 その外の空気が、戦場の血生臭い空気であることは意に介さないらしい。


「それにしてもモガミ殿も大変ですわね。」


 カルミラは鬼人を率いるモガミに声をかける。


「いや、ま、まあ・・・」


 先のオスマル帝国との戦いで、同僚のキヌとシナノに出遅れてしまい、武功をあげることができなかったモガミの、鬼姫モミジからの風当たりは極めて強かった。


 徹底的にしごきにしごかれ、毎日毎日ぼろぼろにされていた。


「それよりも、さっさと済ませてしまいましょう。」


 そう、上空を飛ぶ龍に気を取られている間に奇襲をかけたことが成功している。

 このまま相手が立て直す前に、一気に殲滅するのだ。


 この作戦が採用された理由。

 それは、リュウヤの「中枢のみを殲滅し、一般人への被害を最小限に抑えること」という意向を汲んだからである。


 そのため、参加している人員も150名ほどであり、そのうちの100人は鬼人であり、吸血鬼はカルミラの側近10名。

 残りは天狗族という構成である。


「カルミラ様、さっさと済ませてしまいましょう。」


 あまり時間をかけては、王宮外にいる王都守備隊に知られることになりかねず、一般人への被害を最小限に抑えるというリュウヤの意向に添えなくなりかねない。


「そうね。私たちは王族や貴族を殲滅します。

 モガミ殿は、敵兵の排除をお願いします。」


 天狗族は、その情報収集能力で得た知識で持って、効率的に作戦を行うための案内役と、連絡役に分かれる。


 カルミラを見送ったモガミは、配下の者を20名ずつの隊に分ける。


 そのうちの一隊に城門の警護を命じると、敵兵の殲滅のために行動を開始する。


「手応えのある者がいれば良いが・・・。」


 そう呟きつつ、自身も一隊を率いて動き出した。






 ☆ ☆ ☆






「戦闘とは言えんな、これは。」


 あまりにも手応えが無さすぎる。


 人間族に対して、鬼人族は圧倒的なまでの戦闘能力を誇る。それが奇襲に成功したのだから、こうなるのも仕方がないかもしれない。


 だが、それを加味しても脆すぎる。


「これでは、一方的な虐殺ではないか。」


 キヌやシナノの話では、オスマル帝国の兵士の中には、多少ながらも打ち合える者がいたというが、この国ではどうやら望めなさそうだ。

 そう内心でなげいていると、


「おぉーっ!!」


 モガミに打ち掛かってくる者が現れる。


 モガミはそれを苦もなく受け止める。


「ほう。俺たち鬼人に打ち掛かってくる気概のある者がいたか。」


 そう呟くと軽く押し返す。


 モガミにとっては軽く押し返しただけなのだが、相手は大きくよろめいている。


「この程度でよろめくとはな。

 龍帝国(うち)の兵士じゃ考えられん。」


 そう感想を口にするが、これは龍帝国の事情が特殊なのであって、サラミス王国は極普通なのである。

 なにせ龍帝国において、人間族の訓練相手となるのは能力が格段に上回る他種族であることが多いのだ。


 そういう相手と戦うにはどうすれば良いのか、それを模索し研鑽を積んでいる龍帝国の兵士と、基本的に同程度の能力の者たちでやりあう訓練では、その質が大きく違ってくる。


「まあいい。この俺に打ち込んできた気概に免じて、名前くらい聞いてやる。」


「サラミス王国王宮警備隊副長アドニス。

 勝てぬまでも、せめて一太刀浴びせてくれる!!」


 一気に間合いを詰めて斬りつけるが、あっさりと斬り倒される。


「気概だけは良かったのだがな。」


 モガミはつまらなそうに呟いていた。






 ☆ ☆ ☆






 カルミラは、「(プリンセス)」の呼び名に相応しい優雅さと気品を持って、サラミス王国王宮の中を悠然と歩いている。


 向かうのは、王がいるであろう居室や執務室ではなく、王とその側近が向かうであろう秘密の抜け道。


「よくも、そこまで調べあげたものですわ。」


 道案内をする天狗族に、称賛とも呆れともつかぬ口調で話しかける。


「さすがに、調べあげた方法までは話せませんが、どこの王宮、城にもあるものですからね。

 調べあげておかないと、後顧の憂いとなりますからな。」


 逃亡を許せば、それを捜索するための人員や資材、時間を浪費することになりかねず、また逃亡した者が再起すれば余計な被害を受けることになりかねない。


「ええ、わかっておりますわ。

 それに、ちょうどいいタイミングだったみたい。

 ネズミたちが自分から飛び込んで来たわ。」


 カルミラの視線の先の通路から、怒号としか言いようのない大声で話しをしている者たちがいる。

 まだ、夜明けの薄暗い時間帯で、こちらの存在に気がついていないようだ。


「ただの脅し、そう言っておったではないか!」


「は、はい。あ、あの時は、本当にそう思っておりまして・・・」


「陛下、そんなことよりも、今は早く抜け出さねばなりません。」


 そんなに大きな声を出していては、自分から居場所を教えているようなものだろうに。


 カルミラは呆れて声のしている方を見ている。


 呆れてはいるが、観察するべきところはしっかりと見ている。


 人数は40名ほど。

 年齢は全員30歳以上。

 そして武装している。


 どうやら、妻子を置いて自分だけ逃亡を図っているようである。


「皆殺しにしても、問題はないわね。」


 リュウヤからは、15歳未満の者と戦意がない者はなるべく殺さないようにと言われている。

 目の前に現れた者たちは、そのどれにも適合していない。


 20メートルほどにまで接近していても、気づかない者たちにカルミラが呆れて声をかける。


「敵が目の前にいるというのに、随分と余裕がおありですわね。」


 あり得ざる場所に、あり得ざる美声を聞き、サラミス王国の者たちはぎょっとした表情でカルミラたちを見る。


 一見すると、少女とも見間違いそうな、そんな美女が10名ほどの者を従えている。


 皆、軽装なのだがその美女だけはさらに装いがちがっている。


 場違いとしか思えない赤いドレスを着て、黒いマントを纏っている。


 自国の貴族の令嬢かと一瞬考えたが、これほどまでの美女は見たことがない。


「何者か!?」


 完全武装した騎士風の者が、主君を守るように前に出て誰何する。


「これは失礼いたしました。まだ名乗っておりませんでしたわね。

 私の名はカルミラ。ですけれど、吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)と名乗った方が、通りは良いかしら?」


 吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)と聞いて、一気に凍りついたような沈黙に包まれる。


 元々、強大な力を持つ吸血鬼族の中でも、最上位の一角にある存在。


 遥か昔には、当時最強と謳われた国を戯れに滅ぼしたという伝説を残している、最恐にして最狂。そして最凶、最悪の存在。


「ば、バカな・・・。そんな存在が、なぜ、龍帝国なぞに仕えておる・・・。」


 誰ともなく口にする疑問。


「決まっているでしょう。

 あの御方は、私よりも遥かに強く、そして優しい御方。」


 カルミラは、自分の肩に手を当てながら、恍惚とした表情を浮かべる。

 だが、それも一瞬のこと。


「その御方が、謝罪の御機会を与えて差し上げたというのに、それを理解しない愚か者ども!」


 その表情は怒りとも狂気ともつかぬものだが、見る者に凄惨な美しさを感じさせる。


「だから、皆殺しにして差し上げましょう。

 あの御方の代わりに。」


 そう宣言した次の瞬間、王を守るように前に出ていた騎士の首が落ち、そこから鮮血が噴き出す。


 唖然とする、護衛の者たち。


 なぜなら、カルミラは何も武器を持っていないように見えるのに、どうやって首を斬り落としたのかがわからないのだ。

 わからなければ、対応はわずかに遅れてしまい、その遅れをカルミラに突かれて次々に倒されてしまう。


 8人目が倒された時、やっとカルミラの得物を見抜くことができた。

 カルミラの得物は長く伸びた爪。

 正確には猫の爪と呼ばれる武器を、より長くしたもの。


 長く細い武器ならば、耐久性に劣るはずと打ち合いに持ち込もうとする者もいたが、圧倒的な技量の差に打ち合える者は一人としていない。


 まるで川面(かわも)に流れる木の葉が、行く手の障害物に触れることなく流れるような流麗さで、次々と斬り倒されていく。


 瞬く間に討ち減らされ、残ったのは王と近衛隊長。そして、イストール王国の王宮にてユリウスらを侮辱したドラクマ公の3人。


「近衛を統べる者ならば、私を少しは楽しませてもらえるかしら?」


 40名近い斬殺体を生み出したカルミラは、息一つ上がっていない。

 それどころか、返り血一つ浴びていない。


「ば、化け物・・・。」


 王の口からは、それ以外の言葉が出てこない。


「こ、近衛隊長!こ、こ、こ、こいつを早くなんとかしろ!」


 ドラクマ公が叫ぶ。


 一方で、言われた側の近衛隊長としては、事の原因を生み出したドラクマ公こそ、この場を鎮めるためになんとかするべきだろうと考えてしまう。


 考えてしまうが、行動は違う。


 職務に忠実というべきか、見上げた忠誠心というべきか。


 両手持ちの大剣を正眼に構え、カルミラに向き合う。


 その近衛隊長に対し、


「勇敢ね、坊や。」


 見た目だけなら、どう見てもカルミラの方が若い。

 だが、不老不死の存在とも言われる吸血鬼であり、伝説にその名を残すカルミラは見た目通りの年齢ではない。


「見た目がもっと若ければ、私の眷属に加えてもよろしかったのですけれど。」


 残念そうな口調のカルミラに、問答無用とばかりに必殺の突きを放つ。


 近衛隊長にとってこれ以上ないという感覚で、突き込む。


 速さ、力強さ、タイミング。


 そのいずれもがかつてないものであり、カルミラの心臓を捉えたと確信した時、その確信は裏切られる。


 目の前にカルミラの姿はなく、むしろ背中に焼けるような痛みが走る。

 その痛みは徐々に深く突き刺さり、その先が身体を貫いて出てくる。


「馬鹿・・・な?」


 近衛隊長は自分の身に何が起きたのか、理解できずにいる。


 間違いなく、自分の突きはカルミラの心臓を捉える寸前までいっていたはず。


「なかなか良い突きでしたわ。

 人間族としては。」


 この言葉で近衛隊長は悟る。

 自分が相手をしたのは、人間族としての常識では計ることができない存在であると。


 カルミラは、残る二人に向き直る。


「こ、こ、この国をやる。だから、命だけは助けて、くれ。」


 サラミス王の懇願に、カルミラは表情を変えることもない。


「言いたいことは、それだけかしら?」


 周囲が凍結したかと思わせるような、そんな冷たい口調。


「王としての職責を果たそうとせず、妻子を捨てて逃げ出し、此の期に及んで命乞いとは・・・」


 口調だけでなく、その視線も凍りつかせるような冷たいものとなっている。


「せめてもの国王への礼儀として、苦しまぬようにして差し上げましょう。」


 カルミラの言葉に、サラミス王は奇声を発して逃げ出そうとする。

 だが次の瞬間、サラミス王の首は胴から切り離されていた。


 その様子を見て、ドラクマ公は腰を抜かしてへたり込んでいる。


「貴方がドラクマ公ですわね?

 我が主人を侮辱したその罪、その身に刻み込んで差し上げます。

 その命が尽きる瞬間まで。」


 "その命が尽きる瞬間まで"。

 それは、ドラクマ公にとって死よりも酷い時間の始まりの宣告だった。


 そしてこの日、サラミス王国が事実上崩壊したのだった。

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