神聖帝国帝都の出来事
神聖帝国帝都パルドビツェ。
その皇宮にて、神聖皇帝ハイメ・デ・カスティーリャ二世を中心として、廷臣たちと至高神大神殿の幹部たちが集まっている。
問題となっているのは、もちろん第二皇女であり至高神の聖女として覚醒したと思われる、ビオランテのこと。
そして、そのビオランテをはじめとする五大神の聖女が龍帝国の元に集まっていること。
いや、集まっているだけならばまだ良い。
その他の神々の聖女に亜人や獣人がいることだ。
それでは、自分たち至高神大神殿が説いてきた、"人間族至上主義"が根底から覆ってしまう。
すでに帝都ではその話がでまわっており、至高神大神殿への信仰が揺らいでいるという。
大神殿の言い分ならば、聖女とは人間族にしか現れないはずで、亜人や獣人から聖女が生まれるわけがないのだ。
だから、自分たちの教義を守るならば、龍王国にいる亜人や獣人の聖女を殺さなければならない。
そしてそれは、龍帝国と戦うということである。
問題はそれが可能なのかということだ。
「戦っても、負けるだけです。」
とは神殿騎士団副団長バルタザル・コモンフォルトの言葉。
ビオランテに付き従い、実際に彼の国の戦力の一端を垣間見ている。
完全武装していた部下を、物の見事に一刀両断してのけた鬼人の女戦士。
あの女戦士一人で、ビオランテの護衛として参陣していた者たちは、簡単に殲滅させられていただろう。
使節団団長を務めたエウァリストゥスは、バルタザルよりもはるかに冷淡である。
「やりたければやればいい。
それによって、この国はおろか、大神殿も破滅するだけでしょうな。」
完全に、投げている。
「すでに、なにやら人を送り込んでいるようですからな。
いつ逆鱗に触れるか見ものですな。」
大地母神神殿総本山がどうなったか、思い出してみるといいのだ。
今、送り込んでいる者たちになにをやらせているのか、おおよその予想はつく。
聖女ビオランテの奪還。
そしてそれに伴う破壊工作。
その破壊工作には、龍帝たるリュウヤの暗殺も入っているかもしれない。
それが露見すればどうなるのか、理解しているとは思えない。
ハイメ二世はエウァリストゥスの言葉に、眉をひそめる。
「勝てぬ。そして取り返すことはできぬと、そういうのだな?」
エウァリストゥスは大きく頷き、その言葉を肯定する。
「ふん。ビオランテ様への接触には成功しておるわ!」
誇るように言うのは、至高神大神殿枢機卿ハリラオス。
「すぐに、我らの手に取り戻すことができる。」
自信満々なその様子に、ハイメ二世はホッとした表情を見せる。
それに冷や水を浴びせるのがバルタザル。
「接触だけだから、なにもなかっただけでしょう。」
その言葉に、
「今頃はすでに奪還していよう。だから、黙って待っておればいいのだ。」
ハリラオスはそう宣言するが、エウァリストゥスとバルタザルは、背中に冷たいものが流れるのを感じる。
次の瞬間、皇宮の庭に落雷が発生する。
バルタザルは嫌な予感がして、その庭園が見える位置まで走る。
それにつられるように、その場にいる者全員がバルタザルの後を追う。
バルタザルとエウァリストゥスは忘れていない。
その場にいた者の姿を。
「鬼姫、殿・・・。」
部下を鎧ごと一刀両断してのけた鬼人モミジ。
その背後にも、鬼人が二人付き従っているのがわかる。
だが、ともすれば敵地のど真ん中といえる場所に、誰にも気付かれずにここまで来ることができるものだろうか?
「あ、あれは・・・」
呻くようなエウァリストゥスの声。
その視線は空を見上げており、そこには三体の龍が悠然と飛んでいる。
「皇帝ハイメ二世はどこか?」
モミジの鋭く誰何する言葉。
人垣が割れるように左右に開き、そこに一際豪奢な服を着ている者が現れる。
「わ、私、余がハイメ二世である。」
モミジの放つ、尋常ならざる闘気に完全に圧せられ、ハイメ二世はその震えを隠せない。
ハイメ二世のその様子に、モミジは蔑みの視線を浴びせる。
そして、背後に控える二人の鬼人に合図を送る。
その二人は、手に持っていた大きな袋をハイメ二世の前に投げる。
足下に投げられた袋の口が解け、中から転がり出てきたもの。
それは人間の生首だった。
「ひゃあ!!」
腰を抜かしてその場にヘタリ込むハイメ二世に、
「龍帝リュウヤ陛下が庇護せし聖女を拐かそうとした者どもの首だ。
見覚えがあろう?」
その言葉に、ハイメ二世は首を振る。
「し、知らぬ。余はその者たちのことなど知らぬ!」
なかば絶叫するように言うハイメ二世。
「ならば、大神殿か。」
モミジは呟くと、上空の龍を見る。
その視線に気づいた一体が、頷くような素振りを見せると、大神殿の上空を旋回する。
そして、凄まじい轟音が周囲に響く。
轟音のした方向にあるのは、大神殿の建物。
「今回は、この程度で許してやろう。
だが、次は無いと知るが良い!」
モミジたちは降下してきた龍の背に飛び乗る。
「ま、待ってくれ!む、娘に会わせてくれ!」
ハイメ二世は、モミジに縋ろうとするが、
「そんなに会いたければ、我が国に来ればよい。
家族が会いに来ることまで、我が主は妨げはしない。」
それだけを言うと、モミジたちは龍とともにその場を離れていく。
後に残された者たちは、龍帝国の圧倒的な戦闘力の前に打ちひしがれる。
バルタザルとエウァリストゥスの二人を除いて。
そして、帝都パルドビツェの市民、至高神大神殿の信者たちは噂する。
「間違った教えを説き続ける大神殿に、天罰が降ったのだ」
と。