パドヴァ宣言
リュウヤたちが森への帰途に着いたのは、さらに3日後のことだった。
森に来ることに同意した侍女たちが、是非とも持ち込みたいという道具を手配したり、また開拓に必要となりそうな道具を集めたり。さらには馬の世話をできる人間を雇ったりと、なんだか商人にでもなった気分である。
うちにも物資を届ける商人が必要だなぁ、などと考えたりする。
こうしてみると、国として作り上げていくのに足りないものばかりだと気付かされる。
「足りないものが多いのは、理解していたつもりなんだがなあ。」
"つもり"でしかなかったことを痛感する。
一番足りないのが人手であることは、変わらないが。
あと、問題なのが住宅と食料。
住居はとりあえず岩山の洞窟。龍人族の元宮殿らしいから、格式としてはなんとかなる・・・かな?
そして食料は・・・。
肉は森にいる獣たちを捕らえる。魚は湖や川で捕る。
ただ、パンはどうするか?
野菜は?
・・・・・・・・。
やめだやめ!!こんなんじゃ思考の袋小路に入っちまう。考えるのはヤメ!!
ひとつひとつ片付けるしかないんだから。
今までの分が、龍人族の森の問題。
このパドヴァでも大きな問題が残っている。
魔術師学校の存在だ。
簡単に調べた範囲では、ここで人体実験が行われた形跡はない。が、人体実験が魔術師たちの手で行われていたことは事実であり、そのことが広まれば、この魔術師学校とそこに通う学生たちにも危害が及ぶ。
やってきたことはともかく、その発想はこの世界では画期的なものだろうし、魔術師の育成の経験は残しておきたい。
そこで、学校関係者に接触する。
状況を知ると青ざめる学校関係者。
リュウヤは存続させたい意思があることを伝える。
ただ、場所は龍人族の森の中になること、今までのような資金は与えられないことを説明する。その上で、移転の意思があるか、検討してほしいこと。そして、あまり時間がないことを伝える。
「無茶なことは理解している。だが、すぐに魔術師という存在そのものに対する嫌悪が酷い状況になる。」
そうなってからでは遅いのだ。
「わかりました。早急に対応いたします。」
決まったら、王宮にいるピエトロという文官に頼るように。そう言ってリュウヤは魔術師学校を後にする。
王都の大広場に集まる集団。
龍人族の森への移住を希望する一団と、ほんの数日前まで王族や貴族であった者たちの子弟たち。
不安な表情を浮かべる者もいれば、希望に満ちた表情をする者もいる。ひと旗あげよう、そういう者もいる。
リュウヤは王城の城門の上に立つ。上空にはシヴァが大きく旋回している。
「よく聞け!我は始源の龍シヴァの盟友にして龍人族の王リュウヤである!」
それほど大きな声で話しているわけではない。リュウヤの言葉はシヴァを通じて、この国のみならず、龍人族の森の周辺の国や地域に住む者たちの頭に、直接届く。
「我が庇護を求めしものは、森へと来るがよい。我は来る者を拒まぬ。我が下に、この森に住まう者は平等である!」
種族を問わぬ。種族が違うからといって差別はしない、許さない。
後に「パドヴァ宣言」と呼ばれることになる宣言である。
リュウヤたちとしては帰還、移住する者たちにとっては期待と不安の新天地への旅立ちだった。