聖女たちとの会談
ウリエは王宮へと戻る。
五大神の聖女が集うなど、聞いたことがない。
そのため、何が起きるのか、起きようとしているのか調べる必要がある。
この場で聖女たちから話を聞けば、それがわかるかもしれないが、少なくとも今の自分には耐えきれないだろうことはわかる。
だから、あの場を辞することにしたのだ。
「それにしても、リュウヤ・・・殿はどれほどの重荷を背負っているのか・・・。
凡庸な自分には計れぬものだ。」
そう口にして、リュウヤがいるであろう部屋をわずかに振り返り、馬車に乗り込む。
なにか伝えられることがあるならば、まだ残っている兄フィリップがなにか聞いてくるだろう。
その時から、考えればいいのではないか。
ウリエはそう考えると少しばかりの時間、目を閉じていた。
☆ ☆ ☆
「凡庸な自分」とは先ほどのウリエの言葉だが、それはリュウヤ自身が自覚していることでもある。
他者の評価はどうあれ、リュウヤ自身は自分を凡庸であると思っている。
それが、異常なまでの魔力量と身体能力。
それに過去にシヴァの贄となった者たちの記憶、元いた世界で得ていた知識でなんとかなっているに過ぎないと、リュウヤ自身は思っている。
そして、ウリエが退出したため、場所を湖のほとりに移す。
リュウヤは改めて名乗り、そして聖女たちも改めて名乗る。
リュウヤの右隣にはサクヤが座り、左にはヴァーレ。
そしてユーリャ、ビオラ、コルネリア、シャーロット、アイシャと続き、サクヤとなる。
また、コルネリア、シャーロット、アイシャの後ろには従者が各1名控えている。
また、ヴァーレが隣にいるのは、この世界の宗教に疎いリュウヤのアドヴァイザーとしてである。
さらに、リュウヤの後ろにはスティールとキュテリアが控える。
「リュウヤ陛下の部下は、噂通りに多種族混成なのだな。
安心したぞ。」
リュウヤのほぼ正面に座る、軍神の聖女コルネリアの言葉。
コルネリアは外套も外しており、その尻尾や犬のような耳も晒している。
「ここには連れてきていないが、獣人族の部下もいる。
獣人族の国とも、同盟を結んでいるぞ?」
その言葉に、ニヤリと笑みを浮かべる。
また、シャーロットもホッとした顔を見せている。
おそらくは、自身だけでなく従者にも他種族がいるのだろう。
その一方で、アイシャの表情は変わらない。
「なぜ、俺のところに来たのか、その理由を知りたい。」
単刀直入に尋ねる。
「はいはーい!」
すかさずユーリャが手を挙げる。
「私はねぇ、大地母神様から南に行けって言われたんだ。」
「それだけか?」
「うん。南に新しく豊かな森ができたから、そこに村の人たちを連れて行けって。」
それはすでに聞いている。
だが本人は意識しているのかわからないが、ユーリャのこの積極的な行動は、周囲が参加しやすくしてくれる。
「私も、龍王国に行くようにと。
そして、陛下のお顔を見たとき、お仕えせよと。」
とはビオラ。
「大いなる災厄に備えよとも。」
ビオラはそう付け加える。
「私も、至高神の聖女と同じ。
始源の龍を蘇らせた存在がいる。その者の力となれと、そう神託を受けた。」
とコルネリア。
「個人的に興味もあったけどね。産声をあげたばかりの小国が、どう見ても格上の大国を次々と破っていったんだから。」
そう言ってリュウヤを値踏みするような視線を向ける。
「私も、だいたい、同じ。」
アイシャは相変わらず、たどたどしく言う。
そのたどたどしい言葉に、リュウヤは興味を抱く。
これは種族としてそうなのか、生育環境によるものなのか?
アイシャからは通常の人間よりも、遥かに強い力を感じるのだが・・・。
そのリュウヤの興味に答えたのは、アイシャの後ろに控えている従者だった。
「聖女様は、ヤリクの民にございます。
もし、話し方にご不快なことがあるのなら・・・」
謝罪いたします、そう続けようとしたのだろう。
それを遮るように、リュウヤが問いかける。
「ヤリクの民?」
「は、はい。月の民とも呼ばれる種族にございます。」
「どんな種族なのだ?」
これに答えたのは、背後に控えるキュテリア。
「月の満ち欠けにより、その力を左右される種族です。
その個体によっては、獣のような姿になることもあります。」
そこで言葉を区切り、
「ですが、彼女がそのような姿になったとは聞いたことがありません。」
「なるほどな。」
狼男に代表される、獣憑に近いのだろうか?
その姿を見てみたいとは思うが、見ない方が平穏な日々であることは間違いない。
そしてリュウヤはもうひとりに視線を向ける。
「私は、海神より、その上位神からの伝言として伝えられました。」
「ん?上位神?」
シャーロットの言葉に疑問が生ずる。
「海神だけ、やけに具体的なのだな。」
一見すると具体的に見える大地母神は豊穣と繁栄という概念、至高神は高潔さといった概念。
軍神は武と勇気、智慧は知識と智慧。
だが海神はそのまま「海」となる。
「上位神とは、なんなのだ?」
「名は伝わっておりません。」
あっさりとシャーロットに言われる。
「まさか、な。」
ひとりだけ心当たりがあるが、今は黙っておく。
いずれ再会することもあるだろうから、その時に確認することにしよう。
「来た理由はわかった。だが・・・」
この場にいる者たちに釘を刺す必要がある。
「君たちの言う、大いなる災厄についてはしばらくの間、口外しないように。」
この場にいる皆は、一様に頷く。
アイシャ、コルネリア、シャーロットの三人の聖女を、ユーリャ、ビオラに続いて受け入れることを決める。
そして、アイシャとコルネリアに、三日後に出立する旨を伝える。
シャーロットは大地母神神殿に投宿しているので、特にその必要はないだろうとの判断からだったのだが、全員この別荘に合流することを望んだため、翌日から合流することになった。
☆ ☆ ☆
リュウヤはヴァーレを残し、いくつかの質問をしている。
「聖女とは、同時期にこんなに誕生するものなのか?」
「他の神々の神殿のことはわかりません。ですが、ユーリャ様がお生まれになるまで、約150年ほど聖女様はご不在でした。」
大地母神神殿の事例を当てはめるなら、そうそう誕生するものではない。
だが、時期はどうなのだろう?
そして、
「過去に、聖女が一堂に会することがあったのか?」
この疑問にヴァーレは、
「ありません。教皇となってから、禁書とされるものまで、大地母神神殿総本山の蔵書に目を通してまいりましたが、そのような記述は見たことがありません。」
そう断言する。
どうやら、「大いなる災厄」とやらは、リュウヤの持つ記憶を上回るものになりうるという、最悪の事態を想定しなければならないようだった。