それぞれの動向
「ほどほどにしてくれよ。」
そうフィリップがぼやく。
「すまんな。俺自身がどう言われようがかまわんが、部下や同盟者が言われているのを見るとな。」
リュウヤはそうフィリップに謝意を表す。
「いいさ。俺としても、妹を愚弄されて黙っているわけにもいかなかったからな。」
イストール王国王族であるアデライードを愚弄する、それは王兄であるフィリップとしても、看過することはできない。
「目撃者は多数いるからな。あいつらの味方をする者はおらんだろうよ。」
フィリップはそう笑う。
そして、
「明日、ウリエはお前と会談を正式に持ちたいとの意向なのだが、大丈夫か?
アデライードからは快諾されているのだが。」
そう、重要な事案を伝えられる。
「ん?俺は何も聞いていないのだが?」
そう答えつつ、アデライードを見る。
「どうせお暇でしょうから、設定させていただきました。」
しれっと答えるアデライード。
その様子をクスクス笑いながら、サクヤらが見ている。
「妹も、随分とお前の扱い方に慣れたようだな。」
フィリップはそう言って笑った。
☆ ☆ ☆
リュウヤらと違って、グラキエナ、サラミス、ラウレイオンの三国の代表は、周囲からの好奇の視線に晒されていた。
特に、この地域の国々の者たちからは憐れみの視線。
絶対に敵に回してはならない存在に喧嘩を売った、その行為の愚かさへの憐れみ。
「あ、あんなのは、ただの脅し、そうに違いない。」
そうは言うものの、その言葉に力はない。
三人の脳裏にあるのは、どう本国に伝えて保身を図るか。
それだけだった。
☆ ☆ ☆
王都ガロアの大地母神神殿。
海神マナナスの聖女シャーロット一行は、この神殿に宿泊している。
大地母神の聖女は、王宮で開かれている戴冠式からまだ戻っておらず、会うことはできなかった。
戻る時間はいつになるかわからないとのことであり、そのまま奉仕活動を行いながらの宿泊をすることにしたのだ。
「戻ってくるのでしょうか?」
とはジョシュアの言葉。
別の同行者が集めた情報によると、聖女ユーリャは龍王国の王リュウヤに、非常に懐いており、その側にいることが多く、神殿ではなくリュウヤ王の宿泊する場所に行く可能性が高いのだという。
「ただ、元教皇ヴァーレ様は戻ってくるだろうとのこと。
ですから、悪くてもヴァーレ様を通じて接触できるかと思われます。」
それは間違いないだろう。
シャーロット一行は、ユーリャかヴァーレが戻るのを待つことにした。
☆ ☆ ☆
「お一人で動かれては困ります、コルネリア様。」
軍神アヴェガーの聖女コルネリアは、背後から声をかけてきた者を一瞥する。
「貴方達が付いてくるのが遅いのよ、ツェーザル。」
ツェーザルと呼ばれた男は、軍神に仕える者として相応しい巨躯を、不器用に縮こまらせる。
「皆はどうしたの?」
連れの者たちの動向を確認するコルネリア。
「色々と、情報収集に走り回っています。
ですが、そろそろ宿に戻っている頃かもしれません。」
コルネリア一行は、この地の軍神の神殿ではなく別に宿舎を用意している。
これは、自分の行動が神殿の総意ではないため、邪魔をされることを恐れたためである。
それは、聖女派を立ち上げた大地母神神殿以外の、他の聖女たちに共通している懸案事項である。
「いえ、海神のところは別ね。」
そう、五大神のうち、海神マナナスだけはこの世界に実態を持つ。
それがなぜなのかはわからない。
「そういえば、海神の聖女が大地母神神殿に入ったとのことです。」
「そう。ここは海の無い国だからかしらね。」
内陸国であるイストール王国にも、海神の信者はいる。
だが、神殿を作られるほど多くはない。
だから、海神の聖女は大地母神神殿を宿舎に選んだのだろう。
それに、この地の大地母神神殿は聖女派なのだという。
リュウヤ王との接触に協力してもらえるかもしれない。
「宿舎で皆の情報を確認して、今後のことを考えましょう。」
コルネリアは宿舎に向かうため踵を返す。
その時、外套の中に犬のような尻尾が僅かに見えるが、それに気づいたものはほとんどいなかった。
☆ ☆ ☆
アイシャはガロア郊外の丘にいる。
待ち合わせた人物と会うために。
従者たちは少し離れた場所から、アイシャの様子を見ている。
むろん、周囲の警備は怠らない。
そこに、空から一人の翼人族が降りてくる。
「久しぶり、ディアネイラ。」
翼人族の戦士長ディアネイラだった。
「相変わらずだな、アイシャ。」
深淵なる智慧の神エアルの聖女とは、翼人族は旧知の間柄だ。
なにせ、その神殿の本殿があるのは翼人族が拠点とするアララト山脈の麓。
水利権に関する取引があり、三年ごとに取り引き条件の見直しがある。
その時に両者は顔を合わせている。
ディアネイラは、目の前にいる愛想が無く、口数の少ない少女に、
「族長から頼まれたから来たが、なんの用なのだ?」
そう尋ねる。
「クリュティアから、何も聞いてない?」
「族長からは、お前に直接聞けと言われている。
翼人族の未来にも関わるとは言われているが。」
「そう。」
アイシャは少し考える。
「リュウヤ王に、会いたい。」
途切れ途切れな物言いは、どこか幼さを感じさせる。
「リュウヤ王に?それは、彼の王の側には翼人族が仕えているから、繋ぐことはできるだろう。」
だが、このガロアに翼人族を連れてきているか、ディアネイラは知らない。
「翼人族、いた。だから、お願い。」
翼人族がいたのなら、繋ぐことはできる。
「どこに宿泊しているのかは、知っているのか?」
「エガリテ商会、別荘。」
場所を確認すると、すぐにでも飛び立とうとするディアネイラに、
「今は無理。戴冠式、出てる。」
そう言うが、
「大丈夫。知っている顔がいるかもしれないし、無碍にされることはない。
貴女が宿泊しているところを教えてくれれば、後で伝えるわ。」
そう返される。
「なら、お願い。」
飛び立つディアネイラを見送ると、従者と共に宿へと戻っていった。