侮蔑と報復
戴冠式は恙無く進行し、終了する。
これにより、ウリエは正式にイストール王国国王ウリエ一世となった。
リュウヤは静かに参列しているだけであり、唯一の心配事だったユーリャが大地母神の祝福を与える儀式が無事に終ったのを、ホッとして見ていた。
ほとんど父親の心境である。
その心境を知ってか知らずか、戴冠式後のユーリャは、まるで投げたボールを取ってきた犬のように、リュウヤにまとわりついている。
普段であれば、まとわりつくユーリャを引っぺがすリュウヤだが、諸国の王が集うこの場ではそうはいかない。
それがわかっているのか、ユーリャはいっそうまとわりついている。
その様子に、歳下のアナスタシアさえ苦笑しているのだが、当のユーリャは意に介さない。
「ヴァーレ、大変だっただろう?
帰国したら、その苦労を労わせてくれ。」
聖女の側に控える、元教皇ヴァーレに声をかける。
「いえ、苦労など。」
そう答えるヴァーレと、
「ねえねえ、私には?私にはなにもないの?」
自分にも労いを求めるユーリャに、
「そうだな、てきとーに考えておくよ。」
と返答する。
「むーっ。私の扱いが雑!」
そう抗議するユーリャだが、リュウヤに頭を撫でられると、
「えへへ。」
と、笑顔になる。
そんなことをリュウヤらがしている時に、事は起きた。
リュウヤらと離れて、別行動をしていたユリウスとマクシミリアンたち。
それぞれに、かつて会ったことのある者たちを見つけると、互いに挨拶を交わし、軽く歓談をしている。
当然ながら、マクシミリアンはまだ幼く、代わりにクリスティーネが主として対応していたが。
そのユリウスとマクシミリアンに対し、
「亡国の王子と、内乱でなにもできぬ国の名代か。」
「しかもその名代は、まだ右も左もわからぬような幼子ではありませんか。」
「野蛮な成金の国が、両国の親玉だそうですよ。」
あからさまな嘲笑の声が浴びせられる。
その言葉に俯くマクシミリアンに対し、ユリウスは怒り、食ってかかろうとする。
そのユリウスの肩を軽く叩いて、その間に割って入る者がいた。
「はて?亡国の王子とは誰のことであろうな?」
王兄フィリップがそこにいる。その隣にはアデライード。
「亡国とは、パドヴァのことですよ、王兄殿下。」
知らなかったのかと、そう言いたげな表情でひとりの男が言う。
「それは知らなかったな。私はリュウヤ陛下より、一時的に預かったものと聞いていたのでな。
誰からそのようなことを聞かされたのですかな?
グラキエナ王国と、龍王国がそのようなやり取りをするほど親密であるとはついぞ知らなかったのだがな、クレオメス卿。」
フィリップの言葉に、別の者が嘲笑するように、
「滅ぼした国を返すなど、あるわけがないでしょうに。」
言葉の主は、サラミス王国のドラクマ公。
それに同調して、ラウレイオン王国のデミトリア候が言葉にする。
「まったくですな。それが常識というものでしょうに。」
それらの言葉を、フィリップは鼻で笑う。
「貴卿らの常識と、かの王の常識を同列に扱わぬ方がよいぞ?」
フィリップはそう言いながら、妹であるアデライードを見る。
「はい。リュウヤ陛下は、来春にユリウス王子を帰国させ、即位させるとのことでございます。」
その言葉に、三人は鼻白む。
「即位させるとは言っても、属国としての扱いであろう。」
「残念ながら、全ての権限を次期国王たるユリウス殿下に移譲すると、すでにそう確定しております。」
「・・・。」
「もっとも、最初からパドヴァ王国には自治を認めておりましたし、たいしたことでは無いように思います。」
アデライードの言葉に、三人の表情が醜く歪む。
「伝統しか誇るものがないとはいえ、他国を貶めなければ自尊心が保てないことには、同情を禁じ得ませんわ。」
アデライードの口撃が始まる。
「ましてや、貶める相手が年端もいかぬ子供とは、たいそう立派な自尊心でございます。
私にはもちろん、我が王にもとてもできぬこと。」
嘲笑う口調でアデライードは続け、三人は屈辱の表情へと変わっていく。
「こ、この、売女が!」
「そうだ!どうせ、その身体を使って取り入ったのであろう!」
アデライードは呆れて聞いている。
自分の隣にいるのは自分の兄であり、この国の王の兄フィリップ。
自分を貶めるということは、イストール王国、ひいては新王ウリエを貶める行為に他ならないのだが、それを理解しているのだろうか?
そして、この地域で最も敵に回してはならぬ存在を敵に回す行為だということに。
「その売女とは、誰のことを言っているのかな?」
三人は後ろからかけられた声に、相手を確認することなく、
「この女に決まっているだろう!」
その声は大きく、周囲の者たちにもはっきりと聞こえている。
「なるほど。貴公らは、私の信頼する側近をそのように罵倒したということか。」
その言葉にようやく振り返る。
「それは、我が国を罵倒したと受け取ってよいのだろうな?」
「な・・・」
「いえ、それは・・・」
「そ、そのようなことは・・・」
しどろもどろになる三人。
「それに、我が側近を罵倒したのみならず、同盟国であり、私が後見するパドヴァ王国、オスト王国の代表をも蔑んでいたな。
明確な敵対行為と見做しても、よいということであろうな。」
その言葉に、フィリップはやれやれというように首を振る。
そしてアデライードは、
「この者たちは、我が国から遠く離れているからと、安心しているのでしょう。」
そう言いながら、リュウヤの傍にいるヴァーレに視線を移す。
「それはいけませんな。大地母神総本山は、龍王国から随分と離れていたというのに、あっという間に壊滅いたしましたぞ。」
アデライードの意図を理解したヴァーレが、自身の体験を多少盛りながら語る。
この言葉で彼らは思い至る。
「も、申し訳ありません・・・。」
そう、リュウヤに謝罪するが、
「私に謝罪してどうする。
貴公らが非礼を働いたのは誰か!」
そう拒絶される。
リュウヤは、頭を下げるのは自分にではなく、ユリウス、マクシミリアン、アデライードに下げろと言っており、三人もそのことを理解する。
理解はするが、それでも、なぜ女子供に頭を下げなければならないのか、その意識がそれを拒む。
それを見て取ったリュウヤは、
「サクヤ。念話は届くな?」
どこにとは言わない。
「はい。」
「グラキエナ、サラミス、ラウレイオンの三国に使者を出すように伝えよ。
この者たちの非礼を質し、その返答を、然るべき立場の者が直接持ってくるようにとな。」
「承知致しました。」
サクヤはすぐに行動に移す。
その一方で、三人は身体を震わせている。
三人は国王の名代として来ている。
然るべき立場の者となれば、それは国王自ら申し開きせよと言っているに等しい。
「陛下。期日はどれほどにいたしましょうか?」
顔面蒼白になっている三人をよそに、サクヤが確認する。
「20日。一日でも遅れれば、その王宮は徹底的に破壊する、そう宣告させよ。」
その言葉に、サクヤは一礼して行動に移す。
「そ、そんな脅しになど・・・」
屈しない、そう言おうとしたのだろうが、言葉にならない。
リュウヤらはその様子を一瞥すると、その場を離れて行った。