ユリウス
翌日に戴冠式を控え、イストール王国駐在公使ヴォルンドル付きであった、パドヴァ王国王子ユリウスが合流する。
もちろん、これはユリウスも戴冠式に招待されており、リュウヤとともに参列するためである。
参列するにあたり、王子としての体裁を整えなければならず、そのための準備をリュウヤが行なっているのだ。
「本来ならレティシアを連れて来るべきだったのだろうが、学校設立で手を離せぬと言われてな。
代わってグラツィエッラを連れてきた。」
レティシアは王族に連なり、また最年長だったのだから一番相応しい。
だが、学校設立を口実にして拒絶されたのだ。
そして、自分の代わりにと推薦されたのがグラツィエッラだった。
年齢は15歳。
少しくすんだ金色の髪と、色の濃い青い瞳の少女。
控えめな立ち居振る舞いで、目立つ存在ではない。
パドヴァ王国では伯爵位を持つ家の出身であり、王族出身ではなくとも釣り合いは取れると言われ、それならばと連れてきたのだ。
その際にレティシアと交わした会話が、大きな決め手にもなってはいるが。
「グラツィエッラは、ユリウスのことが好きなのですよ。」
「・・・・。ユリウスの方はどう思っていたのだ?」
「ユリウスに、乙女心がわかるとお思いですか?」
「・・・、なるほど。」
かくして大人のお節介により、パートナーとして連れて来られることになったのである。
久しぶりの再会の場面はというと、
「わざわざ来てくれてありがとう、グラツィエッラ。」
「いえ、殿下のお役に立てるのであれば、いつでも参じます。」
グラツィエッラは型通りの挨拶をしてはいるが、その顔はやや赤くなっている。
「ユリウス。美少女が、お前のために来たというのに、かける言葉はそれだけなのか?」
"美少女"という言葉を強調しながら、リュウヤは注意を促す。
かける言葉があるだろうと。
事実、グラツィエッラは美少女と言っていい容貌をしている。
控えめな立ち居振る舞いから、見落とされがちであるが。
「え?」
リュウヤに言われ、ユリウスはなにを言えばよいのだろうか悩み、グラツィエッラを見る。
「うむ、綺麗になったな。見違えるほどに。」
言い慣れていないのがよくわかる口調で、ユリウスは言う。
「ありがとうございます、殿下。」
言葉を返すグラツィエッラは、誰が見てもわかるほどに、喜んでいた。
☆ ☆ ☆
衣装など、念入りにチェックを済ませて夕食を摂る。
夕食の席では、
「私がいない間に、色々なことがあったようですね。」
ユリウスがそう話を振る。
「お前もいたかったか?」
「参陣できなかったことは痛恨事ではあります。
ですが、ガロアにいたからこそ学べたことも、たくさんあります。」
「たとえばどんなことだ?」
ユリウスは少し考え、
「市井の者の暮らしぶりは、大きく学ぶことができました。」
宮中にいてはわからぬこと。
何を食し、どのような働きをしているのか。
物価が与える暮らしの影響。
「物価といえば、初めて一人で買い物をした時、金貨を出してしまって怒鳴られましたよ。」
笑ってそう言う。
「金貨なんか出されたら、釣りが出せないじゃないか!って。」
王宮暮らしで、市井の物の価値がわからなかった一例だ。
誰も自分のことを知らないからこそ、そんな出来事を経験する。
ユリウスが知ったのはそれだけではない。
公使ヴォルンドルとともに、多くの折衝を行ってきており、外交というものの最前線での労苦。
エガリテ商会を通じて知る、商売の重要性。
そして、それらの経験をすることによって得る多くの知己。
「なるほどな。俺が思っていた以上に、多くのことを知り、学んだか。」
そろそろ頃合いだろう。
「夏にお前を召還する。」
そう言われて、ユリウスはリュウヤを見る。
「そして、来春にパドヴァをお前に返そう。」
ユリウスはリュウヤをじっと見つめる。
「夏には、グィードをパドヴァに送り、ピエトロとともにお前が統治するための準備を進めさせる。
お前は、来春までにパドヴァ王国の王としての準備をしろ。」
「・・・」
「ピエトロからの報告書が、それこそ山のように積まれているからな。
まずはそれを読み込むことから始めておけ。」
「わかりました、リュウヤ陛下。」
ユリウスは深々と頭を下げる。
「一応言っておくが、かつてのパドヴァに戻るようなら、その時は容赦なく叩き潰すからな。」
「肝に銘じます。」
これにより、パドヴァ王国の返還は定まり、タイムスケジュールが作成されることになる。
☆ ☆ ☆
リュウヤは自室のバルコニーで、サクヤを相手に酒を飲んでいる。
「大きく育ったものですね。」
「一番、知って欲しかったことを学んでくれたよ。」
市井の人々の暮らしぶり。
実のところ、庶民感覚など持つ必要はない。
必要なのはその生活を知り、経済感覚を養うことだ。
これは似ているようで、全くの別物なのだ。
日本における、かつての民主党政権。
彼らは庶民感覚は有ったのかもしれないが、経済感覚は持ち合わせていない。
経済感覚を持ち合わせていないからこそ、円高を放置し、それがもたらす影響にも鈍かった。
リーマンショックによる影響で、経済の低迷が不安視されていたにもかかわらず、一ヶ月も国会を開かず、組閣もしなかった。
それがなければ、リュウヤが務めていた会社の倒産もなかったかもしれない。
そこまで考えて、リュウヤは頭を振る。
「帰国したら、ユリウスの代わりの人選をしなければならんな。」
代わりの者を送り、それと入れ替わりとしてユリウスを召還する。
パドヴァの返還はそれから始まる。
「先のことばかり考えても仕方がないな。
今は、明日の戴冠式を乗り越えることを考えないとな。」
リュウヤとしても初めての経験であり、なにより宮中マナーという大敵がいる。
「そうですね。まずは、失敗しないようになさらないと。」
揶揄うような口調のサクヤに、リュウヤは苦笑していた。