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龍帝記  作者: 久万聖
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事後処理

 グィードたちが王宮に戻ったのは、後の世に"パドヴァの惨劇"と呼ばれる出来事が起きてより、3時間ほど経ってからだった。


 目に飛び込んでくる王宮の姿に、声を失う。


 美しい庭園は見るも無惨な有様になっており、王宮の麗しき建造物群は、ところどころ破壊され、火を放たれている。


 庭園の中央に配された噴水。その噴水のへりに腰掛けている男を発見する。あの、恐るべき力を持った龍人族たちの王リュウヤだ。


「貴様ーっ!!」


 グィードは剣を抜き、怒りに任せてリュウヤに詰め寄ろうとする。が、その面前に水の壁が出現し、行く手を阻む。


「それ以上近づくと、その水が刃と化して切り刻むことになる。」


 リュウヤの側に控えていたサギリだ。

 唇を噛み締め、


「貴様、ここで何をした?」


 リュウヤを睨みつけながら問う。


「俺がしたのは、そこの門の破壊と、謁見の間とかいったかな?あそこにいた者たちを皆殺しにしたくらいだ。」


 こともなげに返す。


「ああ、それと、王都の人間たちに掠奪の許可をしたかな。」


 建物の方を見やりながら付け加える。


「この国の権力者は、随分と国民に恨まれているのだな。」


 と。


「!!」


 リュウヤの言葉にハッとして、建物に出入りする者たちを見る。

 その服装は紛れもなく平民のもの。老若男女の区別なく、掠奪に参加している。


「そろそろ、終わりの時間だな。」


 リュウヤが呟く。


 その呟きが聞こえたわけではないだろうが、掠奪をしていた者たちがぞろぞろと建物から出て来る。そしてその者たちはリュウヤの元にやってくる。そのなかには兵士、それもこの王宮を守るべき衛士までいる。


 幼子から腰の曲がった老婆まで、みんな両手で持ちきれないほどの財貨を持っている。


 平民が一生かけても手に入れられることはないであろう、高価な生地を使って作られたドレス。高価な絨毯やカーテン。金や銀で作られた燭台。なかには家具まで持ち出そうとするツワモノもいる。


「少しは、鬱憤は晴れたか?」


「はい!陛下のおかげをもちまして!」



 陛下?聞き間違いか?この国において、"陛下"という尊称を受けることができるのは、パドヴァ王国国王だけ。それなのに、なんなのだこの者たちは!


 なぜ、国王を弑した男を"陛下"などと呼べるのか!

 グィードには理解できなかった。ゆえに激怒する。


「貴様らはパドヴァ王国の臣民ではないのか!」


 返ってきたのは侮蔑を含んだ冷笑と嘲り、怨嗟の声だった。


「私らの暮らしのことなんざ、カケラも考えたことのない連中なんざ知ったことかい。」


「はん!この国が私らに何してくれた?」


「したことと言ったら、税金を毟りとるだけじゃないか!」


「うちの息子は、魔力がないってだけで連れて行かれたんだよ!!未だに帰って来やしない!!息子をどこにやったんだい!!!」


「うちは父ちゃんが連れて行かれたんだ!!」


「うちの娘が連れて行かれたとき、あんたもいたよな!グィードさんよぉ!!」


「!!」


 グィードは言葉も出ない。たしかに、何度かその現場にいたことがある。そして、止めることができなかった。


「うちの子供たちはどこにやったんだい!」


「知らん、俺は知らん!!」


「ああ、あんたはどこにやったかは知らんだろう。だけどどうなったかは知っているはずだ!!」


 この声は、今回指揮した部隊の隊員からだ。

 皆が一斉にその隊員を見る。


「俺の幼馴染も、連れて行かれたんだ!」


 自分はその時、すでに兵士になっていたから連れて行かれることはなかった。だが、その幼馴染は、


「魔術師どもの実験体にされたんだよ!!」


 決定的な言葉。この言葉が出たことで、パドヴァ王国の滅亡は確定した。



 間の悪いことに、ここでリュウヤの前に連れて来られたのが、パドヴァ王国の王族や貴族の子女たちだった。


 一斉に向けられた、怒りや悲しみ、哀しみと怨み、それらがこもった負のオーラにたじろぐ。無理も無い。リュウヤの命令で側にいる龍人族たちでさえ、一瞬たじろいだくらいの負のオーラだ。


 それだけで泣き出す者までいる。


 彼らに向け、にじみよろうとする者がいる。無論、報復のためだ。


「やめよ!!」


 リュウヤが一喝する。


「俺は言った筈だ。婦女子へ危害を加えることは許さぬと。その言葉、取り下げてはおらぬぞ。」


 渋々、報復を諦める。


「オボロ、報告を。」


「はい!」


 婦女子へ危害を加えようとした者、17名をその場で処刑。また、持ち出しを禁じたパドヴァ王国伝来の宝物に手を出そうとした者、8名の処刑。特にリュウヤから厳命された、書庫に手を出そうとした者6名と、同じく書庫に火を放とうとした者26名を処刑。


 それらの報告を受ける。


「ご苦労。」


 一礼し、オボロは子女たちの側に立つ。彼らを守るためだ。


 表情には出さぬが、リュウヤは内心で頭を抱えている。


 この国で人体実験が行われていたのは察していた。トール族にあんな呪紋を使っていたのだ。あのアガーノの言動もある。実用化するまでに、どれだけの人体実験をしていたのか、想像もつかない。


 魔術師を異様に優遇した結果が、極端な選民意識を育んでいたのだろう。


 魔術師による人体実験を認めてきたことが暴露される。今、ここでこのことについて箝口令を布いたところで、人々の口に戸板を立てることなどできないのだ。さほど遠くないうちに、このことは広まるだろう。


 予定が大きく狂ってしまった。


 リュウヤとしては、ひとまずは自分に服従を誓った文官を中心に統治させ、パドヴァ王国の王族が成長したら、その中から優秀な者を国王として擁立する。そのつもりだったのだが、人体実験が暴露されたとなると、そうはいかない。


 ああ、もう嫌だ!全部投げ捨ててやる!!とできれば楽なんだよなあ、そんな不埒なことを考えてしまう。


 この子女たちは、パドヴァ王国に置いておくわけにはいかない。リュウヤたちがいなくなれば間違いなく、彼らは報復の対象となるだろうから。


 彼らを連れて行くとして、面倒を見るのは誰?龍人族やドヴェルグたちでは無理。そもそも、そんな人手はない。

 すると、どこかから連れてくるしかないが・・・。


「そういえばオボロ。他に生きている者はいないのか?」


「侍女とおぼしき者たちがおります。違う部屋で匿っていたので、この場には連れて来てはおりませんが。」


「すぐに連れて来てくれ。」



 匿われていた(侍女たちから見れば監禁されていた)侍女たちがこの場に来るまでの間に、ここにいる者たちに宣告する。


 子女たちは、この場に残さずに連れて行くこと。

 この地の統治は、自分に服従を誓った文官を中心に行うこと。その際、精査した上で租税を減らすこと。

 兵士たちは、希望する者はそのまま雇用継続。退職する者には一時金を支払うこと。

 龍人族の森への移住を希望する者は、それを受け入れること。ただし、その場合はその地の絶対のルールである「他種族を差別しない、蔑まない。」を守ることが条件である。


 減税は、この国が課していた重税を改めるだけで達せられる。一時金にしても、貴族たちの財産を没収すれば良い。リュウヤたちの懐は痛まない。それ以前に、懐に金などないのだが。


 移住者は、正直にいって人手が足りなさ過ぎる現状を考慮すると、是非とも来てほしい。


 そして、子女たち。どうしても嫌だというならば、置いていかざるをえないが、どうだろうか?


 ひとまず、平民と兵士たちを解散させたあと、彼らの意思を確認する。少なくとも、表立って拒絶する者はいない。


 ここで、侍女たちが連れて来られる。

 まずはそこにいる王族・貴族の子女たちの世話役として来てくれるかの意思確認。

 そして雇用条件の提示。給金は今まで通り。来てくれる場合は支度金として一時金を支払う。

 また、この場に残る場合においても、王宮にて継続雇用とする。


 全体の二割ほど。年配者を中心に、約20名が森に来てくれることに同意してくれた。


 これで、ある程度の事後処理は終わった。


 あとは、文官たちに方針を伝えて処理を任せることにしよう。

 さっさと森に帰りたい気持ちもあるが、ここを離れると暴徒が押しかけて、子女らに危害を加える可能性がある。この地に泊まることにする。


 失意のグィードは、リュウヤの依頼を受ける形で輸送団を指揮する任務に就くことになった。輸送するための人員から馬や馬車の確保。輸送する間の食料と水を調達。やることは多く、失意に落ち込む暇を与えられなかった。

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