アデライードの報告
その夜。
リュウヤは、ユーリャは当然ながらこの地の大地母神神殿に宿泊すると考えていた。
ところが、夕食が終わると当然のように、
「私の部屋はどこ?」
とユーリャが口にする。
「なにを言っているんだ?お前は神殿に宿泊するのだろう?」
ユーリャの身の安全を確認するため、この地の大地母神神殿に探りを入れたところ、歓迎の準備にぬかりはないらしい。
「そうなのですが、神殿には到着予定を明日の昼頃と伝えてありまして。」
ヴァーレがユーリャに助け船を出す。
たしかに、リュウヤもそう聞いていた。
「できますれば、明日のために一泊させていただきたいのです。」
ヴァーレの言い分としては、この地の神殿の歓迎に応えるためにも、ここで一泊して身支度を整えたいのだという。
急にユーリャが参加を言い出し、急拵えの集団をここまで統率してきたヴァーレの労に報いる必要があるだろう。
そしてなにより、この地での歓迎を盛大に受けることで、周囲への宣伝としたいという狙いもあるに違いない。
リュウヤはヴァーレに向き直り、その顔を見る。
大地母神聖女派を盛り上げる、そのためにヴァーレの提案はとても有効だ。
だが、それだけでヴァーレはそのような提案をしたのだろうか?
ヴァーレが見せる、期待に満ちた表情。
リュウヤは理解する。
この男は見たいのだ。
自分がこの地に来たことが正しかったという、その結実を。
未来へと繋ぐ、最初の大きな一歩を。
この地域で最大の国であるイストールの王都で、パレードを行う聖女の姿を。
だから、あえて一日早く到着させ、念入りに準備をしたいのだろう。
「わかった。いいだろう。明日は盛大に迎え入れてもらえ。」
そしてリュウヤは四人の翼人族を呼ぶ。
「お前たち四人は、明日はユーリャの側で護衛せよ。
よく目立つように、な。」
そう命じられると、四人のリーダー格であるキュテリアが、
「よく目立つように、ですね?」
そう確認する。
リュウヤの狙いを見抜いたようである。
「そうだ。ただ、ユーリャを盛り立てることを忘れるなよ。」
「承知致しました。私たちは早速、準備に取り掛かります。」
キュテリアは一礼して退出し、残る3人もそれに続いた。
「あの四人で足りるか?」
ヴァーレに問いかける。
「十分過ぎるほどでございます。」
ヴァーレもリュウヤの狙いに気づいたのだろう。
その返事には興奮が混じる。
聖女の周りを四人の翼人族が囲み祝福する。
聖女のアピールに、これほどのものがあるだろうか?
その光景を想像するだけで、ヴァーレの胸は興奮に高鳴る。
「休める時は、しっかりと休んでおけよ。
せっかくの本番で、バテていては話にならんぞ。」
ともすれば、無理をしかねないヴァーレに釘を刺す。
「わかりました。では、もう少ししたら休ませていただきます。」
そう返事をして、ヴァーレはリュウヤの前を退出する。
そして残るのは、ユーリャの部屋をどうするか・・・。
「ビオラ。今夜はユーリャと一緒に休んでくれ。」
ビオラが返事をする前に、ユーリャが絶叫する。
「な、なんで!?なんでこの娘と一緒の部屋なの!?」
「そりゃ、年齢も一緒だからな。以外と気が合うかもしれんぞ。」
すっとぼけるリュウヤ。
「むーっ!」
不満を露わにするユーリャだが、
「嫌なら、庭しかないな。」
そう言われて
「むー。」
ユーリャもトーンダウンする。
「と、いうことでビオラ。騒がしい相手だとは思うが、よろしく頼む。」
「わかりました。」
ビオラは静かに返事をする。
「むー。」
渋々、従うユーリャ。
大人しくなったところでイチョウを呼び、ビオラとともにユーリャを部屋へと案内させる。
退出する3人を見て、
「よかったのですか?ユーリャとビオラを同じ部屋にして。」
サクヤがそう尋ねる。
「いいんだよ、あれで。」
「本当に、でしょうか?」
アデライードが確認するように問いかける。
「現在のところ、ユーリャが一方的にビオラに突っかかっている、そのことは皆もわかっているだろう?」
サクヤとアデライードはもちろん、この場にいるアナスタシアやナスチャ、キュウビにドルシッラら全員が頷く。
「あれは苛立っているから、そうなるんだ。」
感情を表にほとんど出さないビオラが、なにを考えているのかわからない苛立ち。
だから、それを理解するためのキッカケを作ってやれば、うまくいくかもしれない。
「正反対に見える者たちほど、意外に仲が良くなったりするものさ。」
そう言ってリュウヤは笑う。
そうなるかどうかは、ふたり次第ではあるが。
「それで、アデライード。エガリテ翁の方はどうだったんだ?
色々と、積もる話もあったのだろう?」
「はい。色々とありました。」
「遅くなったが、報告を聞こうか。」
アデライードは頷き、少し目を閉じる。
報告する内容をまとめているのだろう。
やがて目を開くと、報告を始める。
「まず、宿泊施設に関してですが、陛下の予想通りでした。
祖父が手を回していたようです。」
こちらに恩を売る、そういう腹づもりもあるだろうが、それだけだろうか?
「祖父の本心まではわかりかねますが、恩を売る以上のことはないようです。
それと、今回のことにはフィリップ王兄殿下も絡んでいると。」
すると、
「こちらに恩を売る以上に、イストール王国に貸しを作ることが目的か。」
その貸しをどう返させるか。
「龍王国からの砂糖の専売か。」
龍王国が卸す相手として、エガリテ商会は確定している。
それを、イストール王国で販売することに関しても専売を求めているということか。
それは龍王国としては悪い話ではない。
中間に業者を挟まないということは、中間マージンが発生しないということだ。
中間マージンが発生しなければ、客はそれだけ安く砂糖を手に入れることができる。
安く手に入れることができれば、消費量の拡大が見込まれるのだ。
「それと、これも陛下は予測しておられると思いますが、祖父は私を陛下の側室としたいようです。」
確かに予想している。
だが、アデライードはそう確信するだけのものを得たということだろうか?
「戴冠式ですが、私は王族としてではなく陛下側にて参加となるようです。」
「それは・・・」
アデライードの言葉に、サクヤが困惑する。
腹違いとはいえ、新国王の姉なのだから王族としての参列だと認識していたのだ。
これに関しては、リュウヤもその可能性が高いと判断していたので、サクヤの判断が甘いというわけではないだろう。
「他の王族に働きかけたか。」
リュウヤの言葉に、アデライードは笑みを浮かべる。
アデライードの母親が平民であることから、当初は王族として公認されていなかった。
それが、公認されるようになったからといって、急に他の王族の感情まで良くなるわけではない。
アデライード自身も、王族という枠に収まるような人物ではないだけに、軋轢は相当なものだっただろう。
そして、現在では龍王国に派遣と表向きはなっているが、その実態は出奔であるだけに、余計に王族からの風当たりが強い。
「それから、カルロマン公爵が陛下と会談の場を持ちたいと、そう言付かっております。」
「カルロマン公爵?」
「先々代国王ラテール五世の末の弟になります。」
リュウヤの疑問にキュウビがそう説明する。
「どのような人物だ?」
アデライードとキュウビが顔を見合わせ、アデライードが答える。
「一言で言うならば趣味人です。」
「趣味人?」
「はい。特に音楽と演劇は、自ら楽団や劇団を所有しているほどです。」
「ほう。龍王国での公演を依頼してみるかな。」
これは諧謔の類いの言葉だ。
「まあ、会うのはいつでも構わない。
どうせ暇だからな。」
リュウヤがそう答えると、
「では、そのようにお伝えいたします。」
アデライードはそう一礼する。
「ところで陛下。ユーリャとビオラを同室にしてよかったのですか?」
スティールの問い。
「いいんだよ、あれで。」
「そうでしょうか?」
「そんなに仲が悪く見えるか?」
アナスタシア以外、皆頷く。
頷いていないアナスタシアは、よくわからないといったところのようだ。
「俺には、ユーリャが一方的に突っかかっているようにしか見えないのだがな。」
周りを見ると、その認識を共有しているようだ。
「ユーリャは苛ついているんだよ、ビオラに。」
ビオラは口数が極端に少なく、また表情の変化にも乏しい。
だから、ユーリャからするとビオラが何を考えているのかがわからない。
その何を考えているのかわからないビオラが、リュウヤの側にいることに苛つく。
「同室になれば、嫌でも話をするようになるだろう。
それが、仲良くなるかはともかく、関係改善には繋がるだろう。」
そう話したとき、大きな欠伸が聞こえる。
欠伸をしていたのはアナスタシア。すでに眠りかけている。
「今日はもう休むとするか。」
そう解散を宣言すると、リュウヤはアナスタシアを抱き上げる。
それを合図にしたように、皆はリュウヤに一礼して退出する。
そして、リュウヤはサクヤを伴って歩き出した。