ユーリャの読む本
「お前は、こちらとは別枠での参加だろう?
それに、到着は明日だったはず。」
リュウヤの言葉に、
「それはねえ・・・」
勿体つけながら、リュウヤに顔を近づける。
「私の、陛下への愛の力!!」
そう言った瞬間、ユーリャは額を抑えてうずくまる。
リュウヤのデコピンが決まったようである。
「そういうことは、もっと品と知性と色気が増してから言うものだ。」
あっさりとそう言われてしまう。
「むーっ!最近、いろんな本を読んで勉強したし、胸だって大きくなってきたんだから!!」
「せ、聖女様、そのようなはしたない言葉を使われては・・・」
そうたしなめるのは、大地母神神殿元教皇であるヴァーレである。
元教皇ヴァーレは、現在では聖女派を取り仕切る中心人物であり、かつての肩書きだけでなく、巧みな政治手腕を発揮している。
例えばこのガロアにある大地母神神殿。
それをあっさりと聖女派に引き込んだのは、ヴァーレの手腕である。
かつて、弱小派閥の領袖として、大派閥の間を巧みに舵取りして、消極的理由とはいえ教皇にまで登り詰めた手腕は、現在の立場になって大いに発揮されている。
「神殿の方はよいのか?お前が出てきても。」
リュウヤが声をかける。
「はい。運営ならば、アリフレート殿が十分に手腕を発揮してくれております。私の元部下や、私のような者を慕って来てくれた者もおりますから。」
ヴァーレは教皇としては無難なことしかしなかったが、それ以前には随分と弱者のために尽力していたらしい。
その徳を慕って、移住してくる者がいるとは天狗族から報告を受けてはいる。
「ところで、最近ユーリャが読書に励んでいるとのことだが、どんな本を読んでいるのか知っているか?」
「えっ?ああ、まあ、読書に励んでおられるのは、承知しております・・・」
なにやら歯切れの悪い、ヴァーレの言葉。
「ほら!ヴァーレお爺ちゃんだって、私が本を読んでることを知ってるでしょ!」
ユーリャは勝ち誇った表情で、リュウヤを見る。
「それで、どんな本を読んでいるんだ?」
リュウヤが問いかける。
「恋愛神マルデル様の事績を書いた本よ!」
胸を張って言うユーリャに対し、リュウヤは眉間を抑えている。
他の神への関心が薄いサクヤやナスチャ、サクラら鬼人族の反応は薄い。
また、よくわからないのか、アナスタシアもキョトンとした表情をしている。
その一方で、ビオラは顔を真っ赤にしており、アデライードとキュテリアは苦笑を噛み殺し、ドルシッラとファーロウは顔を背けて笑っている。
リュウヤが眉間を抑えたのは、「恋愛神」と聞いておおよその予想がついたから。
そして、なぜそんな神に関する本が大地母神神殿にあるのか、そのことを失念していたことに、今更ながら気づいたからだ。
大地母神とは、豊穣の女神である。
豊かな実りをもたらす女神は、時に「出産を司る」神と同義となる。
そして、出産を司るなら、「恋愛も司る」女神とされることもある。
代表的なものは、北欧神話の女神「フレイヤ」だろう。
大地母神であり、出産を司る女神でもある(豚は多産なことから、フレイヤの神獣とされ、ヒルディスヴィーニという名の猪に乗って移動する。ヒルディスヴィーニは、愛人である人間オッタルが変身した姿とも)。
多情な女神であり、あまりに多くの男性とそういう関係になったため、呆れた夫オーズが彼女の前から去っていったというエピソードまである。
ちなみに、この時に流した涙が「金」になったとされ、夫を探す際に使用した偽名から、金は別名「マルデルの涙」とも呼ばれたという。
「・・・・ヴァーレ、そのマルデルという女神は、夫に逃げられたとかいうことはないか?」
まさかと思い、リュウヤは問う。
「そのような逸話は存じませぬなあ。」
ヴァーレの返答にホッとする。
「そういうものを読んだからといって、いきなり品のある淑女になるわけでもないし、胸が大きくなったからといって、いきなり惚れられるわけでもない。
そんなことを考えるよりも、今の自分にできることをすることだ。背伸びなどせずに。」
「むーっ。」
どうやら、ユーリャは不満なようである。
「ユーリャ。今は、他人の真似などせずに、自分のできることをひとつひとつ、積み重ねていく時なのですよ。
その積み重ねが、後々にユーリャの魅力となるのです。」
サクヤが諭すように言う。
「はーい。そうしたら、陛下も私に惚れるのかなあ?」
「そうなるかもしれませんね。」
流石にサクヤも断定はしない。
下手に断定した物言いをすると、ユーリャは調子に乗ってしまうし、リュウヤの悩みのタネを増やしてしまう。
「よーし、頑張るぞ!!」
ただ、ユーリャはとても単純な子だった。