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龍帝記  作者: 久万聖
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娼館街の事件

デュラス夫妻が帰宅すると、入れ替わるように入ってきたのは、ユニスとアルドの姉弟とメッサリーナだった。


ふたりはメッサリーナに促されるように前に出ると、


「私たちを、龍王国(シヴァ)に連れて行ってください。」


ユニスがそう、リュウヤに願い出た。


「朝の、俺の提案を受け入れるということでよいのかな?」


「はい!」


元気の良いふたりの返事。


「こちらから誘っておいてなんだが、甘くはないぞ?」


その言葉にも、ふたりの決心は揺るがないようだ。


「メッサリーナ。」


不意に名を呼ばれ、背筋が伸びる。


「ふたりの後見役をしてもらう。いいな?」


「承知致しました。」


メッサリーナの表情が、わずかながら綻んでいるように見える。


「ここにいる間、ユニスはメッサリーナについて、文字の読み書きと仕事を学ぶといい。

アルドは・・・」


少し考え、


「スティール、ラウノを呼べ。」


ひとりの名を挙げて、呼びに行かせる。


ラウノとは、リュウヤの近衛のひとりでデックアールヴである。

スティールよりもわずかに背が低く、周囲からは弟分とみなされているようだ。


当初はスティールに預けようと思ったのだが、戴冠式にも同行することになるため、別の者の方が良いと判断したのだ。


10分ほどして、スティールに伴われてやってきたラウノに、


「そこの少年、アルドをお前に預ける。ここにいる間は日中のみだが、読み書きと武芸の稽古をつけてやるといい。」


「はっ!主命、承りました。」


ラウノは生真面目に返事をする。


決めるべきことを決め、それぞれリュウヤの前から退出しようとするが、ユニスがなにかを思い出したように大きな声をあげる。


「わ、わたし、お店に行かないと!」


昨日まで働いていた酒場、そこに行かないといけない。


「ああ、そちらは行かなくても大丈夫だ。

今頃は、アデライードがうまく話をつけている。」


あっさりと口にするリュウヤに、


「で、ですけど・・・」


やはりと、ユニスの様子からリュウヤは読み取る。


「その心配も含めて、大丈夫だと言っている。」


「え?」


不思議そうに、そして驚いたようにユニスはリュウヤを見る。


「行きましょう、ユニス。陛下が大丈夫と仰られているのです。

だから、大丈夫なのです。」


どういう論法なのかはわからないが、メッサリーナのその言葉にユニスを大丈夫なのだと確信させるには十分だったようだ。


「わかりました、メッサリーナさん。」


ユニスはメッサリーナについて、退出した。






☆ ☆ ☆






アデライードは娼館街の中心部にある、ユニスが働いていた酒場にいた。


目の前にいるのはこの酒場の女将(おかみ)と、経営者であろう初老の男。


「ユニスは、龍王国が引き取ることになりました。」


単刀直入に、アデライードはそう告げる。


「な、なにを勝手なことを!!」


女将は声を荒げる。


「まあ、待てマノン。」


興奮した雌牛のように鼻息荒い女将を、経営者であろう男が宥める。

女将を宥めながら、アデライードに向き直り、


「そうは言われましても、我々としてもあの娘には、相応の金をかけておりましてな。」


そう下卑た笑みを浮かべながら、そう口にする。


「陛下の読みは当たっていたのね。」


そうアデライードは口の中で呟く。


ユニスが働いてる酒場が、娼館街の中心部にあると知ってこの可能性をアデライードに告げていたのだ。


それは、ユニスに金を貸すことで借金漬けにし、この酒場に縛り付ける。


そして、ある程度の年齢になったところでその借金をタテに売春をさせるか、どこかの娼館に売り飛ばす。


「他のところで働くよりも、給金が高い。」


そうユニスは話していたが、その給金も借金である可能性が高い。

いや、正確にはユニスには給金と言っておいて、帳簿か証文に借金として記載しているのだろう。


文字を読めない無学の少女を丸め込むなど、目の前のふたりには容易いことだろう。


そしてその時は、さぞや優しい言葉を並べたことだろう。


アデライードはふたりへの嫌悪感を、より一層募らせる。


「でしたら、彼女に関連する帳簿なり証文なりを見せてもらおうかしら。」


その言葉に、女将と初老の男は顔を見合わせる。


「私が取ってくるよ。ガストン、あんたはそのいけすかない女の相手をしてな。」


ふたりはこのいけすかない女が、この国の元王女であるアデライードだとは思っていないようである。

それは、アデライード自身がミスリードした結果でもある。


アデライードは自身を「龍王国の使い」としか言っておらず、そのため二人は彼女がアデライードだとは思いもしなかったのだ。


だから、ガストンは遠慮なく彼女と、その後ろに控えているナスチャと、翼を隠しているキュテリアを値踏みする。


その遠慮のない視線を、3人は平然と受け止める。


ただし、その内心では共通の思いが生まれていた。


「なにか仕掛けてきたら、容赦なく潰す!!」


という思いが。


女将マノンが持ってきた証文と帳簿を見たアデライードは、その記載の矛盾をあっさりと見つける。


「証文の金額と、帳簿の金額が合っていないようだけど、これはどういうことかしら?」


「!?」


巧妙に隠していたつもりのものが、あっさりと見破られたことに驚愕する。


「ここだけではないわね。」


次々に不正箇所を暴かれていく。


元々、大商人であるエガリテ翁の薫陶を受けて育ってきたアデライードにしてみれば、このガストンとマノンの小細工など、児戯に等しい。


「ユニスは龍王国(こちら)で引き取るわ。」


アデライードは宣言する。


「さっきも言ったでしょう?あの娘には金をかけていると。

連れて行くのならば、それ相応の対価頂かないと。」


ガストンが食い下がる。


「この帳簿や証文を見る限り、ユニスが受け取っていたのは、正当な報酬です。

それを、金をかかてきたと?

あまつさえ、対価を払えとは・・・。」


一旦言葉を切り、


「欲をかきすぎると、その身を滅ぼしますよ?」


そう警告する。


「欲をかきすぎるだと?」


退く気配を見せないガストンに呆れながら、


「ユニスひとりを諦めれば、それ以外は黙っていてあげたのですけど、愚者にはそれがわからなかったようですね。」


そう口にする。そして、


「ファーロウ、その手に持っているものを外の騎士に渡しなさい。

そして、徴税官に渡すように伝えなさい。」


「わかりました。」


アデライードへの返事がする方を見る。

そこには夢魔族がいる。その手にはこの店の帳簿や証文などの書類の束がある。


「そ、それは!?」


ガストンが慌てるが、ファーロウは意に介さない。

蝙蝠に似た羽を動かし、飛んで行く。


「と、止めろ!!」


側に隠れているであろう手下たちに、そう指示を出す。

指示を出したのだが、誰も現れない。

代わりに現れたのは、


「悪いね、コイツらが全員ふん縛っちまったってさ。」


ナスチャの蜘蛛たちだった。


「ま、マノン、顔役のところへ行け!!」


最後まで足掻くのは見事というべきか。ガストンはマノンに、裏口からこのあたりを牛耳る顔役のところに走らせる。


「せめて、お前たちだけでも道連れにしてやる。」


そう呪詛でも呟くかのように口にする。


それに対し、アデライードは嘲るように、


「それができるといいわね。」


そういうと、余裕の笑みを浮かべる。


沈黙の睨み合いは30分ほど続く。


「あ、あんた・・・」


戻ってきたマノンの声に、ガストンが振り返る。


「なっ!?」


戻ってきたマノンの姿は、とてつもない悪夢でも見たかのような、まるで生気の無い幽鬼のような表情だった。


「だ、ダメだよ、もう・・・。顔役もみんな・・・。」


「そ、それはどういう・・・」


意味だと続けようとした時、マノンに続いて入ってくる者を見て驚く。

全身を返り血で朱に染めた、頭に角を持った長身の女が入ってきたのだ。


「片付けて参りました。」


優雅な振る舞いを見せるが、それだけに返り血で染めた姿が恐ろしく見える。


「ご苦労様、キキョウ。」


アデライードがキキョウを労う。


「後始末は任せてください。」


キキョウに続いて入ってきたのは、狐の耳や尻尾を隠さない天狗(てんこう)族の女性。


「シマキ(注)と申します。お見知り置きを。」


「シマキ、ね。リュウヤ陛下にお仕えしている者のひとり、そういう認識でいいのかしら?」


「はい。その認識で間違いありません。このガロアを中心とした、イストール王国関係の情報収集を担当しております。」


「陛下には、貴女の協力があったことをお伝えします。」


「ありがとうございます。それでは、私は失礼いたします。」


シマキはすぐに立ち去る。


情報収集をする者として、他人に顔を覚えられるのは避けたいのだろう。


目の前で悠然と行われる挨拶に、ガストンが


「お前たちは一体何者なんだ!!」


そう叫ぶ。


「すでに話したでしょう。龍王国の者だと。

そろそろ、徴税官が兵士を連れてくるでしょうから、私たちはお暇しますわ。」


そう告げると、酒場から引き上げていく。


そして、それと入れ替わるように徴税官が兵士を率いて、酒場へとなだれ込んでいた。


これによりユニスとアルドの姉弟は、龍王国へと連れて帰る障害は無くなったのである。

注)しまき(風巻)  激しく吹く風。雨・雪などを交えて激しく吹く風。


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