赤児の武勲
「だ、男爵夫人!」
サクラが大泣きする赤児を抱きながら、テラスにやってくる。
その表情には困惑と、なにをしても泣き止まない赤児の様子に、自分が泣き出しそうになっている。
アリゼが赤児を受け取ろうとするが、それを制するようにリュウヤが、
「そんな恐る恐る抱くのではなく、しっかりと持て。
それから、その子の耳を左胸に当ててみろ。」
なにがなんだかわからないまま、リュウヤの指示に従う。
「その子の背中を、自分の心臓の鼓動に合わせて優しく叩け。
優しくだぞ?」
優しくという部分を強調し、リュウヤは指示する。
「それで泣き止まなければ、お腹が空いているか、お漏らししたかだ。」
そう付け加える。
やがて、赤児の様子に変化ぎ生まれる。
少しずつだが愚図りが弱くなり、やがて寝息が聞こえてくる。
ホッとしたような顔を見せるサクラ。
「陛下は、子守もされていたのですね。」
アリゼがそういいながら、笑顔を部屋の入り口に向ける。
「うちの主人は、この子を抱いてもオロオロするばかりなのですよ。ねえ、あなた。」
視線の先にいるのは、デュラス。
まずいタイミングで入って来たな、そんな表情のデュラスを、
「戦場の勇者も、赤児には敵わぬとみえるな。」
そう言って笑う。
「な、なにを言われますか。陛下とて、息子を抱いてはおられぬでしょうに。」
そうデュラスは抗議する。
「ほう?お前やジゼルが、肉親としての自信を無くしては可哀想だという、俺の情けがわかっておらぬとみえるな。」
リュウヤはそう言うと、サクラから赤児を受け取る。
その時、アリゼが止めようとしたのだが、リュウヤはあえてそれを無視した。
そして赤児を抱くと、デュラスに勝ち誇ったような顔を見せる。
悔しそうな顔をするデュラス。
だが、次の瞬間。
なにが起きたのか、その場にいる者で理解できていたのはアリゼだけ。
そのアリゼも、"やってしまった"という顔をしている。
そう、赤児は、お漏らしをしてしまったのだ。
それを理解かとき、デュラスは"しまった"という顔をし、ジゼルはどうしたら良いのかわからず、オロオロしている。
「やられたな。父と兄を悪く言われた、その仇を取られたな。」
リュウヤはそう言って笑う。
その言葉に、その場の者たちはどっと笑う。
笑いに包まれ、和やかな雰囲気になったところでリュウヤは、
「ドルシッラ、急いでお湯を持ってくるように。熱くし過ぎるな、人肌の温かさだぞ?」
そう指示を出し、
「カエデ、綺麗な布を持って来い。」
次々と指示を出す。
そして、
「男爵夫人。申し訳ないが、後はお任せしても良いだろうか?」
そうアリゼに話しかける。
「赤児とはいえ、息子がご迷惑をおかけしておりますのに、ご丁寧な対応、ありがとうございます。」
アリゼは、着替えるために場を離れるリュウヤに深々と一礼した。
☆ ☆ ☆
「肝をつぶしたぞ。」
デュラスはホッとしてそう口にする。
なにせ一国の王に粗相をしたのだ。
激怒されてもおかしくはない。
その結果として、殺されることもあり得ただろう。
「大丈夫ですよ。リュウヤ様がこの子をどんな目で見ていたか、それを見ていたらそんなことは絶対になさらないと確信できます。」
サクヤがそう言って、デュラス夫妻とジゼルを安心させる。
「そうだった。リュウヤ陛下は、寛容な方であられたな。」
デュラスが大きく息を吐きながら、そう言葉にする。
「そうですよ。陛下が怒る姿は、一度しか見たことがありません。」
それは、パドヴァ王国の魔術師によるトール族の扱い。
理不尽で一方的な暴虐への怒り。
「それに比べれば、赤児の粗相など笑って済まされます。」
そう言って笑うサクヤにつられて、デュラスやジゼルも笑う。
そこに、着替えを済ませたリュウヤが戻ってくる。
そして、オムツ替えを済ませて眠る赤児に、
「デュラス家一の勇者は、眠っているようだな。」
赤児をデュラス家一の勇者と言われて、複雑な表情を見せるデュラスとジゼルに、
「この子は、俺に着替えさせるという、お前たちにはできなかった武功を立てたではないか?」
そう言うと、二人はバツが悪そうに頭をかく。
その二人の様子に、
「さすが親子だな。頭をかく仕草がそっくりだ。」
そう言って笑う。
デュラスとジゼルは互いに顔を見合わせ、そしてアリゼを見る。
「ええ、そっくりですよ。二人の仕草は。」
そう言ってアリゼは笑う。
デュラスとジゼルは、照れ臭そうに笑う。
やっと、本当の意味で親子になれたような気がして。
そして、そんなふたりを目にして、リュウヤらもまた、笑っていた。