穏やかな日常
朝食時、ユニスとアルドのふたりの意思の確認が行われる。
「ユニスとアルド、ふたりに聞きたい。」
ふたりは緊張した面持ちで、リュウヤを見る。
「龍王国は、君たちふたりを受け入れる用意がある。
君たちふたりは、どうする?」
その言葉に、ふたりは顔を見合わせる。
何を言われているのか、ふたりが理解するにはまだ時間が必要なようだ。
「お前たちふたりに、龍王国に来る意思はあるかと、そう聞いているのだが、まだ頭が働いていないようだな。」
リュウヤはそう言って笑う。
「返事は今すぐでなくていい。
それよりも、今は朝食を済ませるとしよう。」
リュウヤの言葉に、食事の手を進めるのだった。
☆ ☆ ☆
この日、アデライードは祖父の元に顔を出すことになっている。
そのアデライードに、リュウヤはいくつかの指示を与える。
それだけでなく、その指示を完遂させるために鬼人のキキョウ、夢魔族ファーロウ、吸血鬼のワシーリ、そして蟲使いナスチャが同行する。
「過剰すぎる戦力ですね。」
アデライードは苦笑混じりにそう口にしている。
アデライードらには、デュラスの部下がふたり同行して、エガリテ商会へと向かっていった。
アデライードを見送ったリュウヤは、そのまま湖側の庭に出て、お茶を飲んでいる。
今日も子供達が来るかと思ったが、家族に止められているのだろうか?
誰一人として来る気配がない。
そのため、サクヤとクリスティーネを相手にのんびりと過ごしている。
アナスタシアとエレオノーラたちは、一緒に来た子供達と庭園を散策しており、そこにキュテリアとカシアが同行している。
「陛下。」
鬼人族の侍女カエデがリュウヤの元に来たのは、三杯目のお茶を飲み干した頃だった。
「デュラス男爵の御細君がお見えです。」
「デュラスの妻?」
「はい。先日、出産の祝物をいただいた礼をと。」
「そうか。すぐに行く。」
リュウヤが立ち上がると、サクヤも立ち上がる。
「私も同席してよろしいですよね?」
これは質問というよりも確認。
「かまわない。」
そう返事をすると、
「サクラも呼んでくれ。彼女も、先日は一緒に行ったからな。」
そう命じると、カエデにデュラスの妻のいる応接間へ案内させる。
☆ ☆ ☆
応接間には、デュラスの妻アリゼが赤児を抱いてソファに座っている。
「久しいな、男爵夫人。」
リュウヤの声かけに、アリゼは立ち上がろうとするが、リュウヤに制される。
「赤児を抱いたまま立ち上がるのは、あまりよいとはいえんな。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
座ったまま、アリゼは深々とお辞儀をする。
「先日は、陛下と知らぬとはいえ、失礼をいたしました。」
「失礼というような扱いは受けてはおらぬ。
しかも、身分を隠していたのだから仕方がない。」
「そう言っていただけて、少し気が楽になりました。」
アリゼはそう言うとサクヤに向き直り、
「リュウヤ陛下の御婚約者のサクヤ様ですね。
お初にお目にかかります。」
そう挨拶をする。
「私こそ、初めてお目にかかります、男爵夫人。」
互いに挨拶を交わした時、慌てたように入室してきた者がいる。
「は、母上!」
ジゼルだった。
そしてその後をゆっくり入ってきたのはサクラ。
「母上、なぜここに?」
アリゼは息子の問いかけには答えず、
「先日は、貴女も来ておられましたね?」
そうサクラに話しかける。
「はい、男爵夫人。覚えていただけて光栄です。」
サクラは穏やかに返事をする。
「もうひとり、いらしていたと思いましたが、今回はお連れしてはいないのでしょうか?」
もうひとりというのは、アルテアのことだ。
「彼女は、休暇を取って故郷に帰省している。」
冬の間に、弟妹が来ていたので送っていったのだと付け加える。
そこに、まるで無視されていたかのように感じていたのだろうジゼルが、
「母上!」
そう声をあげる。
「静かになさい、ジゼル。
私は、先日の謝意を示すために来たのですよ。」
こう言われると、ジゼルも黙るしかない。
やがて話は赤児のことに移っていく。
ここでリュウヤはジゼルを伴って、テラスへと移動する。
「よろしいのですか?」
ジゼルは戸惑うが、
「赤児が絡む話は、男がいると話しづらいことも多いからな。」
そう言われて大人しく従う。
そして、テラスから中を見て、
「どんな話をしているのでしょうか?」
ジゼルの疑問。
「子供の話なのは、間違いないな。」
そう答えるものの、おおよその予想はついている。
間違いなく自分の子供、いわばリュウヤ二世のことだろう。
世継ぎということもあり、待望されていることは間違いない。
それと、ジゼル絡みならば、
「お前の子供の顔を見たい、なんて話も出るだろうな。」
そう揶揄うリュウヤと、それを聞いて慌てるジゼル。
「そ、そんな、自分はまだ16歳ですよ!!」
抗弁するが、
「アリゼはお前をいくつで産んだのだ?」
そう言われて沈黙する。
「10代で産んでいるなら、お前が子供を作っても問題はないわけだ。」
「ゔっ。」
「相手はいないのか?」
「えっ?それは・・・」
なぜか言い澱むジゼル。
「なんだ、恋人がいるのか。だったら・・・」
そこから先はあえて言わない。ただ、ジゼルの肩を無言で叩く。
「なんなんですか、それは!!」
顔を真っ赤にしているジゼル。
その姿を見てリュウヤは笑い、ジゼルは一層、顔を紅くしていた。
☆ ☆ ☆
「リュウヤ様。」
リュウヤがジゼルを揶揄っていると、サクヤが声をかけてくる。
そしてその後ろにアリゼの姿もある。
中を見ると赤児は、ドルシッラが抱いている。
「何をそのように、楽しそうに話されておられるのですか?」
サクヤの問いかけに、
「ジゼルに恋人がいると聞いてな。男爵夫人も、早くジゼルの子を見たいだろうという話をしていたのだ。」
「あら、そうなのですか、ジゼル?」
母親にそう言われ、
「は、はい・・・。」
「お相手の娘は、どんな娘なのかしらね。」
そう言って朗らかに笑うアリゼ。
テラスは笑いに包まれる、ジゼルを除いて。