表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍帝記  作者: 久万聖
381/463

メッサリーナとユニス

ユニスはぼーっとしている。


初めて見る、豪華な浴室の作りに。


本当にこんなところに入ってよかったのだろうか?


そんな思いが心に充満しているが、浴室から出ることをメッサリーナが許してくれない。


「アルドくんを探して走り回ったのでしょう?

汗を流して、ゆっくりと温まらないと風邪をひいてしまいます。」


強引に髪を洗われたのだが、自分で思っていたよりも汚れていたらしい。

何度も何度も、念入りに洗われる。


メッサリーナのなすがままに髪を洗われ、そして身体を洗われる。


必要以上に身体を密着されると、彼女の豊かな胸が自分の背中に押し付けられる。


押しつけられる胸の感触に、思わず自分の胸を見てしまう。


「あんなにも大きくなるのかなあ?」


そんな思いが浮かんでくる。


自分の胸を触ってみても、僅かな膨らみしか感じられない。


「大丈夫よ。貴女はまだ13歳なのでしょう?

これから大きくなるの。」


そう言われるが、ただの慰めのような気がしてくる。


「身体も洗えたから、ゆっくりとお風呂で温まりましょう。」


石鹸の泡を流されて、湯船へと促される。


温かいお湯に浸かるということ今までなく、恐る恐る湯船へと足を入れていく。


最初こそ、そのお湯の温かさに入れた足を引っ込めるが、ゆっくりと足を入れていく。


「どう?」


「温かいです、とても。」


一般の平民で10日に一度くらい。

自分のような貧しい者なら、一生のうちに数えるほどしか入れないであろう風呂に入り、ユニスはぼーっとしてしまう。


どんなことを言えばいいのだろう?

変な感想を言うと、笑われてしまうのではないか?


そんな思いに囚われる。


「変に言葉を飾る必要はないわ。気持ちいい、それだけで十分なのよ、お風呂はね。」


メッサリーナが、気持ち良さそうにしながらそう言うと、


「は、はい、気持ちいいです、本当に。」


ユニスがそう口にする。


そのユニスを、メッサリーナは穏やかな優しい目で見ている。


そのメッサリーナの顔を見ていると、


「あれ?」


ユニスが不思議そうな声をあげる。


「な、なんでだろ?なんで涙が出てくるんだろ?」


そんなユニスをメッサリーナが抱き寄せる。


「緊張が解けたのね。今まで、ずっとアルドくんのために頑張ってきた、張り詰めたものが解けたから、涙が出てきたのよ。」


抱き寄せられ、優しく頭を撫でられながらそう言われると、堰を切ったようにユニスは泣きじゃくる。


家に帰ったらアルドがいなくて、パニックになってしまったこと。


メッサリーナから思わぬ優しさを受け、母親が亡くなってから、弟を守らなければという緊張の中で生きてきたことが一気に押し寄せ、感情が爆発してしまう。


メッサリーナは、ただ優しい笑みを浮かべ、抱き寄せながらユニスの爆発した思いを聞いていた。






☆ ☆ ☆






泣き止んだユニスに、


「しっかり顔を洗わないと。」


そうメッサリーナは言い、柔らかい布を使って顔を拭う。


ユニスはされるがままになりながら、


「ごめんなさい。」


そう謝罪する。


「あんなに泣きじゃくってしまって。」


「いいのよ。気にしなくても。それよりも、そろそろあがらないと、温めてもらっている料理が冷めてしまうわよ?」


ユニスは、メッサリーナに髪を結わえてもらい、今まで着たことのない服を着つけられて料理の用意された部屋へと向かった。






☆ ☆ ☆






「力を使ったな?」


ユニスとメッサリーナ、二人が入って来たのを確認したリュウヤが発した言葉に、


「おわかりですか?」


そうメッサリーナが返す。


「彼女の顔が、やけにスッキリしているからな。

まるで、これまでの緊張から解放されたように。」


その言葉に、


「ご慧眼、感服いたします。」


メッサリーナは一礼してそう口にする。


「慧眼などと言われるものではないのだがな。」


リュウヤ自身が、ユニスに近い経験をしている。


10歳にして両親を失うという経験を。

8歳で母親は家族を捨てて駆け落ちし、10歳の時に父親は自殺と、そこに至る内容に違いはあるが。


そして、もうひとつの大きな違い。

弟という家族の存在。


まだ子供でいられたはずの時期を、弟を守るという重圧に晒される緊張感は、さすがにリュウヤにも想像がつかない。


ただ、それが10歳の身にいかに辛く、苦しいものであるのかは理解できる。


それが短時間で解きほぐされたような顔になれば、なんらかの力を使ったことは想像に難くない。


「ユニス、冷めないうちに食べるといい。」


リュウヤはそう促す。


「は、はい。」


そう返事をするものの、戸惑いはなくならない。

なにせ食事の席に、王様が同席しているのだ。


失礼にならないように、細心の注意を払いながら視線を動かしていくと、王様の右隣に座っているのは王妃様だろうか?

反対の左側に座っているのは、こちらは見たことがある。


国王になられるウリエ殿下の姉君、アデライード様。

とても気さくで、民思いの王女様と評判だったお方だ。


度々、王宮から出られて視察をされており、その時に御姿を拝見したことがある。


気さくなお人柄、その評判に違わず優しい笑みを自分に向けてくれている。


さらに周囲に視線を動かしてみれば、エルフやドワーフ、ドヴェルグにアールヴもいる。


よくわからない種族もいれば、天使かと思うような美しい白い翼を持った種族もいる。


自分の知識ではよくわからない、そんな種族もいる。


「メッサリーナ。お前もユニスのとなりに座るといい。」


力を使ったとはいえ、メッサリーナに随分と心を許している様子を見て、その方がユニスのために良いだろうという判断だ。

だが、命じられた方のメッサリーナは慌てる。


「それでは侍女としての立場が・・・」


メッサリーナとて、リュウヤの言いたいことは理解できる。

なかなか食が進まないユニスを見かねて、心を許している自分がともに食事をすれば、彼女も食べるのではないかと、そう見ているのだ。

理解はしていても、侍女としての立場がある。

主人と食事の席を共にするべきではないのだ。


「メッサリーナ。陛下の仰せの通りにしなさい。」


メッサリーナの抗弁を封じたのは、彼女の上司でもあるノワケことキュウビ。


「貴女は今、陛下のお客人の世話を命じられているのです。それを第一に考えて行動なさい。」


キュウビの強めの口調に、


「わかりました、ノワケ様。」


メッサリーナもようやく従う。


リュウヤはそんなメッサリーナと、もう一人の夢魔族の侍女ドルシッラを見て口にする。


「メッサリーナは随分と真面目なのだな。」


その言葉には揶揄うような響きがある。


「ドルシッラなら、ノワケに言われるより先に喜んで座っていただろうに。」


名指しされたドルシッラが抗議の声をあげる。


「私は、陛下のお気持ちを最優先して行動するだけです!

まるで不真面目であるように言われるのは、とても不本意です!!」


「そうだったな。お前は、俺の思い一割に自分の遊び心を九割入れているのだった。」


リュウヤの返しに、周囲が笑いに包まれる。


「そんな!!私がいつそのようなことをしたというのですか!!」


「ん?実例を挙げてよかったのか?」


「ゔっ。いえ、失礼しました・・・。」


あからさまに項垂れるドルシッラの様子に、ユニスも緊張がほぐれたのか笑顔を見せる。


「さあ、ユニス。冷める前に食べた方がいい。」


「え?は、はい。」


「テーブルマナーが気になるなら、隣のメッサリーナに教わるといい。」


返事をしながら、なおも躊躇うユニスにリュウヤがそう促す。


それが本意だったかと、ようやく気づくメッサリーナ。


「ユニス。初めから上手にできるものではないわ。

今日のところは、私の真似をしてみて。」


優しく話しかけると、メッサリーナは手本を示し始め、ユニスもぎごちないながらも、その動きを真似て食べ始めた。






☆ ☆ ☆






食後、メッサリーナにユニスと同じ部屋で休むよう伝え、退出させる。


部屋に残っているのはサクヤとアデライード、キュウビにドルシッラ。そしてスティールとサクラにキュテリア、ミーティア。


「甘いんだろうなぁ、俺は。」


イストール王国名物だという麦酒(エール)を煽り、リュウヤはそう口にする。


「たしかに甘いと思います。」


とはキュウビの言葉。そしてこう続ける。


「ですが、それが陛下の良いところでもあると、そう確信しております。」


「そう言ってもらえると、有難いね。」


リュウヤは笑う。


「陛下は、あの子らに思い入れがあるように見受けられました。

それはなぜでしょうか?」


アデライードがズバリと斬り込む。


「似ていたからな、あの年齢の頃の自分に。」


多くは語らない。


「だからかな。やけに情が移ったのは。」


そう言って麦酒を再び煽る。


明らかに、普段よりペースが早い。


サクヤが止めようとするが、リュウヤはその手を押しとどめる。


素面(しらふ)では、なかなか言えることではないからな。」


そう言うと、三度麦酒を煽って話し始める。


話さなければ、理解はされないだろう。

だから、少なくともこの場にいる者たちには、自分の口から話す。

そこから先は、各自が判断すれば良い。


淡々と話すリュウヤと、静かにそれを聞く者たち。


「この世界ではありふれたことなのだろうが、それでも自殺した父親の姿を見たときは、絶望したものだったよ。」


そうリュウヤは締めくくる。


「陛下。それであの子たちはいかがなさいますか?」


アデライードの問いかけ。


「あの子たち次第だが、連れて帰りたいな。

自己満足に過ぎないのはわかっているが、それでも手を差し伸べたい。」


リュウヤのその言葉に皆、顔を見合わせて頷く。


あのふたりの姉弟を連れて帰ることが、少なくともこの場にいる者たちの共通の認識へと変わっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ