ユニスとアルド
フィリップ一行を見送ったリュウヤは、門から少し離れた場所に座り込んでいる少年を見つける。
「あの子は、たしかアルドという名だったな。」
そう呟くと少年に声をかける。
「どうしたんだ?迎えは来ていないのか?」
他の子供達は、母親ら家族が迎えに来ている。
「う、うん。姉ちゃん、いつも仕事で遅くなるから。」
ん?姉ちゃん?
「両親はいないのか?」
「父ちゃんは、俺が小さい頃に戦争で死んだ。
母ちゃんは、一昨年に流行り病で死んだ。
それからは、姉ちゃんとふたりなんだ。」
「なるほどな。それで、騎士になりたいのか。」
「うん!俺は小さかったから知らないけど、父ちゃんが騎士だったって。
俺が騎士になれば、姉ちゃんも少しは楽にできる!」
「そうか。」
リュウヤはアルド少年を見て微笑する。
「日も落ちた。
もう暗いから、夕食はここで食べていくといい。」
リュウヤがアルド少年にそう勧める。
「え?で、でも姉ちゃんが・・・」
言葉の途中で、彼のお腹が大きく主張する。
「お姉さんが来たら、一緒に食べて行けばいい。」
そう言われ、アルド少年はリュウヤに伴われて中へと入っていった。
☆ ☆ ☆
ユニスは途方に暮れていた。
勤め先の酒場から帰って来たら、いるはずの弟が帰っていない。
慌てて弟の友達の家を回り、エガリテ商会の別荘にいるのではないかと、そう言われて来たのだ。
来てはみたものの、どうすればいいのかわからない。
一番良いのは門番に確認をすることなのだろうが、本当にそれで良いのだろうか?
この別荘の持ち主であるエガリテ商会は、イストール王国最大規模の商会である。
その別荘ともなれば、時には国王が招かれるほどの格式高い場所であり、自分のような庶民が入るのは躊躇われる。
それだけではない。
今、宿泊している龍王国の王様は、気さくで優しい人だと、皆が口を揃えて話している。
だけども、彼女はそれを信用できない。
なぜなら、彼女が働く酒場の客には、好人物に見える人間でも、非常に悪辣なことをする者がいるからだ。
彼女が働く酒場は色街の中心にあり、周囲には高級娼館が立ち並ぶ。
周囲が高級娼館なだけに、客質はまだいい方なのだが、それでもとんでもない客は一定数いる。
しかも、そのとんでもない客のほとんどが、一見すると好人物に見えるのだ。
彼女自身も、お尻や胸を触られるなどの被害を受けている。
まだ13歳の自分にそういうことをするなんて、そう思わされることなど日常茶飯事なのだ。
「どうしよう・・・」
もし、この中にいる王様が少女趣味の性癖を持っていたら・・・。
悪い想像はさらに膨らむ。
「もし、同性愛の、少年趣味だったらアルドが・・・」
もはや、自分の貞操か弟の貞操の危機にまで発展してしまっている。
悶々としてしまい、その場をぐるぐると回ってしまっている。
そんなユニスの肩が後ろから軽く叩かれる。
「きゃあ!!!」
自分でも予想すらできないような大きな悲鳴をあげる。
そして後ろを振り返ると、そこには艶やかな美女がいる。
その美女は、彼女が見たことのあるどの高級娼婦よりも美しく、それでいて香り立つような色香を感じさせる。
極一部の大貴族や王族しか相手ができない、クルティザンヌと呼ばれる超高級娼婦とは、目の前の美女のことかと思ってしまう。
だが、その背中に見える蝙蝠のような翼を見て息を飲む。
「怖がらなくてもいいわ。私はリュウヤ陛下にお仕えする侍女。夢魔族のメッサリーナ。」
艶やかな笑みを浮かべながら、そう挨拶をされる。
「わ、私は・・・」
「知っているわ。貴女はユニスね、アルドくんのお姉さんの。」
「は、はい!」
「アルドくんのところに連れて行ってあげる。しっかりとつかまって。」
そういうと、メッサリーナはユニスを抱えて翼を広げ、ゆっくりと羽ばたく。
飛び上がると、一直線に建物の反対側にあるバルコニーへと向かって飛んでいく。
☆ ☆ ☆
バルコニーに降り立ち、メッサリーナはユニスを降ろす。
そして室内へと入り、
「陛下、ユニス様をお連れしました。」
そう報告する。
「ご苦労。」
ユニスは、そう返事を返す人物をメッサリーナの後ろから見る。
そこに居たのは、長身の優しそうな男性。
その男性が自分の方に視線を移すのを感じると、ユニスはメッサリーナの後ろに隠れてしまう。
「大丈夫よ。弟さんはもちろん、貴女の貞操も。」
揶揄うようにメッサリーナが口にすると、ユニスは顔を真っ赤にしてしまう。
「なんだ、それは?」
「いえ、アルドくんのお姉さんであることを確認するために、少し心を読んでしまいまして。」
「なるほど。それで?」
続きを促すリュウヤと、それに応じるメッサリーナ。
「だ、ダメです、それ以上は!!」
パニックになり、メッサリーナの口を塞ごうとするユニス。
「残念ながら陛下。こういうことですので、これ以上はお話しすることはできません。」
メッサリーナの言葉に、
「仕方がないな。」
そう笑って言葉を返すリュウヤ。
ホッとして、ユニスはその場にへたり込んでしまう。
「ユニス、だったな?
残念だが、アルドは君を待ちくたびれて眠ってしまった。
だから、今日は君も泊まっていくといい。」
そう言うとリュウヤはメッサリーナを見る。
メッサリーナが頷くのを確認し、
「昼は暖かくなっているとはいえ、夜はまだ冷える。
風呂に入って、身体を温めてくるといい。」
その言葉にユニスが驚く。
自分みたいな貧しい平民には、風呂というものは縁遠い代物。
反射的に遠慮しようとするが、
「その間に、料理を温め直させておく。」
そう畳み掛けられる。
「余り物で申し訳ない。」
そうも付け加えられるが、目の前のテーブルに並ぶ料理は、自分が想像する余り物とは次元が違う。
思わず呆気にとられていると、メッサリーナに促されて歩き出す自分がいる。
そして、その背をメッサリーナに押されるままに、風呂へと向かっていったのだった。