地元との交流
イストール王国第一王子フィリップが、数名の供回りを連れてエガリテ翁の別荘に来訪したのは、昼過ぎのことだった。
異変に気付いたのは、別荘の門が見えてきた頃。
門の周りに、どう見ても関係者には見えない女性たちが大勢いる。
「どうしたのだ、あれは?」
フィリップの疑問に答えられる者はいない。
供回りのひとりが、
「自分が聞いて参ります。」
そう宣言すると、馬を走らせて女性たちのところに向かう。
いくつかのやり取りをした後、その者は戻ってくる。
「あの者たちは、この近隣に住むご婦人方のようです。
彼女たちの子供が、どうも別荘の中に入ってしまったようで、どうしようかと思案にくれているとのことでした。」
その報告に、
「困るほどのこととは思えんな。門番に声をかければ良いだけだろうに。」
そう口にするフィリップだが、横から若い女性に外套を引っ張られる。
「殿下、ここは王族も招待される格式の場ですよ?」
そうその女性、ジュディト嬢に指摘される。
「いや、それでも門番に声をかけるくらい、なんでもないだろう?」
「それは、ここに宿泊しているのが普通の方々ならのお話です。」
そう言われて考える。
ここに宿泊しているのは、龍王国の者たち。
「何か問題なのか?」
その返答に、ジュディト嬢は心から呆れたような顔をする。
「問題なのは、宿泊している種族です。
龍王国が多種族混成国家であることを、お忘れですか?」
そこまで言われて、ようやく気づく。
「相当に毒されているんだな、俺は。」
ため息とともに、そう口にする。
「殿下は慣れすぎてしまったのですよ、龍王国の方々、特にリュウヤ陛下に。」
「それは、貶されているととっていいんだよな?」
とフィリップ。
「いいえ、褒めているのですよ。」
そう返すジュディト。
苦笑するフィリップと微笑を浮かべるジュディト。
「それよりも、あのご婦人方をどうにかいたしませんと。」
供回りのひとりが、そう注進する。
「そうだったな。そのためにも、まずはご婦人方の所まで行こうか。」
そうフィリップらは馬を進めたのだった。
☆ ☆ ☆
フィリップが門番に来訪を告げ、またご婦人方の要望を門番に告げて、リュウヤへ通してもらえるよう要請する。
それを受けて、門番のひとりが中に走り、すぐに戻って来る。
戻って来た門番から報告を受けようとした時、頭上から大きな鳥がはためくような音がする。
そしてゆっくりと降りて来たのはふたりの翼人族。
「天使様!?」
ご婦人方は驚き、供回りの者たちも一様に息を飲む。
フィリップ自身は、周囲の反応と龍王国駐在公使から報告を受けていたこともあり、いくらか冷静に対処している。
それだけでなく、雪祭りの時に出会ったうちのふたりであることに気づけたこともある。
「確か、貴女たちはデリアとエイレーネ、だったな?」
そう、双子の翼人族。
「はい、フィリップ殿下には、岩山の王宮にて面識をいただいております。」
その言葉に、ジュディトも思い出す。
「子供達に囲まれていたおふたりですね。」
その言葉に、ふたりは同時に頷いている。
「リュウヤ陛下より、殿下たち御一行とご婦人方を案内するよう言われております。
どうぞこちらにおいでください。」
フィリップらは馬を門番に預け、子供達を心配しているご婦人方とともに、ふたりの翼人族の後に続く。
「それにしても、翼人族が同行しているとは報告を受けていなかったな。」
フィリップの言葉に、
「ジゼル様の前では、翼を隠しておりましたから。」
エイレーネがふっと翼を消す。
「ほうっ!」
と、感嘆の声があがる。
「今回、翼人族は四名同行しております。」
そうデリアが告げる。
「雪祭りにいた者たちか?」
「はい。カシアとキュテリアが来ております。」
たしか、カシアは翼人族の中でも武闘派と言いたくなるような雰囲気をまとっていた。
キュテリアは文官風だったかな。
そう思い出していく。
そして、湖側の広い庭にリュウヤは居た。
リュウヤは細い木の棒を削っている。
そして、声をかけようとした時に、あることに気づく。
「リュウヤ殿、そこにいる子供達はなんなのだ?」
その問いかけに、
「この近隣の子供達らしいな。昼前に、暇つぶしに凧揚げをしていたらやって来た。」
リュウヤはそう答える。
「説明してくれないか?」
フィリップの求めに、リュウヤは説明する。
朝からやることがないからと、オスト王国の王子王女たちに求められて一緒に遊ぶことになったのだが、ちょうどいい風が吹いていたので和凧の製作をはじめ、それをあげる遊びをしていた。
そうしたら、どこからか見えたらしく、近隣の子供達が3人ほどこの別荘に入り込んで来た。
それを目敏く発見したスティールが追い払おうとしたのだが、リュウヤがそれを留めて招き入れた。
一緒に凧揚げをしていたのだが、子供達は昼前に一旦帰宅。
この時に、友達を呼んでもいいかと尋ねられたので許可すると、近隣の子供達がたくさんやって来たのだという。
説明をしながらも、リュウヤは手を動かし続けてひとつの凧を完成させる。
それを、順番待ちをしていたらしい子供に手渡し、フィリップに向き直る。
「家族には、きちんと説明をしてくるよう言っておいたのだが、伝わっていなかったようだ。
申し訳ない。」
フィリップの後ろにいるご婦人方に、リュウヤは頭を下げる。
そんなに簡単に頭を下げるな、そうフィリップは思うのだが、後ろにいるご婦人方は、仮にも国王たる存在から頭を下げられて恐縮している。
「これから茶会をするところなんだ。
そちらのご婦人方も、ゆるりとしていかれよ。」
リュウヤの視線の先には、侍女たちがテーブルを運び出しており、会場作りをしている。
ご婦人方は、なんとか断ろうと考えるのだが、自分たちを見た子供達が、
「ここのお菓子、とっても美味しいんだよ!!」
と、手を引っ張ってテーブルに連れて行こうとする。
本来であれば、フィリップもご婦人方を子供達とともに帰宅させるべきなのだが、ここは完全に開き直った。
「一国の王の招きなのだ。
遠慮することなく応じるといい。」
そうご婦人方を、テーブルへと薦めたのだった。