リュウヤの疑念
イストール王国、ウリエ王子の戴冠式に出席するため、リュウヤらは出発する。
リュウヤ、サクヤ、アデライード、アナスタシア、ミーティアの乗る馬車を中心に、総数150名の随員とともに出発している。
全体の指揮を執るのは、デックアールヴのスティード。
内政の総責任者とでもいうべきアデライードが不在になるため、主だった幹部は連れてきていないが、スティードは例外的な存在ともいえる。
普段であれば、相談役としてリュウヤの側にいるフェミリンスも、今回は内政の補佐役として残っている。
エストレイシアは、オスマル帝国との戦いで見えた課題の克服と修正のため、モミジやグィードとともに軍務に専念しており、タカオら本来なら近衛として側にいる者たちも、トモエの手伝いのために残留している。
意外なところでは、侍女のアルテアも参加していない。
本人は参加する気でいたのだが、リュウヤが休暇を取らせて弟妹とともに帰省させているのだ。
「無事な姿を見せるだけでも、親孝行になるだろう。」
という、リュウヤのはからいでもある。
それよりも大きいのは、弟妹たちの言動とパドヴァの執政官ピエトロの、
「魔術師への風当たりが強いのは変わらないが、以前よりも国民が冷静になっており、王宮に勤めていたからといって、迫害されることはない。」
そう報告が来ていたことも大きい。
それでも、両親が拒絶するならその親子関係はそれまでということになるだろうけれど。
ただ、アルテアの代役を探すのがかなり大変だった。
それは、侍女としての能力はもちろんなのだが、それ以上に護衛役としての能力が、代役を探す上で困難を極める。
侍女としての能力ならば、リュウヤ付きの侍女は総じて高い。
女官長ウィラの教育の賜物であると同時に、リュウヤ付きの侍女長となったキュウビの教育もある。
だが、同時に護衛役となると、アルテア以上の適任者はいない。
なにせ、リュウヤ付きの侍女のほとんどが人外の種族であり、ひどく警戒心を呼んでしまう。
そのあたり、アルテアなら人間族であるため、警戒心を呼びにくく、それでいてサスケとサイゾーという二体の蜘蛛という戦力のおかげで、これ以上の護衛役はいないのだ。
そのアルテアの代役・・・。
その代役にひとりの名前があがる。
宮廷マナーや言葉使いに非常に問題がある。
が、人間族であり護衛できる戦力を持つ存在・・・。
そう、ナスチャが急遽代役として決まってしまったのである。
「あぁ〜っ!!なんでこんなひらひらしたもん着なきゃなんねぇんだよ!!」
馬を休ませるために休憩を取ると、ナスチャはリュウヤの元に来て、そう不満をぶちまける。
だが、侍女服を着るナスチャを初めて見たリュウヤは、
「ほう。なかなか似合っているじゃないか。」
そう感想を述べる。
行程の進行状況を説明するために、報告に来ていたスティールは、
「馬子にも衣装、ですかね?」
半ばからかうような発言をするが、
「なにを言っているんだ、スティール。
以前から言っているだろう。
ナスチャは素材はいいのだと。」
その振る舞いや言葉使いから、男たちから言い寄られることはない。
「ナスチャは磨けば光る。世の男どもは、相手を磨こうという気はないのか。」
目の前でそんなことを言われ、ナスチャは顔を真っ赤にしている。
「へ、変なことを言うんじゃないよ!」
強く抗議したつもりなのだろうが、その言葉は大きくはあっても、強さは全く感じられない。
「変なことではないですよ。ナスチャ様はお綺麗です。」
アナスタシアにそう言われると、
「そ、そうか?ありがとうな、アナ。」
調子が狂うのか、そう言ってリュウヤらの馬車から離れる。
「ありがとうございます、陛下。」
そう言って近づいて来たのは、ノワケことキュウビである。
「なにがだ?」
なんのことかわからないと言う風なリュウヤに、
「ナスチャを褒めてくださったことです。」
「そんなことか。磨けば光る、そう思っているのは本音だぞ。」
「だからこそ良いのです。」
ナスチャは、自分の容姿に対する自己評価が低い。
また、蟲使いという被差別民族であり、他の者たちから評価される機会もほとんどなかった。
それがリュウヤに出会い、自分たちの予想を超える評価を受けることになった。
蟲使いとしては、とてつもなく嬉しく喜ばしいことではあった。
だが、ナスチャの場合はさらにリュウヤの側に仕えることになってしまったため、周囲の美女たちの容姿や立ち居振る舞いを見て強い劣等感を抱いてしまった。
粗野でガサツな自分。
そのレッテルを自分自身に貼り付け、他人との差別化をすることで、その劣等感から目を背けていた。
それが今回、アルテアの代役として付き従うことになり、侍女服を着ることで劣等感から逃げられなくなってしまった。
もし、リュウヤが彼女が思っていた通りの言葉を使っていたら、この場から逃げ出していただろう。
「陛下が、あの娘のことを磨けば光ると、そう本気で口になされましたから、前向きになれるでしょう。侍女としての訓練にも。」
「そんなものなのかね?」
「はい、そんなものなのですよ。
あの娘は、陛下に好意を寄せておりますから、御寵愛をお与えになれば、女としてより自信を持って前向きになれると思います。」
さらりと爆弾を混ぜるあたり、キュウビは油断がならない。
さらにキュウビは続ける。
「サクヤ様と御婚約なされておられるのですから、女性が嫌いというわけではないのでしょう?」
たしかに嫌いではない。
「それとも、御経験がないのでしょうか?」
ここまで言われ、リュウヤは苦笑し、
「この世界での経験はない、な。」
そう口にする。
「以前、いらした世界ではあるのですね。
それならば、別に構わないことではないでしょうか?
王たる立場なのですから、むしろ御世継ぎを残されるためにも、必要なことではありませんか。」
「お前もそこに話を繋げるのか。」
「臣下たるもの、国の存続を考えるならば避けては通れない、重要な案件でございますから。」
たしかにその通りではある。
「誰かに吹き込まれたか?例えば、エガリテ翁とか?」
「否定はいたしません。が、エガリテ翁だけでなく、多くの者から同じことを言われております。」
なるほど、エガリテ翁はアデライードをその立場にしたいのだろうと、そう予測する。
すると、
「エガリテ翁の別荘を滞在先としたのは、まずかったか。」
そう呟く。
イストール王国王都ガロアでの滞在先。
公使として赴任しているヴォルンドルに、探させてはいたのだが見つからなかったのだ。
見つからなかった理由ははっきりしている。
それは龍王国の種族構成の問題だ。
エルフやドワーフ、アールヴにドヴェルグならば滞在先は簡単に見つかっただろう。
だが、鬼人や夢魔、吸血鬼までいるとなれば、おいそれと宿泊を許す者などいない。
そのことは理性として理解しているのだが、キュウビの先ほどの発言を聞くと、エガリテ翁が手を回したのではないかと疑いたくなる。
「いや、まさか・・・・・・、な?」
リュウヤの疑念が当たっていることを知るのは、もう少し後のことである。