見送り
雪が溶けてなくなり、帰国への障害がなくなったと判断した、ルーシー公国の公子ヴァシーリーと、ユークレイン王国のアンドリーは出立する。
アンドリーのふたりの孫娘は、仲良くなったリュウネやエレオノーラらと別れるのが辛いようで、なかなか馬車に乗らないのを、
「ナターシャ、ラリーシャ。
すぐに戻ってこられるのだから、安心しなさい。」
そう言って宥めるアンドリー。
「お祖父様、本当ですか?」
異口同音に、ふたりの孫娘は聞き返す。
「ああ、本当だ。遅くとも、来年の春には戻ってくる。」
それを横で聞いていたリュウヤは、思わず苦笑する。
アンドリーの表情を見るに、どうやら本気で言っているらしい。
よほど国王に不満があるのだろう。
「ナターシャ、ラリーシャ。 次に来るときには、もっと美味しいお菓子を用意しておくから、楽しみにしていなさい。」
ふたりの頭を撫でながら、リュウヤがそう話しかけると、
「ほんとう?」
目を輝かせている。
「陛下、そのようなことを軽々しく申されますと・・・」
アンドリーが困惑してそう口にする。
龍王国のお菓子は、砂糖やバター、牛乳や蜂蜜に卵などをふんだんに使用している。
特に砂糖。非常に高価な砂糖をふんだんに使ったお菓子など、どう見ても子供たちに普段から食べさせられる代物ではない。
「砂糖の入手の目処がついたからな。一番の懸案が片付いたのだから、これからは安く提供できるようになる。」
アンドリーの内心を読んでいるかのように、リュウヤがそう口にする。
さらにリュウヤは、側に控えているナギから幾つかに小分けした袋をうけとり、ふたりに渡す。
「いっぺんに食べてはダメだぞ?」
そう言われて、双子は袋を開けて中を見る。
中には沢山の焼き菓子。
さらにアンドリーにも、箱詰めされた焼き菓子を渡す。
「伯の道楽仲間たちに渡すといい。」
その言葉に、リュウヤの意図を理解する。
仲間を説得するのに、万の言葉よりもこの焼き菓子の方が説得力を持つ。
アポーストル伯の同類であるなら、現在のユークレイン王国国王ヴォロディーメルの、徹底した倹約政策に反感を抱いているだろう。
そういった者たちが、この焼き菓子を見て、食したらどう思うだろうか?
リュウヤはそれを見越している。
「有り難く頂戴いたします。」
そう言って受け取ると、馬車に乗り込んでいく。
姿が見えなくなるまで、双子は窓から身を乗り出して手を振っている。
それに応えるように、リュウネやエレオノーラたちも手を振り続けていた。
☆ ☆ ☆
ヴァシーリーとアンドリーの馬車が見えなくなると、今度はマリレナがリュウヤの元に挨拶に来る。
「陛下。私も今からアララト山脈に戻ります。」
その発言に、
「突然だな。」
と応じるリュウヤだが、驚きはない。
昨夜、サクヤを交えて話をしており、それをクリュティアの元に持って帰り、判断を仰ぐのだろう。
「護衛は要らないのか?」
そう口にするリュウヤに、
「飛竜騎士団はすでに壊滅しておりますし、今の状況で私たちに手を出す度胸のある者は、どこにもいないと思います。」
そう答えるマリレナ。
龍王国と翼人族は、周囲から同盟を結んでいると思われている。
翼人族を攻撃するということは、龍王国を敵に回すのと同義と思われているのだ。
少なくとも、帰り道にあたる国々は手を出す愚者はいないだろう。
「確定とは申せませんが、冬、雪祭りの頃に族長が訪れると思います。」
マリレナは微笑を浮かべながら言う。
「アルテミシア様達が、雪祭りを楽しんでいたことをとても不快に感じられていたそうですから。」
その言葉に、リュウヤは声を出して笑う。
「ならば、クリュティア殿宛に招待状を出させてもらうよ。」
「ありがとうございます。」
マリレナはそう返答すると、アルテミシアたちに向き直る。
「アルテミシア様。リゼタがいるので大丈夫でしょうが、優しいからといってリュウヤ陛下に甘えすぎないように。」
「わ、わかっています。」
さらにマリレナは、アルテミシアの後ろにいる同胞に、
「貴女達もです。わかっていますね?」
「は、はい!!」
8人の翼人族が一斉に返事をする。
返事を確認して、マリレナは翼をはためかせる。
悠然と飛び去っていく姿は、まさしく天使の別名に相応しいものだった。
マリレナを見送ると、王宮内へと戻っていく。
なにせ明後日には、イストール王国に向けて出発しなければならないのだ。
随員たちとの最終的な打ち合わせもある。
「やることが多いな、いつもながら。」
リュウヤがボヤくが、
「なにもすることがないより、ずっといいと思いますよ。」
とはサクヤ。
「いや、俺の理想は、俺が何もしなくても、周りがうまくやってくれることなんだがなぁ。」
リュウヤの言葉に、周りは大笑いする。
「そのためには、陛下にはもっと働いて範を示していただかないと。」
サクヤのダメ押しに、リュウヤは沈黙し、周りはいっそうの笑いに包まれた。