ウッザマーニ
雪も溶け、その姿がまばらになった頃、エストレイシアとその指揮下の軍は帰還する。
一部の者は、これからやって来る竜女族を迎え入れるために、ビンツア王国に残っている。
当然ながら、これはビンツア王国の許可はもちろん、オスマル帝国にも話を通している。
無用なトラブルを避けるための処置である。
玉座の間にて、リュウヤはエストレイシアの報告を受ける。
玉座の間で行われているものは、いわばセレモニーの一環であり、詳細な報告はすでに先行しているものから受け取っている。
エストレイシアの口上を受けたあと、リュウヤが大仰に、
「此度の戦、大義であった。」
と締めくくり、玉座の間でのセレモニーは終わる。
そして、祝勝会なる祝宴が始まることになる。
リュウヤは開催の挨拶を済ませると、この会場とは別に用意されている一室に向かう。
そこには、龍王国の幹部が勢揃いしている。
エストレイシアやフェミリンス、モガミ、キヌ、シナノの鬼人。
三ヶ月とは経っていないはずなのだが、随分と懐かしく思える。
この場は、戦いに参加した者たちへの慰労というだけではなく、新規加入したアルテミシアら翼人族の、改めての顔合わせと、竜女族を代表してウッザマーニの顔合わせでもある。
ケーサカンバリン氏族自体は、先遣隊数十名がやっと到着したばかりであり、族長ルカイヤは最後に到着すると報告を受けている。
本来ならルカイヤが到着するのを待って、顔合わせをを行うべきなのだろうが、彼女たちが到着する頃にはリュウヤはイストール王国王都ガロアに向けて出発しなければならない。
ウリエ王子の戴冠式に出席するために。
「緊張しているのかな?」
リュウヤがウッザマーニに声をかける。
「えっ?リュ、リュウヤ陛下!?」
いきなり声をかけられ、ウッザマーニは狼狽える。
まさか、自分に親しく声をかけられるとは思わなかったのだ。
なにせ、この場にいるのは二足歩行する者たちばかり。
それに引き換え、自分の下半身は蛇のようなもの。そして背中には蝙蝠の翼がある。
どう見ても異形の自分が、受け入れられるのか不安だったのだ。
「貴女のいたニームは、暖かなところだったと聞いている。
この地では、特に冬が大変だとは思うが、何かあればすぐに言ってほしい。」
「遠慮などしてはいけませんよ?」
リュウヤの側に控えている、サクヤもウッザマーニにそう声をかける。
「陛下にとって、貴女たちはすでに家族も同様なのですから。」
「あ、ありがとうございます。」
「そんなに畏まらなくていいって。」
脇から声をかけてきたのはナスチャ。
「それはお前が言う台詞じゃないだろう。」
リュウヤが苦笑しながら返す。
「まったくだ。お前は場をわきまえなければならんな。」
顰めっ面を作って現れたのは、トモエ。
場をわきまえて正装しているトモエに、
「うわぁ、似合わねえよ、姉御には。」
率直すぎるナスチャの言葉に、トモエの頰がヒクつく。
「ほお、そういうことを言うのか、ナスチャは。」
自分の失言に気づき、ナスチャは逃走しようとするが、すぐにトモエに捕まる。
「どういう意味であんなことを言ったのか、よーく聞かせてもらおうか。」
場をわきまえていたはずの姿はそこにはない。
ナスチャを引きずって、トモエはその場を去っていく。
「あの二人は極端な例だが、貴女も肩の力を抜いてほしい。
公的な場でなければ、咎め立てすることはしないから。」
リュウヤはそう話し、サクヤとともにその場を離れる。
すると、リュウヤらが離れるのを待っていたかのように、それまで遠巻きにして見ていた子供たちがウッザマーニのところに集まってくる。
初めて見る竜女族に、子供たちは興味津々だったようである。
元々好奇心の強いエレオノーラは、ウッザマーニにその下半身に触れてもいいかと尋ね、触ってはきゃっきゃと騒いでいる。
マロツィアは、本でしか知らなかった竜女族を目の当たりにして、感動しているかのように見える。
集まってきたのは、人間族の子供だけではない。
獣人族の子供たちもウッザマーニの元に集まっている。
あまりの殺到ぶりに心配した、アルテミシアら翼人族もウッザマーニのところにやってくる。
雪祭り前、自分たちも子供たちに殺到され、その無尽蔵の体力の前にボロボロにされてしまっている。
まだ左肩の傷が癒えていないウッザマーニを気遣い、やってきたのだ。
「ありがとうございます、アルテミシア様。」
さすがに、子供たちに殺到されて疲れた様子を見せるウッザマーニ。
「"様"はいりませんよ、ウッザマーニ。」
アルテミシアは、そうウッザマーニに話しかける。
「貴女も、リュウヤ陛下にお仕えするのでしょう?
だったら、貴女と私は同僚のひとり。
遠慮があっては、一緒に仕事なんてできませんよ?」
思わず、虚を突かれたかのような表情をするウッザマーニ。
彼女は、まだ自分の身の振り方を決めかねていたのだ。
だが、自分がこの場にいるということは、周囲からはそう見なされているということなのだろう。
「あら?違ったのかしら?」
アルテミシアはその虹彩異色の瞳を、ウッザマーニに向ける。
「今はまだわかりません。族長ルカイヤ様の意向もございますし。」
その真面目な返答に、アルテミシアは笑った。
「真面目なのね。私とは大違いだわ。」
そう口にして。
キョトンとするウッザマーニに、
「私なんて、族長である母上様の許可なく、勝手にお仕えすることを決めたのよ。」
そう、アルテミシアらは族長クリュティアの許可なく、この場にいる。
「でも、断言してあげる。貴女は、間違いなくリュウヤ陛下にお仕えすることになるわ。」
悪戯っぽい表情を見せながらそう言うと、アルテミシアは他の翼人族とともに子供たちの相手をするべく、この場を離れる。
それを見送るウッザマーニ。
そして、アルテミシアを見るもうひとりの視線。
その視線の主であるマリレナは、決断する。
リュウヤに会談を求めることを。