フェミリンスらの帰還
リュウヤが岩山の王宮に戻った翌日。
謁見の間にいた。
帰国したフェミリンスをはじめとする使節、シズカ、カスミ、ヒサメ、シズク、トウウの龍人族。
ミーティアにイルマタル、夢魔族ファーロウ。
アルテミシアら見知った翼人族10名と、マリレナという名の翼人族。
そして、竜女族の少女ウッザマーニ。
ひとり足りないことに気づく。
「トモエはどうした?」
リュウヤの当然すぎる問いかけ。
それに対しシズクが、
「逃げました。帰着すると同時に、あっという間に姿を眩ましまして・・・」
そう答える。
その返答に、リュウヤはこめかみを抑えている。
「なるほど。余計なことをしたので、怒られる前に逃走したと、そういう理解で間違いないか?」
「は、はい。」
すでに、カスミからある程度の報告は得ている。
だから、今更逃げたところでどうにもならないのだが。
小学生の行動かと、内心でツッコミを入れつつウッザマーニに向けて言葉を発する。
「この場にはおらぬが、トモエには戦いとそれに関連した事柄に対し、全権を与えて送り出した。
トモエが交わした約定は、私が交わした約定と同義である。」
そこでいったん言葉を切る。
そして、
「龍王国は、竜女族の移住を歓迎する。」
そう伝える。
「私たち竜女族の移住を受け入れてくださり、感謝にたえません。」
ウッザマーニは、緊張した面持ちで感謝の言葉を述べる。
そのウッザマーニを、リュウヤは観察する。
緊張からか、それとも左肩の傷のせいなのか、やや青い顔をしている。
幼さが残ってはいるが、その整った顔立ちは美少女と言ってもいい。
見た目の年齢は、アルテアと同年代くらいに見える。
もっとも、人間族と同じように年齢を経ていくわけではないだろう。
「トウウ。ウッザマーニを、アウグスティの下に連れて行ってやるといい。」
アウグスティはエルフの薬師である。
医師の下にと思ったのだが、竜女族が人間族と同じ身体の仕組みを持っているとは限らない。
だから、最低限の治療としてエルフの薬師の下に行かせるのだ。
「わかりました。」
命を受けたトウウは、ウッザマーニを連れて退出する。
「シズク。トモエに伝えよ。責任を持って、竜女族の受け入れの準備を整えよ、と。」
「はい。間違いなく、トモエに伝えます。」
そして、リュウヤは翼人族へと視線を向ける。
「戻ってきたか。」
アルテミシアに声をかける。
「はい。オスマル帝国との方が付いたときは、陛下にお仕えすると約しましたので、その言葉通りに参りました。」
ああ、たしかにそんなことを言ってたっけ。
リュウヤは思い出す。
だが、そんなことは表情に出さず、
「そちらの方は、初めてお会いするな。」
マリレナに視線を移す。
「はい。お初にお目にかかります、リュウヤ陛下。
私は、翼人族族長クリュティアの補佐長を務めております、マリレナと申します。
以後、お見知り置き願えれば幸いです。」
マリレナの挨拶は優雅であると同時に、一分の隙もない。
それは、マリレナのというより、翼人族首脳のリュウヤへの現在の心証というべきものだろう。
「暫しの間、滞在する許可をいただければと思い、陛下の御前に参りました。」
「滞在など、いくらでもされるといい。それと、よければ翼人族のことも聞かせていただきたい。」
滞在許可を出すと同時に、探りを入れる。
翼人族のことを聞くだけなら、アルテミシアらから聞けばいい。
それだけで済まないものを、マリレナは知っており、それ故に族長クリュティアが遣わしたと見るべきなのだ。
「わかりました。陛下が時間のある時であれば、いつでもお声かけください。」
マリレナの方も、リュウヤの意図を見抜いている。
翼人族がどこまで知っているのか、それを確かめたいのだと。
この後、二、三のやり取りを行い、カスミの案内で翼人族は退出する。
リュウヤはフェミリンスたちの労をねぎらい、各人に3日の休養を与え、謁見の間から退出した。
☆ ☆ ☆
リュウヤとサクヤは連れ立って、執務室へと歩いている。
その背後から声がかけられる。
「陛下。お話しがあります。」
シズカだ。
振り返り見るシズカの瞳には、強い意志が見える。
「それは、内密な話しか?」
リュウヤの問いに、シズカは頷く。
「ならば、大扉前でどうだ?あそこならば、誰も来ないだろう。」
「かまいません。」
シズカの返事を聞くと、リュウヤはサクラとキキョウに命じて、大扉に通じる道を閉鎖させる。
そして、サクヤとシズカを伴って大扉前に向かった。
☆ ☆ ☆
シズカは、リュウヤがサクヤを伴っていることで、あることに思い至る。
それは、サクヤもすでに知っているということだ。
大扉前に着くと、
「聞きたいのは、フェミリンスのことだろう?」
リュウヤから切り出される。
シズカは頷くと、なぜフェミリンスについて不審に感じたのかを話す。
「フェミリンスの名を聞いて、翼人族の表情が変わったか。」
「はい、ほんの一瞬程度ですが。」
「それに気づいたのは、シズカだけか?」
「いえ、ミーティアも気づいたようです。
そして、おそらくはファーロウも。」
ファーロウは夢魔族。
元々の主である冥神ハーディから、ある程度は聞いているのだろう。
リュウヤはサクヤに視線向ける。
その視線を受けたサクヤは、小さく頷く。
「どこから話したものかな。」
そう呟き、少し考え込んだ後に話し始める。
☆ ☆ ☆
リュウヤが話し終え、サクヤはその側に寄り添う。
シズカは表情こそ変わらないが、心なしか顔が青ざめている。
それでも、シズカには確認しておきたいことがある。
「なぜ、私たちにはその記憶や記録がないのでしょうか?」
「先代が望んだことだ。その記憶があっては、フェミリンスと戦えないだろうと、シヴァに願い、それをシヴァが受理した。」
シズカはなんとなくではあるが、理解した。
自分たちの王の恋人を殺せと言われても、完全に敵対できるかと言われればそれは難しい。
しかも、その恋人のために全てをなげうったとあれば。
「先代が何を考えていたのかはわかるが、どう思っていたのかはわからない。」
半分は嘘である。
考えていたこと=記憶なのだが、記憶というものは感情=思っていたことに紐付けられていることが多い。
記憶が流れ込んでいるのならば、全てではなくとも、先代の感情の大半はわかっているのだ。
「それから、その時のフェミリンスは結局倒すことは出来ず、封印されるに留まったのだがな。」
強い感情に紐付けられた記憶を完全に消すのは、流石のシヴァにもできなかったのかもしれない。
「封印されたからこそ、今のフェミリンスは俺の敵ではない。
力の継承が行われていないからな。」
それが、フェミリンスを側に置いている理由だろうか?
シズカはリュウヤの真意を測るかのように、リュウヤを見ている。
暫しの沈黙。
「わかりました。ですが、ひとつだけ確認させていただきます。」
シズカは大きく深呼吸をして、
「陛下を信じてよろしいのですよね?
私との約束は、守っていただけるのですよね?」
シズカとの約束。
サクヤを決して悲しませるようなことをしないこと。
「当然だ。約束は守る。」
はっきりと、断言するリュウヤに一礼してシズカは立ち去る。
その後ろ姿を見ながら、
「嘘をつかれましたね、陛下。」
サクヤがリュウヤに話しかける。
「シズカのことだから、気づいているんだろうな。」
「ええ、多分。」
リュウヤのついた嘘。
それは、フェミリンスを封じたのは先代であり、その先代を倒したのが龍人族だ。
だからこそ先代は、龍人族の記憶と記録を奪った。
自分を討たせるために。
そしてそれは、いつ来るかわからない次代へのメッセージでもある。
悲しみの連鎖を断ち切るための。
「重い荷を背負わせてくれるよ、先代も。」
リュウヤのボヤキに、
「大丈夫ですよ、きっと。」
サクヤがリュウヤの手を握る。
サクヤの手の柔らかさと、温かさが心地よい。
「そうだな。」
リュウヤはそう答え、サクヤの手を握り返していた。
☆ ☆ ☆
仄暗き海底。
ティアマトは、変わり果てた姿となった愛し子を抱きしめ、号泣している。
「ムシュマッヘ、我が愛し子。
このような変わり果てた姿になるなんて・・・。」
その様子をウガルルムは、冷ややかに見ている。
母上は、冥神よりこうなることを知らされていたではないか。
そんなに嘆き悲しむのならば、なぜ自分で呼び戻しに行かなかったのか。
今回だけではない。
夫である淡水の神アプスーが、深淵なる智慧の神エアルの挑発に乗って戦ったときも、自ら止める訳ではなく、かといって戦うわけでもなく、見殺しにしたのだ。
今回も、同じことを繰り返しただけのこと。
ウガルルムはただ冷ややかに、母ティアマトを見ていた。