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龍帝記  作者: 久万聖
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築城候補地の選定

まだ雪の残る中、リュウヤは湖の西岸へと向かう。


5日ほどの予定で、新しく築く城の候補地を選定するためだ。


この城を築く目的。


それはいざという時の獣人族の逃避先として。

さらには龍王国(シヴァ)の西方戦略の拠点としてでもある。


実のところ、湖西岸に軍事拠点を作る必要性は、以前から指摘されている。


湖とそれを源流とする川のために、特に冬季の対応が遅れてしまうことが懸念されていたのだ。


現状では、有事の際に蟲使いの一族や獣人族を見捨てなければならなくなってしまう。

それを防ぐためにも、拠点は必要だったのだ。


実のところ、今までは緊急性を感じていなかったのだが、巨大な不安要素を抱えてしまったために、少しでも早く築かざるを得なくなったのだ。


その巨大な不安要素。


それは今回の候補地選定にもなぜかついて来た、至高神(ヴィレ)の聖女ビオラの存在である。


大地母神((イシス)の聖女ユーリャのように懐いているわけではない。


神意とは別に、リュウヤという存在を自分の目で見極めたい、そう考えているように見える。


正使エウァリストゥスや護衛のバルタサル・コモンフォルトが、雪を理由に帰国を遅らせ、なんとか本国を誤魔化しているものの、雪が溶けてしまえばそんな言い訳は通用しなくなる。


そのため、入れ替わり立ち代り、ビオラの説得に当たっている。


リュウヤに対しても、説得の要請があったのだが、


「本人が残りたいというなら、止める気はない。」


そう拒絶している。


リュウヤにしてみれば迷惑極まりない話であり、帰国させなければ神聖帝国に恨まれ、帰国させたらさせたで、


「聖女は洗脳されている!」


と難癖に付けられかねないのだ。


そのことを指摘すると、エウァリストゥスやバルタサル・コモンフォルトは渋い顔をして黙り込んでしまった。


彼らにしても、そうなりかねない情景が浮かんでしまったのだろう。

それ以来、リュウヤに説得の要請は来なくなっている。


今回の随員は、護衛に鬼人(オーガ)のサクラとキキョウを中心に10名。

当初はモミジが付き従うと言い張っていたのだが、エストレイシアが出征しているため、軍を取りまとめる役職にあるモミジは残ることになった。


蟲使い一族の村にも立ち寄ることから、蜘蛛使いのナスチャ。


獣人族の国との国境付近にも候補地があることから、獅人カイオン。


また、城塞建築ということから、ドワーフのトルイら数名。


さらに建築ならとついて来た、プシェヴォルスク王国王女エミリア・オナ・ゲディミナイテもいる。


また、エミリアの身の回りの世話を焼く従者や、ビオラの護衛バルタザルと従者。


リュウヤの身の回りの世話をする侍女に、アルテアとナギのふたりが同行している。


先触れを出していたこともあり、視察の行程は順調に進んでいく。


途中、蟲使い一族の村や、獣人族の国との国境にある獣人族の屋敷で歓待を受ける。


この屋敷に来ていた、獅人族族長リュシオンとの協議を持つ。


獣人族としては逃亡先にもなるため、一定以上の規模と堅牢さが求められ、またそこに至る道の整備も必要になる。

リュシオンとの協議は深夜にまで及んだ。






☆ ☆ ☆






視察最終日。


湖西岸の港にて、視察最後の宿泊となる。


「参ったな。獣人族や蟲使いの避難先ということも考慮すると、予定地は全て中途半端だ。」


リュウヤのぼやき。


予定地は三箇所あったのだが、それぞれ広さや距離、水の確保などの問題をかかえている。


「たしかに。それに建築資材の調達という問題もある。」


トルイが腕組みをしながら、しかめっ面で言う。


考え込むふたりに、エミリアが声をかけようとするが、


「陛下!食事は楽しむものと仰られたのは、どこのどなたでしたか?」


侍女らしからぬ口調でリュウヤを咎めたのは、アルテアだった。


弾かれたように顔を上げ、アルテアを見るリュウヤ。


「そうだったな。」


そう言うと、


「トルイ、今は渋い顔をするのは無しだ。お互いに、な。」


「そうですな、陛下。」


互いに顔を見合わせて苦笑する。


「仕事の話は無しにしよう。」


そう言ってテーブルを見る。


「ところでアルテア。酒はないのか?」


「はい、ありません。」


あっさりと、そしてきっぱりと断言する。


「いや、ここは物資貯蔵施設だっただろう?

ないはずが・・・」


「はい。ここに戻るまでの間に、酒類は全て搬出されました。

サクヤ様、アイニッキ様、テスナ様の御言いつけです。」


「テスナが、だと?」


自分の妻の名前が出たことに、トルイが驚きうなだれる。


「百里を行くものは九十里をもって道半ばと心得よ、でしたよね、陛下。」


ゴールが見えたからと言って油断してはならない、そんな格言を使って皆を窘めたことがあったのだが、まさかここでその言葉を使って窘められるとは・・・。


主人と侍女との間の会話らしからぬ会話に、エミリアとビオラがクスクスと笑いだす。


「エミリア様?」


「ビオランテ様?」


それぞれの従者が、主人の様子に戸惑う。


「だって、陛下とアルテアさんのやり取り、どう聞いても主人と侍女のやり取りではないではありませんか。」


「この短い旅で何度も見させていただいていますけど、なにかおかしくって。」


エミリアとビオラは再び笑いだす。


「そーだろそーだろ。うちの王様(おーさま)って、全然らしくないんだよ。

誰に対しても、気さくに話しかけるしな。」


それはこの旅でさんざん見ている。


一般的には嫌われている蟲使いたちとも、同じ目線で話しをしていたし、獣人族相手にも、決して蔑むようなことはしない。


言葉遣いにしても、状況を弁えてさえいれば咎め立てすることもない。


「そうね、アルテアさんの今の振る舞いなんて、他の国の王様だったら死刑になりかねないわよ。」


エミリアの言葉に、アルテアがビクっとする。


「他の国ならの話。」


エミリアがフォローする。


そして、この場に同席しているエウァリストゥスやバルタザルは、ビオラの様子を見ている。


二人の視線の先でビオラは、優しい笑みを浮かべしきりに頷いている。

まるで、なにかを確信したかのように。


エウァリストゥスが小声で話しかける。


「ビオランテ様。」


声をかけられ振り返る。


「私は確信しました。神意に間違いはないと。」


この言葉に、エウァリストゥスとバルタザルは、説得を諦めることにしたのだった。






☆ ☆ ☆






食事の後も、リュウヤとトルイは地図を見ながら検討を重ねている。


「いつまでやってんだよ。」


ナスチャが呆れたように口にする。


この場に残っているのは、リュウヤとトルイ以外では、サクラとナスチャとナギ。そしてエミリア。


アルテアとキキョウは先に休んでいる。


「候補地が全部ダメなら、改めて候補地を決めなければならんか。」


そこにエミリアが、


「差し出がましいようですが、最良と思われる場所はあったかと。」


そう発言する。


リュウヤとトルイはエミリアを見て、その先の言葉を促す。


エミリアは地図の一点を指差して、


「ここならば、湖からの距離もほどほどですので、運河を掘れば資材の運搬に利用できますし、水に困ることもありません。

獣人族の国からもほど良い距離ですし、場合によってはあの屋敷も取り込んだ設計にできます。」


なるほどと思うが、ひとつ大きな問題がある。


「おい!そこはオレ達蟲使いの村じゃねえか!!」


そう、蟲使いの住む村なのだ。


「この場所に村を作って、やっと生活も軌道に乗ってきたってのに、そこから立ち退かせるのかよ!」


ナスチャが激怒するのも無理はない。


だが、リュウヤはエミリアの提案から凄まじい勢いで、城の構成や縄張りを組み立てていく。


「エミリアの提案を入れる。」


リュウヤが宣言する。


「おい!王様!!」


ナスチャが抗議の声をあげるが、


「立ち退きはしない。むしろあの村を中心に据える。」


その言葉に驚く。


「ナギ、あの村の周辺の地図を持ってきてくれ。」


ナギが持ってきた地図の上で、リュウヤはその構想を示していく。


それは、トルイやエミリアが見たこともない、複雑な構造をした城。


いくつもの曲輪を組み合わせた、複雑な縄張りであり、これならば蟲使いたちの立ち退きは必要ないだろう。


「これなら、立ち退きはしないですむのか。」


ナスチャが感心したように呟く。


「無論、工事は必要になるし、それによって収穫が減るようなら補填はする。」


そうリュウヤは続け、ナスチャも納得する。


「ナスチャ。族長に話しを通しておいてくれ。

正式な話は、後日行うと。」


「わかったよ、王様。」


これにより候補地の選定はできた。

後は蟲使いたちの説得と、エストレイシアが戻ってきてから計画と設計を詰める。


「これで肩の荷がひとつ降りた。」


リュウヤが大きく息をつく。


「ですが、そろそろ遠征軍が戻る頃。大きな荷物が陛下の肩にのし掛かりますよ。」


サクラが悪戯っぽく口にする。


「今はそれを忘れていたかったのに、それを言うか。」


リュウヤは大きく嘆息したのだった。


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