スカウト
カスミの報告を受け、リュウヤはなんとも言えない渋い顔をしていた。
こうなるんじゃないかとは、想像はしていた。
だが、想定した以上の状況だ。
「生き残った竜女族1500名の受け入れ、か。」
1500名というのは、あくまでも最大での話。
実際にはもう少し少なくなるだろうとのこと。
西の湖の管理を任せるのが適任なのだろうが、これまで南方の比較的暖かい地域に過ごしていた種族を、冬には凍結してしまう湖で生活ができるのだろうか?
本人たちに、その意思を確認しなければならない。
カスミを送り出すと、入れ替わりにホダカが交渉の結果を伝えるために帰国する。
交渉の結果は想定した通りであり、文句をつけるようなことはない。
現在、保護している皇女とその子供たちを返還することにも、異存はない。
すぐにその手はずを整えさせる。
また、連行される捕虜が3万人。
最大5万と想定していたのだから、それよりも少ないのは問題ない。
受け入れ準備は進められる。
ホダカは報告を済ませると、すぐに戻っていった。
☆ ☆ ☆
報告を受けた後、リュウヤはユークレイン王国の使節であるアンドリーとともに、地下に設けられた施設を案内していた。
地下といってもそこまで深いものではない。
数メートルほどくり抜いたような部屋は、天井を半透明な水晶を敷き詰めており、外光が取り入れられている。
そして部屋の中にあるものは、数多くの植物。
「なっ!?」
一歩中に入ったアンドリーとふたりの孫娘は、その光景に絶句する。
季節はまだ冬。
なのにこの部屋の中では様々な植物が、青々と育っている。
「これはいったい・・・」
どんな魔法を使ったのか?
そう口にしそうになったとき、部屋に違和感を感じる。
「暖かい?」
そう呟き、リュウヤの方を見る。
「この部屋のすぐ近くに、ドヴェルグやドワーフの工房がある。
その排熱を利用しているんだ。
貴方方の国にもある、暖炉の応用だよ。」
工房では火を使うため、当然ながら空気が熱くなる。
その空気をダクトを作って、この部屋に流し込む。
そうすることで、この部屋の温度を上げている。
「なるほど、冬場はそれでも良いかもしれませんが、夏場は熱くなりそうですな。」
「ああ、夏場は・・・、ダクトの向きを変えることで、中に熱気が入らないようにしている。」
実演するリュウヤに、アンドリーは理解したように大きく頷く。
部屋の奥に進み、そこに用意されているテーブルに着く。
園芸が趣味というアンドリーのために、会談の場所をこの部屋に設定したのだ。
天井の水晶を見上げ、
「本当は、天井をガラスにしたかったのだがね。
強度の問題から水晶にしたんだ。」
リュウヤはそう説明する。
水晶の加工というのは、相当な技術が必要なものである。
それをこの国では、ドワーフの技術力によって実現している。
「部屋そのものを暖かくして、植物の育つ環境をお作りになるとは。」
アンドリーは驚くが、リュウヤにしてみればそれほど驚くものではない。
温室を作って植物を育てるというのは、すでに古代ローマに見られるのだ。
古代ローマでは、その温室でワニも飼育していたという。
「アポーストル伯。この部屋を自由に使ってみたいとは思わないか?」
この言葉にアンドリーは驚く。
「真冬に、夏の花を咲かせることもできるかもしれない。
それは、伯にとって意味のないことかな?」
アンドリーはリュウヤを見つめる。その真意を測るために。
「失礼ながら、伯のことを調べさせてもらった。
伯は、あと何年か働いたら楽隠居するというではないか。
ならば、その楽隠居先のひとつに、我が国を入れてはもらえないだろうか?」
たしかに、あと2〜3年働いたら楽隠居する予定でいる。
こんな冬でも植物を育てることができる部屋を、自由に使えるとなれば嬉しいものなのだが、その先にあるものはなんなのだろう?
「伯には、この大森林の中はもちろん、トライア山脈の植生も調べてほしいと思っている。
まだ未発見のものも多いだろうな。」
リュウヤの言葉が、まるで悪魔の誘惑のように聞こえてしまう。
「陛下。単刀直入に伺います。
陛下は、なにを狙っているのです?」
その言葉に、リュウヤはニヤリと笑う。
「好事家だよ、私が狙っているのは。」
何を言っているのかわからない、アンドリーはそんな表情でリュウヤを見る。
「伯にも、同好の士がいよう。
その、同好の士に話が知れたらどうなる?」
無論、アンドリーにも園芸仲間はいる。
その園芸仲間に、自分がしていることを知られたらどうなるか?
いや、冬でも夏の花が咲いている、咲かせられると知れば、必ず見に来るだろう。
「見に来るでしょうな、必ず。」
「それは一人でか?」
「いえ、そんなことはありますまい。園芸に手を出せる者など、ある程度の金と時間が無ければ・・・」
そこまで口にして、ハッと気づく。
金と時間がある者が集まる。
それはこの地で金を使うということであり、なによりもこの地で園芸に関する情報や知識を交換していくということだ。
それは、この地が園芸という文化の中心地となること。
「我が国は建国したばかりなのでね。少しは雅な文化を根付かせたいのだよ。」
自分がその礎になる。
「年甲斐もなく、心が震えますな。」
アンドリーはそう答える。
「その時は、私一人では荷が重くなりそうですので、幾人か知人を連れて来たいのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわない。貴方がこの地に来てくれることを、願っているよ。」
そう言って差し出されたリュウヤの手を、アンドリーは強く握りしめた。