事後処理 オスマル帝国
龍王国とオスマル帝国の会談は、バニパルが撤退先と想定した都市ファサで行われる。
オスマル帝国の、西方統治の要であるカルラエよりは規模が小さいが、それでも小国であれば王都と呼ばれてもおかしくはない、大規模な都市である。
そのファサの中央にある庁舎にて、和睦へ向けた交渉が始められる。
龍王国からの参加者は、軍総指揮官エストレイシアと龍人族からホダカ。翼人族からは族長補佐マリレナ。
マリレナと一緒に合流した、フェミリンス、ミーティア、イルマタル。
ファーロウは先に本隊に合流して、その後にリュウヤへの報告のために先行する。
さらにビンツア、パルメラ両王国の代表者が参加している。
オスマル帝国側の参加者は、皇帝アルダシール7世の宿老中の宿老スライマーンを代表者とし、その補佐として文官アミールと、武官ガザン。
その他の官僚が10名ほどが参加している。
会談は、まずスライマーンの挨拶より始まる。
「オスマル帝国全権代表を務める、スライマーンと申します。」
マリレナの表情が一瞬変わり、ビンツア・パルメラ両王国の代表はどよめく。
このどよめきには、ふたつの意味がある。
ひとつはアルダシール7世の、宿老中の宿老が出てきたこと。
そしてもうひとつは、スライマーンが全権代表として来ていることを知ったこと。
全権ということは、皇帝の代理人だということ。
そしてそれは、自分たちとの格の違いを明確に表している。
「私はエストレイシア。この度の軍の全権を委ねられている。」
エストレイシアはそう名乗り、スライマーンと握手を交わす。
握手を交わしながら、スライマーンが尋ねる。
「それは、此度の件においても全権を持っていると、そう解釈してもよろしいのですかな?」
「当然です。委任状も持ってきておりますが、ご確認なされますか?」
「是非とも、拝見させていただきたい。」
隣のホダカから書類を受け取り、スライマーンに渡す。
受け取った書類を一読したあと、今度はその手触りを確認している。
その確認が終わると書類を返しながら、
「失礼ですが、これはなんというものに書かれているのですかな?」
「これは紙というものです。製法を明かすことはできませんが、御入用であればそちらに卸すことはできます。」
ホダカが答える。
「なるほど。では話がまとまったら、そちらの商談もしたいものですな。」
そう言ってスライマーンは笑う。
この言葉にビンツア・パルメラ両王国の代表は頭を抱える。
スライマーンは確実に、最低でも大枠を定めにかかっている。
そして、それは全権を委任された者がいる龍王国も、同様の考えをしているということ。
自分たちはあまりにも準備が足りなさすぎる。
オスマル帝国と龍王国、翼人族の間の交渉は順調すぎるほど順調に進む。
両王国が口を挟むことができないほどに。
まずは翼人族との間の交渉。
北方の都市エレバノとその周辺の住民、今回の戦いで翼人族に与した者の罪は問わないこと。
シャフルバラースに関しては、太守を解任すると同時に斬罪に処すこと。
また、その在任期間にされた増税分の返還とともに、税率を元に戻し、なおかつ勝手に増やした税の廃止。
そして、地下水路の所有権は翼人族にあると、正式に決定される。
翼人族にしてみれば今更なことなのだが、その所有権が確定していなかったから起きたのが、今回の紛争なのだ。
所有権の確定は、今後のこの地域の安定に寄与するだろう。
さらに翼人族へは、多額の賠償金が支払われる。
当初は、エレバノ周辺を割譲しようという提案もあったのだが、それはマリレナが拒絶する。
翼人族の根拠地であるアララト山脈から遠く、統治することが面倒だというのが理由である。
その代わりというほどのものではないが、エレバノとの交易に際して関税が撤廃される。
そして、今回の本題ともいえる龍王国とオスマル帝国の交渉。
スライマーンが最初に求めたのは、ビンツア・パルメラ両王国に降嫁した皇女とその子供たちの引き渡し。
それに対してエストレイシアは快諾する。
国境を接しているわけでもないため、人質として確保する理由がないこともあるが、それ以上に不要な火種を抱えたくないというのが本音である。
このエストレイシアの態度に慌てたのが、両王国代表たち。
彼らにしてみれば皇女らを盾にして、オスマル帝国から最大限に譲歩を引き出したかったのだ。
エストレイシアらには、彼らの腹の中が読めているのだが、そんなに火種を抱えたいのかと呆れてしまう。
下手に欲をかけば、オスマル帝国の攻撃を招きかねないことが、彼らにはわからないのだろうか?
もしそうなったら、龍王国としても援軍を送るのは難しい。
なにせ原因が、両王国の欲深さにあるのだから。
オスマル帝国と龍王国の交渉は、実にトントン拍子に進む。
龍王国にとって東方、オスマル帝国からみれば西方の小国家群を、緩衝地帯地帯としておきたいのは両国とも共通認識としている。
オスマル帝国側にとっての懸案であった、皇女とその子供たちが無事に引き渡されるなら、次の懸案は降伏したオスマル帝国軍将兵だ。
バニパル将軍をはじめとする高級指揮官及び中級指揮官は、帝国が身代金を払い、それにより解放される。
これは、あくまでも立替払いということだろう。
そして下級士官と一般兵士は、本人たちが身代金を払うことになる。
これは事実上、そちらに連れて帰ってかまわないということである。
この捕虜の配分は、龍王国が半数を。ビンツア・パルメラ両王国が残りを分け合うことになった。
また、オスマル帝国は龍王国に多額の賠償金を支払うことが定められる。
そして龍王国からの要請。
竜女族の統一戦争に敗れたケーサカンバリン氏族の、通行許可。
これはスライマーンも初耳だったため、即答は避けられるが、決して無碍に扱うことはしないと確約を得た。
それ以外に定められたのは、互いに使節を派遣することが決まり、まずはオスマル帝国より夏に派遣されること。
その返礼使節が翌年に、龍王国から派遣される。
これにより、龍王国及び翼人族とオスマル帝国の交渉は、ひとまず終了する。
もうひとつ、飛竜に関してのものがあるが、それに対しては龍王国、翼人族ともに議題にあげなかった。
そのことを疑問に思ったスライマーンが、確認のため尋ねるが、
「龍王国にとって脅威ではないし、翼人族にも対応策は伝授してある。」
と、あっさり返答される。
帝都に送りつけられた飛竜の死体を思い出し、スライマーンは大きく頷く。
交渉が成立するとすぐに文書が作成され、エストレイシアとスライマーンが署名する。
これにより和睦は成立する。
ただし、ビンツア・パルメラ両王国はこれからが大変である。
龍王国が後ろ盾となるとはいえ、直接国境を接していない。
ゆえに、オスマル帝国との交渉は、ほぼ独力で行わなければならない。
そして、その相手はこのスライマーンが担当する可能性が高い。
この、好々爺とした宿老を相手にしなければならないとなると、相当な準備と苦労をすることになりそうだ。
ビンツア・パルメラ両王国の代表は、代表権を得ていなかったことを後悔していた。