ムシュマッヘ対アスラン
会談が終わると、サーヒヴァは考え込む。
龍人族たちは、
「ムシュマッヘの相手は自分たちがする。
だから、貴女たちは種族を統一するなりすればいい。」
そう伝えてきた。
無論、ムシュマッヘの相手をしてくれるのは有難い。
だが、勝てるのか?
始源の龍が復活したことは伝え聞いてはいる。
それによって、龍人族も力を取り戻したであろうことは想像がつくのだが、だからといってムシュマッヘに勝てるほどになっているのだろうか?
それ以上に考えさせられたのは、統一を果たした場合、敵対していた部族をどうするのかと問われたことだ、
皆殺しにするのが後腐れない方法ではある。
だからといって、そんなことは現実的な方法ではない。
だが、共存というのもなかなかに難しい。
長きにわたり、殺し合いをしてきたのだ。その遺恨は平和になったからといって、簡単に消え去るものではない。
良くて無視。
実際には、迫害に近いことが行われることが予測できる。
そして、龍人族の代表というトモエなる者が最後に残した言葉。
「その者たちが望むなら、龍王国は移住を受け入れる用意がある。
あくまでも、望むならだがな。」
ケーサカンバリン氏族の者たちが、住み慣れたこの地を離れることを考えるだろうか?
無駄な血を流さない、無用な遺恨を残さないためにはそれが最良の方策なのは間違いない。
思考の深みにはまりかけた時、現実に引き戻す言葉がかけられる。
「サーヒヴァ様、出撃の準備が整いました。」
「わかった。すぐに行く。」
移住するかどうかは、戦いが終わってから相手が考えればいい。
「これが竜女族統一の、最後の戦いだ。
敵も必死になっている。気を抜くな!」
サーヒヴァは統一のための最後の戦いとすべく、チャールヴァーカ氏族だけでなく、同盟を結んでいる他の氏族の者たちに訓令を出す。
サーヒヴァの言葉に、竜女族たちは大きな歓声をあげる。
そう、竜女族の悲願である種族の統一が、250年の時を経て実現するのだ。
士気高く、サーヒヴァ率いる軍は出撃する。
☆ ☆ ☆
「まだ退いていなかったのですか?
七つ首の邪竜殿は。」
ムシュマッヘが塒としている洞窟の中、嘲るような響きを多分に込めた言葉が発せられる。
ムシュマッヘの首のひとつが、その言葉を発せられた方に向く。
その首の、憎々しげに睨む瞳に動じることなく、言葉は続けられる。
「貴方の母君から、さっさと退くようにと使者が来ていたでしょうに。例えば、大獅子ウガルルム殿とか。」
言葉を続けながら、ようやく姿を現わすその存在を見て、
「吸血鬼アスランではないか。
何をしに来た?」
さらにふたつの首がアスランに向く。
アスランは六つの瞳から発せられる、怒りと憎しみのこもった視線を平然と受け止めている。
「忠告に来たのですよ、最後に。
早く退かないと、死にますよ。
なにせ、龍人族の中でも手練れの者たちがこの地に向かって来ているのですから。」
「なに?」
「言っておきますが、強いですよ、とても。
私ですら、戦いを避けたくなるほどに。」
嘲るような口調の中に、明白に挑発する色が見える。
「お前ですら、戦いを避ける?
ふん!お前ごときが戦いを避けるくらいなら、なんてことはないわ!!」
憤怒に駆られたムシュマッヘは、手始めとばかりにアスランに襲いかかる。
七つ首のそれぞれの攻撃を巧みに躱すアスラン。
攻撃を躱し続けるアスランに業を煮やしたのか、ふたつの首がアスランを挟みこむように位置どり、毒の息を吐く。
「こんな洞窟の中で吐くとは、正気ですか?」
狭い洞窟の中の中でそんなことをしたら、ムシュマッヘ自身にもダメージを受ける。
アスランは大きく後方に飛び下がり、霧のように広がる毒の息をやり過ごす。
が、毒の霧によって遮られた視界に、ムシュマッヘの三つの首が左右と正面から飛び込んでくる。
その三つの首は、自身の吐いた毒により表面が爛れているが、みるみるうちに修復されていく。
「なるほど。その再生能力があるからこそ、自爆としか思えないことをしたのですね。」
飛び込んできた三つの首の攻撃を躱しながら、そう口にする。
「今の攻撃で捕まえられぬとはな。だが、これでどうだ!」
五つの首を使い、上下左右、正面から時間差をつけて攻撃する。
その第一撃が届く前に、
「残念ながら時間切れです。
貴方を倒すのは私ではありません。」
そう口にし、魔法を発動させる。
その魔法はムシュマッヘを攻撃するものではなく、洞窟の天井を破壊し崩落させるためのものだった。
アスランの魔法により崩落した巨岩が、ムシュマッヘに降り注ぐ。
崩落した巨岩と土煙で、ムシュマッヘの巨体は見えなくなっていく。
そして、アスランは洞窟のあった場所の上空にとどまり、崩落が治まるのを待つ。
崩落が治まり土煙が晴れていくと、一部は巨岩により潰れ、またその巨体のあちこちに大きな傷を負ったムシュマッヘが姿を現わす。
「この程度のことで、我を倒せると思うたか!!」
一番大きな首がアスランに向けて吼える。
「そんなこと、思ってもいませんよ。」
冷たく響くアスランの声。
「先程も言ったでしょう?
貴方を倒すのは私ではない、と。」
そしてアスランは東に視線を移し、ムシュマッヘもそれにつられるように視線を移す。
「貴方を倒すのは、この私ではなく龍人族です。」
冷ややかなアスランの言葉に、初めてムシュマッヘは戦慄を覚えた。