終結への動き
状況の目紛しい変化に、竜女族だけでなくムシュマッヘも追いつけないでいた。
いや、オスマル帝国と向かい合うシンディス帝国もそうかもしれない。
国境の街カンドラ中央庁舎にて、駐屯軍司令官ナースィルの前にいるのは龍王国国王リュウヤの執事であるアスランと、トモエら龍人族6名。そして、そのトモエらにリュウヤからの文書を届けた夢魔族3名に、翼人族が5名。
「アスランといったな。以前、お主が来た時よりも警備を密にし、結界もより強力なものにしたのだが、結局は無意味だったか。」
「それは失礼いたしました。次からは、もう少し苦労して入るようにいたします。」
慇懃なアスランの物言いに、ナースィルは憮然のした表情になる。
「ふん。それで、そこにいるのが龍人族か。」
トモエたちを見ながらそう口にする。
「なぜ、龍人族がこの地にいるのかね?」
翼人族もいることを考えれば、おおよその見当はつく。
だが、あえて本人の口から確認をしたい。
「バニパル将軍の軍を降伏させたのでな。
オスマル帝国は龍王国との和睦を選んだ。
ゆえに、リュウヤ陛下の命で今回の件の根源たる竜女族の争いを治めるために来た。」
トモエはそう宣言する。
なるほど、とナースィルは考える。
根源たる竜女族の争いに終止符をうたなければ、同様のことが再び起きる可能性もある。
「我らに手を貸せと、そういうことか。」
聖地ニームの安定は、シンディス帝国にとっても必要なことだ。
ニームが安定しなければ、オスマル帝国との紛争に繋がりかねない。
だから手を貸せと言われれば、吝かではないのだ。
「いえ、情報さえいただければ十分です。」
アスランの返答。
「ですが、ニーム周辺の住人の避難と保護はお任せいたします。」
「わかった。そちらは任せてもらおう。」
一緒に行ったところで足手まといになる。
目の前にいる龍人族から感じられる力は、圧倒的なものだ。
「では、こちらに来てもらおう。
斥候からの報告書は書斎にあるからな。」
龍王国の一行は、ナースィルの後に続いて行った。
☆ ☆ ☆
ムシュマッヘは戸惑い、怒っている。
竜女族の内紛に乗じて介入し、それを足がかりにしてオスマル帝国に接近。飛竜の飼育方法と、飼い慣らしかたを伝えた。
そのために与えた飛竜の卵25個。
25頭の飛竜とそれを扱う飛竜騎士がいれば、翼人族はもちろん、シンディス帝国の誇る有翼騎士団たちも駆逐できるはずだった。
その上で、父アプスーの仇を討つべく地盤を固めるつもりだった。
淡水の神たる我が父アプスー。
その父の眠りを妨げ、怒らせて戦いに追い込み、殺した深淵なる智慧の神エアルと戦い、撃ち破るための策動。
それが、ほんのわずかな期間で、あっと言う間に崩壊してしまった。
なぜこんなことになったのか?
龍人族の参戦。
そう、龍人族の参戦さえなければ・・・。
そう考えると新たな怒りがこみ上げてくる。
母ティアマトから即時撤退を命じられてはいる。
だが・・・。
ムシュマッヘは龍人族への怒りから、母ティアマトの命に背いて戦うことを選択する。
なにせ、すぐ近くに龍人族がいる気配を感じているのだ。
こいつらを血祭りにあげ、再度の策動の始まりにするために。
☆ ☆ ☆
竜女族の一方の勢力チャールヴァーカ氏族族長サーヒヴァは、自軍を立て直しつつ、攻勢の機会をうかがっていた。
だが、ムシュマッヘの存在がそれを躊躇わせる。
自分たちでは勝てない。
何か手立てはないものか・・・。
そう考えている時、来客が告げられる。
「来客?」
「はい。翼人族の方々と夢魔族、そして龍人族の方々がいらしております。」
「妙な取り合わせだな。
わかった。今からそちらに行く。」
そして、この時の会談が事態を大きく動かすことになる。