対オスマル帝国戦 バニパルの降伏とムシュマッヘ
サルハドン・バニパル将軍は決断を迫られていた。
西に龍王国軍とビンツア王国軍。
北から翼人族の軍。
南はパルメラ王国軍。
東に暴徒と化した者たち。
突破を図るならば、東の暴徒相手が一番やりやすいだろう。
ただし、そこに敵の手の者がいなければの話だ。
「いるであろうな、間違いなく。」
居並ぶ諸将も頷く。
暴動の手際があまりにも良すぎる。
駐留部隊がいる街を、わずか一日で制圧できるわけがない。
手引きしたか、手を貸した存在がいるはず。
「ふん!そんな奴ら、なぜ見つけることができなかったのだ!」
相変わらずカリニコスがブツブツと文句を垂れている。
それを言われると、先遣隊として来ていたハリード将軍は肩身がせまい。
とはいえ、ハリード将軍にも言い分がある。
「敵襲がなければ、あの忌々しい夜襲がなければ、審査はできたのだ。」
たしかにその通りだろうと、バニパルも思う。
そして、ここでバニパルは気づく。
「あの夜襲、潜入した工作員を隠すためのものだったのではないか?」
証拠はない。
だが、状況を並べていくとそう判断するのが、あまりにも妥当なのだ。
特に夜襲では、周囲が暗くて周りがわからない。
そんな中で逃げ惑う人々を制御するなど不可能。
結果として、出身地も違う者たちが混ぜ合わされてしまい、確認ができなくなってしまった。
その中に工作員がいても、確かめようがない。
敵の行動の全てに、なんらかの意味があったということ。
「今更だが、単なる敵ではなく恐るべき敵として見なければならなかったな。」
ウルバトが呟くが、本人の言う通りまさに今更の話だ。
「今はこれからどうするか、それが問題です。」
敵の質を考慮すれば、暴徒を突破するのが一番やりやすい。
ただし、それをすると今後の統治に問題を抱えることになる。
なにせ、暴徒たちはもともとこの近辺の住民がほとんど。
そこを突破するということは、その住民たちを殺すことになる。
北は翼人族。
数は多くはないが、空からの攻撃は脅威だ。
簡単に突破を許してくれる相手ではない。
南はパルメラ王国軍。
その数は3万という。
多数の損害を受けているとはいえ、純粋に戦える者が8万を超えるオスマル帝国軍のほうが、圧倒的に優位ではある。
狙うならばパルメラ王国軍だろうが、少しでも手間取れば背後から龍王国・ビンツア王国連合軍や翼人族の襲撃を受けることになる。
いや、パルメラ王国軍はそれを見越して、守勢を取るだろう。
「詰んだ、か。」
バニパルの沈痛な言葉に、諸将は沈痛な表情を隠せない。
ただ一人、カリニコスだけは決戦を主張するが、むしろ近くにいる将軍たちに取り押さえられ、縛り上げられる。
この一時間後、降伏の使者が龍王国軍の元に派遣される。
☆ ☆ ☆
ムシュマッヘは不機嫌だった。
目の前には、母ティアマトからの使者である実弟ウガルルムがいるにもかかわらず、その不機嫌さを隠そうともしない。
不機嫌な理由は、母ティアマトより即時に帰還するように命じられたこと。
「あんな枯死寸前の輩など、我が敵ではないわ!」
そう言い放つ兄を、ウガルルムは呆れた顔で見ている。
「枯死寸前などとはいつの話をしているのだ、兄者よ?」
訝しげに自分をみる兄ムシュマッヘに続ける。
「龍人族は、始源の龍の復活とともに力を取り戻している。」
「・・・。」
「それだけではない。始源の龍を復活させた者は、3人目として生きている。」
「3人目だと?」
「そうだ。その者を俺の手の者が確認した。
絶対に敵にしてはならぬ相手、そう報告を受けている。」
ウガルルムも、母ティアマトより命令を受けてすぐに来たわけではない。
自分なりに情報を集めてきたのだ。
「それから、オスマル帝国が西方に派遣した大軍だが、負けたぞ?
兄者が与えた飛竜も五匹、倒されている。」
「?!」
「龍人族は、この地にも来るぞ。
翼人族とオスマル帝国の紛争の根源はこの地にある、そう捉えているようだからな、奴らは。」
「面白い、ならば奴らを殺し、我が宿願を果たしてみせるわ!!」
ムシュマッヘはそう宣言する。
「すぐに帰れと、母上は命じているのだぞ?」
「母上に伝えよ。ムシュマッヘは父上の仇をとるまでは、決して帰らぬとな。」
こうなっては無駄だとわかってはいるが、それでも言わなければならない。
「龍人族は兄者より、はるかに強い。
ここは一旦退くのも間違った判断ではない。」
それに対する返答は予想通りだった。
「それがどうした。
つい最近まで衰弱していたような輩なぞ、我が敵ではない。」
「わかった。母上にはそのように伝えておく。」
処置無しとばかりに、ウガルルムはそう言うと踵を返して歩き出した。
弟ウガルルムの姿が見えなくなると、ムシュマッヘは龍人族と戦うための方策を考えはじめていた。