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龍帝記  作者: 久万聖
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ルーシー公国の産業振興

ルーシー公国の公子ヴァシーリーと公女ナジェージダ、ふたりとの会談に臨むリュウヤ。


会談は会食形式で行うことになっており、龍王国側ではリュウヤの他にサクヤと、食料増産担当であるエルフのアミカ。

そしてアドバイザー的な役割として、ルーシー公国出身のユーリャとアリフレートが参加する。


さらに、商人としての視点からアドバイスするために、アデライードの祖父エガリテ翁と、ニコラ・キティノフのふたりにも声をかけた結果、ふたりとも快諾して参加している。


そしてなぜか、至高神ヴィレに仕える聖女ビオラも参加している。


ルーシー公国のふたりの目的は、やはり食料増産と産業振興。


特に食料増産は喫緊の課題なのだという。


意見を言うにも、まずはルーシー公国の気候や土壌について知らなければならない。


そこでルーシー公国出身である、大地母神(イシス)の神官アリフレートの知識が必要になる。


なにせ、気候に関してはヴァシーリーやナジェージダは説明できても、土壌に関しては現場で見ているわけではないため、説明ができない。

そこで、現場で働いていたアリフレートの経験や知識が必要なのだ。


「話を聞くと、気候は寒冷帯だな。そうなると、春から夏にかけて小麦の生産が中心になるか・・・。」


気候だけなら、そう判断せざるを得ない。

たしか、同じく寒冷帯が国土の大半を占めるロシアも、そうだったはずだ。


「ですが、残念なことにルーシー公国の土壌は痩せている地域が多く、なかなか思うように育成できないのです。」


「だが、ルーシー公国には大河が多いと聞く。

それならば、河が源流のある山々や森林から滋味を運んでいるはずだが?」


そう。

地球において、古代文明が栄えた場所に大河が多いのは、水という恵だけでなく、大河が運ぶ滋味によって作物が豊富に採れるからでもある。

そのため余力が生まれて人口が増加。増加した人間の手により作物が増産され、文明が生まれていく。


「たしかに滋味も運んではいるのですが、砂が多いのです。

そのため、水捌けが良すぎて作物の育成に必要な水がとどまらないのです。」


なるほどと、リュウヤは考える。


「そうなると、まずは土壌改良が必要か。

それと同時に灌漑用水路の整備だな。」


「土壌改良、ですか?」


聞きなれぬ言葉に、ヴァシーリーは戸惑いを見せる。


「水捌けが良すぎるなら、保水力のある土を入れる。

落葉樹森があるなら、そこの土が特にいい。

腐葉土の混ざった、滋味の良い土になる。」


腐葉土は保水力も高い。

また、腐葉土の中にいるバクテリアが発酵を促進させ、肥料としても優れた効果がある。


だがそれだけでは心許ない。

それに気にかかることもある。


「作物は、どのようなサイクルで作っているのだ?」


これに対して、ヴァシーリーとナジェージダは答えられず、アリフレートが代わりに答えることになる。


「おそらく、陛下が御懸念している通りです。どうしても、主食となる小麦ばかりを作ってしまいます。」


やはりそうなるか。

どうしても主食となるものを中心にしてしまうし、国としてもそれを奨励することになるだろう。

ただ、それだと連作障害を引き起こすことになる。

それだけではない。

病害が発生すると、大飢饉が起こりかねない。


同じ作物を作り続けた結果、発生した有名な飢饉に「ジャガイモ飢饉」と呼ばれるものがある。

これは、1845年から1849年にかけて起きた飢饉で、特にアイルランドで大きな被害を出している。

当時、税金として納めなくても良かったジャガイモを家庭で育てていたのだが、それによってジャガイモに依存する人々が増加。

より生産性の高い品種ばかりを作っていた結果、そのジャガイモに疫病が蔓延してしまい凶作になってしまう。


そしてジャガイモに依存していた人々は飢えに苦しむことになったのだ。

さらに拍車をかけたのが、支配階級の無関心だった。

当時、アイルランドを支配していたイギリス政府は、なんら対策を取ることなく、またその地域を領有していたはずの貴族はロンドンで優雅に生活していたという。


そういった事態を防ぐためには、輪栽式農業の導入が効果的なのだろうが、これはこれで大きな問題がある。


「輪栽式農業、ですか?」


「そう。その中で、俺が提案するのは四圃式農業というやり方だ。」


簡単に言えば、農地を四つに分けてひとつを休耕地とし、残りの3箇所でそれぞれ別の作物を作る。

それを四年のサイクルで回していくことで、農地の滋味の減少を防ぎ、また多品種を同時に栽培することで病虫害による壊滅を防ぐ。


この農法は、近世以降ベルギーやイギリスにおける実践の中で構築され、19世紀ドイツで体系化されたとされるが、その原型は古代エジプトにあるともされる。


「面白そうなやり方ですね。我がグリーシアでもできそうです。」


ニコラの言葉にリュウヤは苦笑する。


「ただ、このやり方にも問題があってね。

特に、最初に大きな問題がある。」


「それはいったい?」


ヴァシーリーが尋ねる。


「そのひとつは、君たちルーシー公国の権力者に降りかかる。」


この農法を行うには、農業資本の集約と大規模化が必要になり、また農場の経営者の裁量権が大きくなる。

裁量権が大きくなるということは、権力者の影響力が低下するということになる。


「そして、もうひとつは農家の問題だ。」


「農家の問題?」


ナジェージダが不思議そうにリュウヤを見る。

話を聞くぶんには、自己裁量権が増え、病虫害対策にもなるから、利益はとても大きいと思えるのだが。


「一見すると、主力作物である小麦の収穫量が減少するように見えるからな。」


そうなると、代わりに植えるものも小麦と同等の利益を得られるものにしないといけない。


「どんなものが、その農法には適しているのでしょうか?」


発言者はビオラ。

その表情や様子からすると、議論を深めるというよりも好奇心からであるようだ。


「休耕地にはクローバーのようなものがいいな。

その場に家畜を放せば、いい餌にもなる。」


家畜がクローバーを食べれば、当然ながら(ふん)もする。その糞は家畜が踏み荒らして散らばらせて、土地を肥やす元にもなる。


「あとは大麦や豆類。ひとつは根菜が欲しいな。」


根菜が欲しいのは、それが育つ過程で除草などの手間が必要になるが、収穫の際に土地を掘り起こすなどするため土を攪拌させる。

土地の滋味を均一化させる効果が見込める。


「根菜ってなに?」


無邪気なユーリャの疑問。


それにアリフレートが答える。


「大根や、ユーリャ様の大嫌いな人参も根菜ですよ。」


人参と聞いて、ユーリャはとても渋い顔をする。


「あとは、(かぶ)もそうだな。」


アリフレートをリュウヤが引き継ぐ。

引き継ぎながら、甜菜(てんさい)も蕪の一種だったなと考える。


「蕪!!じゃあ、甘蕪(あまかぶ)にしよう!!」


ん?甘蕪?

疑問に思い、視線をアリフレートに送る。

それに気づいて、


「甘蕪とは、勝手に私たちがそう呼んでいるだけなのですが、食べると甘さが広がる作物です。

痩せた土地でも栽培できますので、貧しい家庭ではよく植えられていたものです。」


さらに説明を求めると、収穫してからも日持ちするため、保存食としても重宝していたのだとか。


「それでね、食べると口の中に甘い汁がいっぱいに広がるんだよ。」


嬉しそうに言うユーリャを見ながら、甘い汁という言葉に引っかかりを覚える。


「アリフレート、現物はあったりするのか?」


「はい。神殿の方に保存しております。取りに行ってまいりましょうか?」


取りに行こうかという言葉には答えず、夢魔族の侍女メッサリーナとドルシッラを呼び、ふたりに取りに行ってもらう。


「飛べる者のほうが早い。」


という判断からだ。


そして二人は30分ほどで戻ってくる。

袋いっぱいの、小さな蕪をもって。


綺麗に洗われた蕪が、それぞれの前に置かれる。


それを遠慮なくユーリャがかぶりつく。

口の中に広がる甘い汁に、幸せそうな表情を見せる。


その様子を見て、ビオラも蕪にかぶりつく。


「とても甘いです。」


その表情は、普段は見せない少女らしいもの。

そのビオラの表情を見て、リュウヤとサクヤは笑みを浮かべる。


そのふたりの視線を受けていることに気づくと、ビオラは顔を紅くしている。


ユーリャとビオラの様子を見て、皆も蕪にかぶりつく。


「ほう!」


「これは?!」


など、感嘆の声があがる。


その一方でリュウヤは、キュウビからナイフを受け取ると、蕪に傷をつけて様子を見ている。

傷つけた箇所から滴り落ちる汁を指先につけ、舐める。


そして、滴り落ちる汁が下に置かれた皿に溜まっていく。


掌サイズの蕪にしては多い汁が皿に溜まり、それを確認したリュウヤは、


「灯台下暗しとはこのことか。」


そう呟き、エガリテ翁に向き直る。


「エガリテ翁には先日、甜菜を探して欲しいと頼んだが無用になってしまった。」


「すると、これがその甜菜で?」


「いや、甜菜ではない。」


甜菜は大根に似た形をしているが、この甘蕪という通称のものは球形に近い。


「ヴァシーリー殿。この蕪は、ルーシー公国の経済状況を大きく好転させうるもの。

増産することを進める。」


「それはいったい、どういうことなのでしょうか?」


「これは、砂糖の原料になる。」


リュウヤの言葉に、ヴァシーリーとナジェージダは顔を見合わせ、そしてリュウヤを見る。


リュウヤの言葉が正しいなら、これはとても換金性の高い作物ということになる。

そして、この蕪から砂糖を作る技術を確立すれば、それは産業として成り立つ。

高価な、南方でしか取れない、作れないと思っていた砂糖が北方の自分たちの国で作れるとなれば、それは大きな産業になる。


あとは販路だが、


「トライア山脈を境に北はルーシー公国、南は我が国でどうかな?」


そうリュウヤが提案する。


その提案にヴァシーリーは考え込む。

人口を考えれば、南方への販路は惜しい。

だが、南方は他の砂糖産出国との競争に晒されることになる。

それに打ち勝つことができるかどうか・・・。


「提案をお受けします。」


ヴァシーリーはそう答える。


これにより、具体的な話に入る。


一時間後には、この蕪からの砂糖精製技術確立のために協力することが決まり、さらにはルーシー公国の農業及び産業振興のためにエガリテ商会とキティノフ商会が出資することが決まっていた。






☆ ☆ ☆






会談が終わり、この場に残っていたのはリュウヤとサクヤ、キュウビ、アミカ。

そしてアリフレートとユーリャ、ビオラも残っている。


「ユーリャ。お前のおかげで大きく前進したよ。

ありがとう。」


ユーリャの頭を撫でながら、リュウヤは感謝の言葉を伝える。


えへへと笑うユーリャ。


「どういうことだったのでしょうか?」


アリフレートが尋ねる。


「いくつかの案は用意していたんだが、全て決定力に欠けていたんだ。」


産業振興以前に、まずは食料増産が必要になる。

"腹が減っては戦はできぬ"という言葉があるように、なにか新しいことを始めるには体力が必要になる。


国にとってその体力がなにかといえば、それは食料生産力になる。

少なくともこの世界の文明力では。


他国から大量に輸入できるわけでもなく、また保存できる作物も量も限られているのだから。


だから、食料増産を図る輪栽式農業に適した作物である蕪と、その蕪を利用した砂糖精製という産業が組み合わされば、食料生産力という体力をつけられるだけでなく、砂糖の販売により得られる資金という余力も生まれる。


その余力をどう使うかは、彼ら次第になる。


新たな産業を生み出すことに力を入れるか、それとも・・・。


リュウヤは頭を振り、考えを打ち消す。

そこまで先を考えても仕方がない。

全知全能の神とやらでない以上、全てを予測などできないのだから。


陛下(へーか)ぁ、なにかご褒美はないのかなあ?」


私のおかげでまとまったんでしょ?

口に出さずとも、顔にそう出ている。


「仕方ないな。夕食を食べていくか?」


リュウヤの言葉に満面の笑みを浮かべ、ユーリャは了承する。


その様子を見て、ビオラは羨ましく感じている。


なぜそんな風に感じるのかわからない。


ただ、


「ビオラも一緒に食べていくといい。」


そう言われて、自然と顔が綻んでいることを喜ぶ自分がいた。



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