傲慢さゆえの自滅
グィードは悟っていた。自分たちの完全敗北を。そしてなにより、あのリュウヤという男の力。ここにいる全ての者が束になってかかっても、勝てない。
いや、パドヴァ王国の総力を挙げてさえ、勝てないだろう。それほどの巨大な力を感じる。
そして、この地には、この男だけでなく、始源の龍もいるのだ。
このリュウヤという男と始源の龍、双方を共に敵にするなど悪夢以外の何者でもない。
ここは謝罪に徹し、撤退するしかない。
「王だと?なにが王だ!こんななにもないところで王!!」
グィードが行動を起こす前に、アガーノが暴発する。
持っていた魔道具を投げ捨てると、攻撃魔法の呪文の詠唱を始める。頭上に光の球が出現し、リュウヤに襲いかかる。が、その光球がリュウヤに届くことはなかった。
リュウヤが軽く手を振るだけで消滅してのだ。
「お前は自分のやったことを、理解しているのか?」
リュウヤは静かに問いかける。
「それがどうした?うぬら下等生物にしたからといって、それがなんなのだ!」
下等生物、ねえ?今の自分の態度が高等生物だとでも思っているのだろうか?
再び攻撃魔法の詠唱に入るアガーノ。
通用しないのがわからないのだろうか?
それだけではない。リュウヤや龍人族のように無詠唱で魔法を使えるならばともかく、魔術師や魔法使いといった存在が力を発揮するのは、前衛となる者の存在があってこそ。その壁役がいないところで呪文の詠唱をするなど、それこそ愚者の極み。
リュウヤとアガーノとの間はわずか5メートル弱。
リュウヤは一瞬で距離を詰めると、アガーノの顔面に拳を入れる。
鼻骨が砕ける嫌な音をさせ、アガーノは気絶する。
「さて、この男が俺に攻撃魔法を仕掛けた以上、パドヴァ王国と我らは戦争状態にある。そう捉えてよいわけだ。」
言うまでもないことを、あえて口にする。
「お待ちください。」
グィードはなんとか食い下がり、戦争状態にならぬよう留めようとする。
「グィードといったか。お前が本当に留めようとしたいのなら、そこの愚物が仕掛けた時、その首を刎ねるくらいせねばならなかったのだ。」
無慈悲な宣告。
グィードにもそれはわかってはいた。だが、パドヴァ王国最強の騎士といえども宮仕えの身。自分の立場や、魔術師優位の国情が頭をよぎり、ついに動けなかった。
リュウヤは小さな光球を10個、作り出し放出する。光球はパドヴァ王国の魔術師10人の左手甲に当たる。軽い衝撃とわずかな痛み。感じたのはそれだけだった。見ると左手甲に、見慣れた呪紋に似たものが刻まれている。
トール族に付けた焼印に似た紋様。
やはり下等生物だ。我らが開発した呪紋、その解呪の方法を知らぬとでも思っているのか。
魔術師たちはそう思った。
「お主らには見慣れた呪紋だろうが、少し術式を書き換えてある。」
リュウヤの言葉に、グィードは不吉なものを感じる。
「書き換えた?」
「発動条件を、魔力の発動にしてある。」
解呪にはとうぜんながら、魔力を必要とする。
「俺は寛容だからな。命まではとらぬよ。」
白々しくリュウヤは言う。
魔力を使えぬ魔術師など、死んだも同然ではないか!
「グッ、グガァー!!」
人ならざる声がいくつもあがる。
呪紋をつけられ、すぐに解呪しようとした者。リュウヤの言葉をただの脅しと捉え、解呪しようとした者。それらの者たちが狂戦士化したのだ。
逃げようとするが、いつの間に発動したのか、魔力による物理障壁が現れ、逃げ道を塞がれる。運の良い数人は、物理障壁が現れる前に逃げることができた。
逃げられなかった者たちは、狂戦士化した数人の魔術師と戦わなければならない。生き残りたければ。
魔術師という、肉体的には貧弱なはずの者たち。だが、その力は想像を絶した。手に持った杖で殴る。それを盾で受けるが、その衝撃は牛の突進を受けたかのようである。
「一体一体を取り囲め!」
グィードが出す指示に従い、確実に仕留めにかかる。
その指揮ぶりは、歴戦の勇士であることを認識させる。
指揮能力が高くなくても、じきに終わることはわかっている。なぜなら、狂戦士化した者の戦い方に、人間の骨格は耐えられないのだ。人間の筋肉量から計算すると、一般人でさえ1トン以上の力を発揮できる。にもかかわらず、その力を発揮できないのは、骨格が耐えられず、生命の維持を困難にしてしまうためにブレーキがかかっている。
狂戦士化とは、そのブレーキを外すことであり、ブレーキを外したまま行動すれば、自らの筋肉により骨を砕き、動けなくなる。
パドヴァの一団が狂戦士化した魔術師数人を倒したのも、それから程なくしてのことだった。
損害は30人ほど。
障壁を解くと、一斉に逃走にかかる。
龍人族の追撃を想定しているのだろう。たとえ一人でもいいから、本国にこの状況を伝え、備えさせようということだ。
リュウヤの興味はグィードらにはない。
彼らが忘れていった、気絶した魔術師アガーノを見る。
「パドヴァに忘れ物を届けてやるか。」
パドヴァ王国最悪の日が、この後に起こることになる。