対オスマル帝国戦 北方の状況
翼人族アルテミシアは、トモエら龍人族の戦闘能力・指揮能力の高さに舌を巻いていた。
「戦闘力の高さは知っていたが、指揮能力も高いとは。」
エレバノは元々が辺境な町であり、北方異民族であったり、または時折り現れる魔獣と呼ばれる大型の獣と戦うことはある。
だが、だからといって戦いに慣れた者たちではない。
それなのに、この戦いぶりはなんなのだろう?
数倍する敵に向かって怯むことなく猛然と襲いかかり、文字通りに粉砕してのける。
無論、翼人族と彼女らが使役する人造生命体も、戦いには参加している。
「たった6人で、これだけ変わるとは思いもしませんでした。」
とはカシアの言葉。
特に前線で指揮を執るトモエは、完全に狂っているとしか言いようがない。
100人ほどしかいないはずなのに、まるで無人の野を行くかのように、縦横無尽に動いている。
そして特筆するべきはもう一人。
後方にあって全隊に指示を出すシズカ。
トモエが動いてできた穴に、すかさず別の隊を突撃させてその穴を広げにかかる。
逆に、トモエが孤立しそうになりそうな時は、すぐに援護を走らせて孤立化を防ぐなど、的確な指示を飛ばしている。
その結果、シャフルバラースが率いていた一万を超える軍は、わずか数時間の戦闘で壊滅。
率いていたシャフルバラースは翼人族によって、逃走を図って戦線離脱しようとしていたところを捕縛された。
☆ ☆ ☆
「どうするんだ、こいつ?」
捕縛され、皆の前に引きずり出されて転がされているシャフルバラースを、指揮杖で突きながらトモエがアルテミシアに尋ねる。
「今回の紛争の元凶ですからね。首を刎ねて帝都に送ってもいいのですけど。」
アルテミシアには、シャフルバラースへの情はない。むしろ元凶であり、そのせいで飛竜騎士団なる者たちによって多くの仲間を殺されているだけに、さっさと殺した方が溜飲が下がるというものだ。
そう思うが、その判断は母であり族長であるクリュティアに委ねることにする。
「族長の元に送りなさい。
判断はそちらでしていただきましょう。」
そう口にすると、カシアに手配を命じる。
そして自身はトモエら龍人族との軍議に向かった。
☆ ☆ ☆
今回の軍議における最大の議題は、エレバノとその周辺に住んでいた者たちの処遇である。
元々、戦闘要員ではない彼らをこれ以上連れまわすことは躊躇われる。
本来の仕事に回帰させ、町の立て直しや生活を取り戻してもらう方がいいのではないかと思われる。
そのことにトモエら龍人族に異論はない。
彼らくらいの戦力なら、自分たち龍人族6人で事足りる。
それに、町の復興をする者たちを守る存在が必要だろう。
今回、戦闘に参加した者たちには、その役目をこそ託したい。
カスミが代表して、龍人族の意見をそう述べる。
その言葉にアルテミシアは頷き、参戦していた人間族はホッとする。
ただ、一部の者は今後も参戦することを決めているらしく、それらは連れて行くことになった。
そして、大きなことがひとつ。
エレバノに出入りしていた商人たちが、協力を申し出たことだ。
これによって資金や食料を調達する手立てが整う。
「後は、クリュティア殿の号令だけだな、進撃するのに必要なのは。」
トモエがそう発言すると、この場の者たちは皆頷いていた。
☆ ☆ ☆
クリュティアはフェミリンスとの会談を重ねている。
だが、どうしてもフェミリンスへの警戒感から、あと一歩を踏み出すことができない。
彼の国の王リュウヤは、過去の経緯をどれだけ知っているのか?
知っていて、どれだけこのフェミリンスを信用しているのか?
知っていたとするならば、なぜフェミリンスを送り込んできたのか?
リュウヤという男の真意はどこにある?
何度会談を繰り返しても、どうしてもそこで止まってしまう。
執務室で考え込むクリュティアに、面会が申し込まれる。
申し込んできたのはエルフのミーティアという娘だという。
「確か、フェミリンスとほぼ同時期にリュウヤ王に仕えはじめたという娘だったわね。」
しかもリュウヤ王の筆頭書記官だという。
相談役であるフェミリンスとリュウヤ王の関係を、おそらくは最もよく知っている存在だろう。
「会ってみましょう。何か、前進できるかもしれませんから。」
クリュティアはそう考え、ミーティアの申し込みを受け入れる。
クリュティアとミーティアの会談が成り、その結果ふたつの決断が下される。
ひとつは翼人族の、オスマル帝国への本格的な攻勢。
もうひとつは暫定的なものではあるが、同盟関係の継続。
「後は、戦後にリュウヤ王に会ってからになるわね。」
クリュティアは補佐長マリレナに声をかける。
「では、戦後に彼の国に訪れることができるよう、準備を進めます。」
マリレナはそう言ってこの場を離れ、その後ろ姿をクリュティアは見送った。