対オスマル帝国戦 序盤戦2
圧倒的物量をもって正攻法を仕掛けられるほど、嫌らしいことはない。
バニパルは10万の軍を2万ずつ五つの隊に分けると、一隊ずつ間断なくぶつけてくる。
これには各指揮官はもちろん、エストレイシアも閉口する。
「大軍を扱う手本とでもいうべき用兵だな。」
そう称賛するが、それは同時に苦戦することの前振りでもある。
「これだけ正攻法で来られると、わずかなミスが命取りになりかねん。」
そのエストレイシアの懸念は、全指揮官にも共通したものだ。
だからこそ最新の注意を払って対処する。
焦って反撃などに打って出れば、簡単に殲滅させられるだろう。
馬防柵、空堀、土塁を活用して懸命な防衛戦が繰り広げられる。
オスマル帝国軍は2時間の攻勢をかけた後、次の部隊と入れ替わる。
それが3度目になった時、エストレイシアは後方の部隊に合図を送る。
凄まじい音とともに、龍王国軍の頭上を通過する物体。
それはオスマル帝国軍に向けて降り注ぐ。
「石だ!!」
「石が飛んで来たぞ!!」
森の中から投石機を使って攻撃を仕掛けたのだ。
予想外の反撃に乱れる陣形。
さらにエストレイシアは弾着地点を後方の部隊に伝え、修正させている。
飛ばす石も、巨石だけではなく拳大の石を籠に入れ、上空でばら撒かれるように射出したりもしている。
拳大の石といえど、馬鹿にはならない。
勢いよく射出され、上空から降り注ぐその石は当たると強烈な衝撃を与える。
たとえ鎧兜でカバーしている箇所であっても、ただでは済まない。
よくて打ち身。当たる場所によっては死にいたるのだ。
戦国時代の甲州武田家といえば騎馬軍団が有名だが、実は投石部隊を持っていた。
全盛期のイチロー並みに肩の強い者を集め、一斉に石を投げる。
その部隊が挙げた戦果は相当なものだったという。
投石機の被害を受けた部隊を指揮していたのは、オスマル帝国軍にとって幸いなことに、総司令官バニパルだった。
第一波の投石を受けた後、すぐに全隊を分散させて被害を最小限に抑える。
そして続く第二波、第三波を最小限の被害に食い止めることに成功するが、攻勢に出ることを断念する。
こちらの様子を伺っている騎兵隊の姿を視認したからだ。
「後退せよ!敵騎兵隊の動きに注意しつつ、後退!」
バニパルの指示の元、全軍を後退させる。
敵騎兵隊の動きを注視するが、動きは見られない。
「敵もなかなかのものですな。」
隣に馬を並べるバクー・アクルが口にする。
「そうだな。まだまだ手を隠していよう。」
そう。だからこそ余力があるうちに後退する。
こうやって、手の内を一つ一つ晒させていくのだ。
遠征軍といっても、ここはまだオスマル帝国領内だ。持久戦になっても、補給は比較的容易に受けられる。
それに対して龍王国軍は純然たる遠征軍であり、補給は容易ではない。
容易ではないからこそ、この周囲の街や村々で略奪をしていたのだ。
「もう一押ししたかったが、ここまでにしておこう。」
バニパルはそう口にして軍を本陣まで後退させた。
☆ ☆ ☆
後退するオスマル帝国軍を見て、エストレイシアは櫓から降りる。
「敵は今日は来ない。怪我の治療と、死者の埋葬をしてやれ。」
今日はもう来ない、その言葉に疑問を覚えてルドラが問う。
「今日は来ないって、なぜでしょうか?」
「こちらが手をひとつ晒したからな。」
オスマル帝国軍はこちらの手をひとつひとつ暴き、それに対応させることによってじわじわと、それこそ真綿で首を締めるように浸透してくる気なのだ。
それができるのも、圧倒的な物量があればこそ。
そして、それだからこそオスマル帝国軍は持久戦を選択する。
「夜襲を仕掛けますか?」
「無駄だ。敵は夜襲に備えているだろう。」
ルドラに簡潔に答えると、
「それよりも、兵に休息をとらせよ。それが優先だ。」
そう指示を出し、
「私も少し休む。敵襲があれば起こせ。」
そう言うと陣屋へと入り、休息を取るのだった。
☆ ☆ ☆
バニパルの方はというと、今回の投石の対応策を講じさせる。
こうやってひとつひとつ暴き、対応していけばやがて敵はジリ貧になる。
その時にどう動くのか?
一発逆転を狙って攻勢に出るか、それとも撤退するか。
どちらにせよ、手の内を全てさらけ出させた後ならば、警戒するものは何もない。
ただ、油断することなく進めていけばよいのだ。
この時点で、バニパルは勝利はほぼ手中にあると信じていた。