対オスマル帝国 開戦
龍王国とオスマル帝国の戦端は、オスマル帝国軍の本隊が到着する前、人間族レオーネ・カヴァッリ指揮する騎兵隊の夜襲によって開かれた。
夜襲を仕掛けたのは500騎の騎兵隊。
先行部隊だけで5千いる敵騎兵隊に敵うものではない。
だが、敵は焼け出されて飢えている一般人を抱えており、そう身軽に動けるものでもない。
だから、敵の一割という寡兵での夜襲も効果を持つ。
戦い慣れている騎兵隊と違い、戦いに慣れていない一般人は、収奪を受けていたこともあり夜襲の物音に敏感になっている。
そこに矢を撃ち込まれると、完全に混乱に陥ってしまう。
そして、混乱というものは伝播する。
一度混乱に陥った一般人を制することは、とてつもなく難しい。
本来なら夜襲を仕掛けてきた敵の騎兵隊に対応し、迎撃に出るはずの者たちも混乱を抑えるために動かねばならず、どうしても対応が後手後手に回ってしまう。
レオーネ・カヴァッリは混乱している敵陣に乗り入れ、さらに混乱を煽る。
この時、カヴァッリ指揮下の騎兵隊は武器を手にしていない。
避難民をより混乱させるのが目的であり、殺戮するのが目的ではないからだ。
そして、そのまま敵陣を突破すると、大きく左に旋回して戻っていく。
オスマル帝国軍は、混乱を抑えることが最優先されたために追撃することができなかった。
「ハーリド将軍。」
騎兵隊を指揮する将軍ハーリドは、副官の呼びかけにまんじりともせず敵の向かった方向を見ている。
「ハーリド将軍!」
再びの呼びかけに、ようやく声の主の方へと振り返る。
「アヒド。敵の向かった方向に、少数でいいから偵察を送れ。」
「わかりました、すぐに手配いたします。」
指示を実行するべくその場を離れる副官を見ながら、
「やられっぱなしで終わると思うなよ。」
ハーリドは静かに、そして怒りを込めて呟く。
そして、領民の混乱を鎮めるべく陣中へと戻っていった。
☆ ☆ ☆
戻って来たレオーネ・カヴァッリを迎えいれ、エストレイシアはその肩を軽く叩く。ご苦労様とでもいうように。
「どうやらうまくいったようだな。」
エストレイシアの言葉に、
「はい。徹底的に混乱させてやりましたからね。
すぐに気づくことはないかと。」
混乱させるのも目的ではあるが、それは主目的を隠すための行為でしかない。
「敵本隊が、遅くとも明後日には到着するそうだ。
今は休んでおけ。
後でこき使うからな。」
エストレイシアは、最大兵力である人間族を中心に戦うことを考えている。
これは、リュウヤの方針であるだけでなく、今後を睨んでのことでもある。
能力的に劣る人間族を中心にすることで、他種族の力を隠す。
それ相応の相手であれば別だが、この周辺の国の主力は人間族であり、過剰な力を振るえば周辺国との関係を悪化させかねない。
とは言うものの、現実として異種族の力を使わなければ、国を守ることができないのも事実だが。
「明後日とは、随分と急いだのでしょうな。」
「だが、正しい判断だな。」
今の状況から判断するに、先遣隊からの報告を受けてから急いだわけではないだろう。
それよりも前から判断して、軍を急がせた。
「容易ならざる相手だな。」
エストレイシアはそう感想をまとめる。
そこへ、兎人のラニャが報告にやってくる。
「敵の方から偵察が数騎、来ていました。」
今回の戦いには兎人族だけでなく、他の獣人族も10〜20人が参加している。
特に夜間偵察に関しては、兎人と猫人、虎人で1ユニットとして運用している。
「それで、その偵察隊はどうだった?」
それに答えたのは、ラニャとユニットを組む猫人のチチャリ。
「こちらの騎兵隊がどこに戻ったのかを確認してた。」
簡潔すぎる報告を補足したのは虎人のティルク。
「あの様子だと、最初からこちらの動きを確認するために偵察をしていたと思われる。」
それらの報告にエストレイシアは大きく頷く。
そして、このユニット式の運用を考えたリュウヤの見識に舌を巻く。
同じ種族同士で運用した方が効率的かと考えていたのだが、時にはあえて混ぜた方が良いこともある。
例えば、龍王国においては人間族の指揮官が不足しているため、指揮能力に富んだ狼人族や羊人族の山羊種を指揮官として登用している。
これが意外と効果を発揮しており、訓練効率であったり、作戦にも大きく幅ができてもいる。
エストレイシアは居並ぶ指揮官たちに、
「本格的な戦闘は明後日からになる。
それまで、英気を養っておいてくれ。」
そう宣言し、その場を解散した。
☆ ☆ ☆
バニパル将軍が到着したのは、エストレイシアの予測よりも早く、夜襲を仕掛けた翌日の昼である。
当初の予定ではカルラエを前線基地とする予定だったのだが、それを大きく変更する。
カルラエより西に10キロほどの地点に陣地を構築し、避難民をカルラエに送ることにしたのである。
この場にいられても、先遣隊が夜襲を受けた時のように混乱に陥ってしまっては足手まといになる。
それだけではなく、避難民の憔悴しきった姿が、それを見る兵士の士気に影響を与えることを懸念したのである。
前線には、純粋な戦闘集団を配置することで、敵に対処しやすい体制を整える。
そしてその構築された陣地を見たエストレイシアは、
「隙のない、見事なもの。」
と称賛している。
バニパル将軍の隙のない布陣に、エストレイシア率いる龍王国軍は仕掛けることができず、バニパル将軍は後続の軍の到着と、避難民のカルラエへの誘導のため、攻勢をかけられずにいた。
そして三日後、態勢を整えたバニパル将軍はついに麾下の軍に号令を下す。
「攻撃せよ。」
と。