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龍帝記  作者: 久万聖
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シンディス帝国とアスランの暗躍

シンディス帝国の街カンドラ。


オスマル帝国との国境となっている大河ヤムナルを望み、対オスマル帝国の防衛拠点でもある。


シンディス帝国の者たちにとって大河ヤムナルは、単なる大河ではない。

このヤムナルの下流に湖沼地帯ニームがあり、そのニームは国祖たる大帝ネクシヤルの誕生の地である。

そのことから、シンディス帝国にとってニームは聖地であり、大帝ネクシヤルを育んだ水を運んだ大河ヤムナルは、「母なる大河ヤムナル」としてシンディス帝国国民の信仰を集めている。


「互いの国祖陛下の御遺言に従っていれば、争うことなどないというのに。」


この地の太守として赴任している、第五皇子ナースィルは呟く。


シンディス帝国国祖ネクシヤルと、オスマル帝国国祖ミールザー一世は兄弟のように育った。

そして互いに兵を挙げたとき、ヤムナルを境にして東にネクシヤル、西へミルーザー一世が進んだ。

互いの国土を侵さず、聖地ニームを竜女族(ヴィーヴル)の手に委ねることを誓約して。


だが、その誓約が突如として破られる。


250年ほど前に、当時のオスマル帝国皇帝ホスロー2世が兵を起こして渡河し、攻め込んできたのだ。


不意打ちを受けたシンディス帝国は、当初こそ劣勢に立たされたが、すぐに態勢を整えて反撃。

大河ヤムナルの西へと追い返すことに成功した。


その後、シンディスから攻撃することはないが、幾度となくオスマル帝国の攻勢を受け、それをこのカンドラを拠点とした軍によって跳ね返してきた。


そして、その同時期に竜女族の内部抗争が始まっている。


「殿下。竜女族の抗争に動きがありました。」


「チャールヴァーカ氏族が、統一でもしたのか?」


ニームに関するある程度の情報は、このカンドラの太守として得ている。

その情報では、チャールヴァーカ氏族が統一まであと少しまできている。


「いえ、ケーサカンバリン氏族に攻め込んだチャールヴァーカ氏族の軍が撤退しました。」


予想外の報告に、ナースィルの眉が跳ねる。


「ケーサカンバリン氏族の抵抗が激しかったのか?」


「違います。何者かの介入があった模様です。」


介入?


オスマル帝国なら「オスマル帝国の介入」と報告するはず。


それがないということは、何か別の存在(もの)の介入か?


だが、その別の存在とはいったい?


「ムシュマッヘ、ですよ。ナースィル殿下。」


突如、背後から声をかけられナースィルとその護衛の者たちは一斉に振り返る。


「何者だ、貴様!」


護衛の一人が抜剣し、その不審者からナースィルを守るように立ち塞がり、誰何(すいか)する。


「これは失礼いたしました。私はオスマル帝国の西方、龍王国(シヴァ)が王リュウヤに仕えるイシドール・アスランと申します。」


小綺麗な身なりをした男が、慇懃に挨拶をする。


「龍王国?」


ナースィルは記憶を呼び起こす。

たしか、始源の龍の復活とともに生まれたとされる国・・・。


ナースィルは自分を守るべく、イシドール・アスランなる者と自分の間に割って入っている護衛の兵士に剣を下げさせる。


龍王国(かのくに)は多種族混成国家と聞くが、おぬしも人間ではないのであろうな、アスラン卿。」


ナースィルの指摘に護衛の者は顔を見合わせる。

考えればそのことにすぐに気づくはず。

この場に、声をかけられるまで気がつかなかったのだ。

そんなことが人間にできるはずがない。


「さすがはナースィル殿下。

私は吸血鬼(ヴァンパイア)族にございます。」


吸血鬼族と聞き、護衛たちに緊張が走る。

ここにいる護衛10名。

無論、この駐屯軍中でも手練れの者を選抜しているが、全員で掛かっても勝てる相手ではない。

ならばせめて殿下だけでも・・・。


護衛全員が腰の剣の柄に手をかける。


「やめよ。その者、アスラン卿に敵意があるのなら、とっくに皆殺しにされておる。」


「さすがは、シンディス帝国随一の宿将にして皇族の重鎮であらせられます。」


「ここは軍中だと私は思っている。

礼儀など無用。要件を言ってもらいたい。」


「わかりました。それでは単刀直入に申し上げます。

我が国は翼人族と同盟を結び、オスマル帝国との戦端を開きました。」


オスマル帝国が翼人族と小競り合いを繰り返しているのは知っている。


そこに龍王国も参戦するということか。

それならばその要件は・・・、


「オスマル帝国の後方を厄せ、か。」


極普通に考えたら答えはそうなる。

そうすれば、龍王国方面へ派遣される軍は減少される可能性がある。


「いえ、違います。

殿下及び麾下の軍におきましては、竜女族の争いにご注意くださるよう、お願いに参りました。」


その言葉に疑問を抱いたことを、アスランは気づいたのだろう。


「元々、兵力において我が国はオスマル帝国の足元にも及びません。

それは、ナースィル殿下の軍が後方を厄したところでなんら変わることはありません。」


たしかにその通りだ。

オスマル帝国と動員兵力で対抗できるのは、このあたりではシンディス帝国のみ。

そのシンディス帝国が全軍とは言わないまでも、全軍の3割以上を動員するならば意味があるかもしれない。

だが、ナースィル麾下の軍だけではそうはいかない。元々、その対応のために軍を配備されているだろうから。


兵力でいえば、龍王国は元々寡兵でもって大軍と戦うことを前提にしている。

多少の敵軍の増加など計算の誤差でしかない。


「なるほど、そこで先ほどのムシュマッヘの話に繋がるのか。」


ナースィルの言葉に、アスランは先ほどまでとは違う笑みを浮かべる。


「だが、ムシュマッヘとはな。」


ナースィルは考え込む。


七つ首の邪竜と称されるムシュマッヘ。

その体液は猛毒を含み、傷を負わせればその血は猛毒を撒き散らして周囲を不毛の地と変えてしまう。


「我が主人(あるじ)が、ムシュマッヘの母君に釘を刺しておりますゆえ、じきに退くとは思いますが、もしものことがございます。

ですので、それに備えてほしいのです。」


この時、アスランはミスリードを誘っている。

アスランが主人と認めているのはふたり。

ひとりはリュウヤであり、もうひとりは冥神ハーディである。

この時の発言で指す主人とはハーディのことだが、その存在を知らない者からすれば、それはリュウヤと捉えることになる。


「わかった。アスラン卿、お主の主人殿のご好意に感謝する。」


ナースィルの言葉に、アスランは大仰な礼をもって応える。


その場を去ろうとするアスランに、ナースィルは思い出したように尋ねる。


「もし、最悪の事態になった時はどうすればいい?」


人間の手に負える存在なのか?

手に負えるとしてどう対応すれば良いのか?


「その時は、翼人族のところに派遣されている龍人族を頼ると良いでしょう。

シンディス帝国の誇る有翼騎士団ならば、翼人族のところにも容易に行けるでしょう。

そしてあなた方にはムシュマッヘと戦うことはできますまい。住民を避難させることを優先することをおすすめします。」


今度こそとばかりに、アスランはこの場から文字通りに煙のようにその姿をかき消していった。


完全にアスランの姿が見えなくなったのを確認すると、ナースィルは大きく息を吸い込み、吐き出す。


「あのような化け物を配下にしているとは、な。

オスマル帝国も、手痛い被害を受けることになるだろう。」


いや、被害で済めばいい方か。


「帝都に伝令を出せ。

近いうちに、オスマル帝国が混乱し動乱が起こる可能性がある。そう伝えるのだ。」


あの吸血鬼族アスランのことも報告し、有事に備えさせる。


ナースィルは近いうちに訪れるであろう有事に備えるべく、次々に指示を出す。


「この歳になって、血が騒ぐ出来事に遭遇しそうな気配を感じるとは。」


ナースィルの顔には自然と笑みがこぼれていた。




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