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龍帝記  作者: 久万聖
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腹芸

 パドヴァ王国の一団がやって来たのは、日も高くなってからだった。


 グィードは緊張した表情で、岩山の前に一団を進めていく。


 そんな表情になっていたのは、今朝、森の中に入ってより、ずっと監視されていることに気づいていたから。通常なら、監視していることを隠す、もしくは悟られないようにするものだが、そんな気はさらさらないようだ。言うなれば、明確な挑発行為。その挑発行為が意味すること。"いつでもお前たちを殲滅できるのだぞ"という意思表示か。


 そして、そんな態度をとられる理由。やはり、昨夜のアガーノらが行った"仕込み"の所為だろう。行動は慎重にせねばならない。最悪を想定するべきだろう。

 岩山の前に着くと、そこにいる龍人族の男に取り継ぎを頼む。


「パドヴァ王国騎士、グィードと申します。龍の巫女に取り継ぎを願いたい。」


 リュウヤの名は浸透しておらず、始源の龍の眷属たる龍人族代表といえば、龍の巫女という認識である。

 リュウヤもそのあたりは理解している。リュウヤの存在を認識しているのは、現在のところイストール王国だけだということを。


「こちらにお連れするように言われております。」


 案内する龍人族の様子をみる。身のこなしに隙は無い。そしてその頭部。龍の角が生えている。それは、始源の龍の完全なる復活と、その加護の復活の証し。その魔力も相当なものであるに違いない。


 思わずアガーノを見るが、相変わらず酷薄な笑みを浮かべている。事態の深刻さを理解していないのだろう。それほどに、自分の魔術師としての能力に自信を持っているのだろう。グィードには、あまりにも過剰な自信にみえる。



 パドヴァ王国の一団が案内されたのは、血の匂い漂う破壊の跡も生々しい広場。ここでなにが起きたのか?そんなものは聞くまでもない。ここで、トール族につけられた呪紋が発動されたのだ。グィードは暗澹たる気持ちになる。生きて帰ることができるのか?もはやそのレベルの危機だ。その証拠に、自分たちを見る龍人族の視線に殺気が感じられる。それを隠す気もないようだ。


 そんな中、一方のアガーノは相変わらずだ。その胆力というか、神経の図太さには本心より感心させられる。



「よく来られました。パドヴァ王国の方々。」


 龍の巫女こと、サクヤが声を発する。

 現れたサクヤの姿に言葉を失う。清楚な美しさを感じさせながらも滲み出る威厳。堂々とした立ち居振る舞い、パドヴァの王族にも出来る者はそうはいない。


「して、如何な用向きにて来られたのか?」


 凛と、よく通る声。一流の弾き手が奏でる音楽を思わせるような美声。このような場所、状況でなければいつまでも聞いていたい。


「過日、我がパドヴァより逃げ出したトール族の奴隷、数十名を連れ戻すべく、この地に踏み入れた次第にございます。」


 グィードの口上に偽りは無い。グィードが命じられた命令がそれなのだから。


「なるほど。昨日、当方にて保護したトール族はおりますが、奴隷だという者はおりませんでした。」


 パドヴァ側が騒つく。


「そのトール族はどちらに?」


「消耗が激しいため、別の場所にて休ませております。」


「面通しをさせていただきたいのですが。」


「私の言葉が信じられぬ、と?」


「いえ、そういうわけではありません。ただ、なにもせずに戻るというのも、我らの立場として出来かねますので。」


 食い下がるグィードだが、


「確認ならば、先程からそこの魔術師がしておりましょう。」


 その言葉に驚いてアガーノを見る。


 相手の許可も得ず、何をやっているのか!欠礼どころの話ではない。昨夜の"仕掛け"といい、独断専行が激しすぎる。このままでは、この男によって国が滅んでしまう。たとえ王の不興を買うとも、これは上申せねばなるまい。


「これは、申し訳ございません。」


 口先では謝っているが、その表情も声色にも謝罪の色はない。


「して、貴方達の探しているトール族はおりましたか?」


 現在、この地に魔力結界は張られていない。魔力探知を使えば、肩に押された焼印に反応があるはずだが、それがない。念の為に発動させる呪文も唱えるが、動きはまったくない。そうなると、


「いえ、おらぬようでございます。」


 解呪されている可能性など、考えもしない。



 実は、この辺りのアガーノの心理を、リュウヤは完璧に読み切っている。


 トール族の命を命と思わぬ行為。こういう存在を地球の歴史に当てはめると、どういう者達になるだろうか?


 他人種を人間と考えなかったという点で、白人キリスト教徒、特にカトリック教徒か。人間を人間と思うことがないからこそ、スペイン人は中南米で大量虐殺を行った。


 また北米への奴隷貿易。当時の大型帆船(といっても、100人前後の定員)の船倉に数百人(!)も詰め込んだ。途中、病気になろうものなら、海に捨てられる。アフリカから北米まで無事に辿り着けたのは一割に満たなかったという。


 そんな人間が何を考えるのか。間違いなく他種族を自分たちと同じ知的生命体であるとは見なさない。むしろ、自分たち人間より劣った存在と見做す。だから、解呪されるなどということは想定しない。自分たちは他種族よりも遥かに優れた種族であり、劣った他種族に自分たちの呪紋を破れるわけがないのだ。魔力探知ができない、もしくは呪紋の発動がなければ、自分たちが探しているトール族はいないと見做す。


 さあ、次はなにをしてくれるか。


 パドヴァの一団の後方の木の上にて、リュウヤは様子を伺っている。


 ここで引き下がればよし。


 引き下がらずに、なおもなにか仕掛けるならば、その時は叩き潰す。


 そして、魔術師は動きを見せた。




 アガーノは懐から恭しくなにかを取り出す。

 宝飾品、いや、アクセサリーか?だが、ただの、ではない。禍々しい魔力を感じる。


 "シヴァ、あれがなにかわかるか?"


 "魔力の宿るもの。いや、呪いと言うべきだな"


 シヴァの見立てによると、あのトール族に付けられた呪紋と同じようなもの、と言うことらしい。


 "あれは、サクヤに通用するのか?"


 "いや、我が眷属の誰にも通用すまいよ"


 その言葉に、そんなものを切り札としているあの魔術師に憐れみを覚える。

 だが、そのやろうとしていることは、我々に対する宣戦布告に等しい。

 リュウヤは他の者達に合図を送り、配置につかせる。

 そして、手に持っている短槍を魔術師に向けて投げた。



 アガーノはほくそ笑んでいた。


 このアクセサリーを龍の巫女に着けさせることができれば、操れるだろう。そうすれば龍人族全体を操り、魔術の実験体にしてやる。トール族を失った分を十分に補える。そんな皮算用をする。


 そのアガーノのすぐ横に、リュウヤが投げた短槍が突き刺さる。


「サクヤ、ご苦労。」


 リュウヤは悠然と、パドヴァの一団300人の中央を堂々と歩く。その威に圧されるように、リュウヤの歩く道ができていく。

 サクヤはリュウヤが目前に来ると跪く。


「ありがとうございます、陛下。」


「陛下」という言葉に、パドヴァ側は混乱する。


「始源の龍シヴァの盟友にして、この地の王リュウヤだ。」


 完全に意表を突かれ、パドヴァ側は固まっている。

 リュウヤがそんなことに、一切構うことはない。


「そこの魔術師。面白いものを持っているな。」


 いきなり声をかけられ、慌てるアガーノ。


「それを、自分に装着してみせよ。」


「なっ!」


「できぬのか?自らが装着できぬようなものを、差し出そうというのか?」


 ひとつひとつ、リュウヤはアガーノの逃げ場を塞いでいく。

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