翼人族とフェミリンスの因縁
アルテミシアはディアネイラに連れられて、母であり族長であるクリュティアの前にやってきた。
そこに居並ぶ者たちを見て、軽い驚きを感じる。
補佐長マリレナが居るのは当然としても、長老格の者が5人。
そして次代を担う者として、ディアネイラ以外にふたり。
おそらくはその10名が、龍王国側の使節に応じたのだろうと、予想する。
用意されていた席を勧められ、着席するとすぐにクリュティアから問われる。
「彼の国の王リュウヤは、フェミリンス殿をどのように遇していましたか?」
アルテミシアはその質問に、キョトンとした表情を見せる。
「おかあ・・・、いえ、族長。仰られている意味がわかりかねるのですが?」
「では質問を少し変えます。
フェミリンス殿は、彼の国でどのような職に就いていたのですか?」
この質問を疑問に思いながらも答える。
「リュウヤ陛下の相談役として、側に仕えていると聞き及んでおります。」
アルテミシアの返答に、長老たちはそれぞれの顔を見合わせ、なにやら話し込んでいる。
質問者であるクリュティアも、自分から視線を外さぬまま考え込んでいるように見える。
いったい、なにがあるというのだろうか?
「彼の国王は、フェミリンス殿を信頼している、そう考えてよいのか?」
「はい。そのように見受けられました。」
再びざわめく長老たち。
「警戒している様子は無かったのですね?」
「そのような素振りは、全然見えませんでした。」
再び考え込んでしまう母クリュティアに、アルテミシアは堪らず、
「私には、なにを言いたいのかがわかりません。
はっきりと、なにが言いたいのか教えてください。」
そう訴える。
「・・・、わかりました。もともとそのつもりで呼んだのですから、話しましょう。」
クリュティアの話しを聞いて、アルテミシアは自分の顔から血の気が引いていくことを自覚する。
☆ ☆ ☆
アルテミシアは母であり族長であるクリュティアの話しを聞いて、顔色が青を通り越して真っ白になっている。
「それは、単なる伝承の類いではないのですか?」
アルテミシアの絞り出すような声に、クリュティアは大きく頭を振る。
「単なる伝承、そう思いたい気持ちはわかりますが、全ては事実なのです。」
絶句してしまうアルテミシアに、
「私たち翼人族はアララト山脈に、もともと居たわけではないのです。」
そう話しかける。
それは知っている。
もともとは別の場所に住んで居たのだとは、幼い頃から聞かされている。
御伽噺の中で、寝物語で何度も聞かされたものだ。
そして最後にこう繋がり、
「私たちを追い出した悪者たちを、龍たちが多大な犠牲を出しながら退治してくれました。
でも、その土地はもう、住めるような状況ではなくなってしまっていたのでした。」
そう締めくくられる。
それが御伽噺でないのなら、
「多大な犠牲を出した龍たちというのは、まさか?」
クリュティアは大きく頷き、
「龍人族のことです。」
そう答える。
「リュウヤ殿は異界から来られた方、それで間違いありませんね?」
「はい。御本人からもそう伺っています。」
その答えにクリュティアは、大きく深呼吸をする。
「貴女が御伽噺だと思っていた時の、その時の龍人族の王も、異界から来られた方だったそうです。」
「!?」
「いえ、その時だけではありません。
私たちがこのアララト山脈に来ることになったときより、さらに数千年前にも同じことが起き、その時の龍人族の王も、異界から来られた方だったと伝わっているのです。」
一回なら偶然。二回でもたまたまかなと思えるかもしれない。
だが、3回目となるとどうだろうか?
アルテミシアの背中に冷たいものが流れる。
「そのことを、リュウヤ陛下やフェミリンス殿は知っているのでしょうか?」
「リュウヤ殿はわかりません。ですが、知っていてもおかしくはないでしょう。
そして、フェミリンス殿は当然知っているでしょうね。」
龍人族が戦ったのなら、その記憶か記録を持っていてもおかしくはない。
だが、アルテミシアがどれだけ思い返してみても、その形跡がないのはなぜだろうか?
そしてもうひとつ。
「フェミリンス殿は、リュウヤ陛下にひとかたならぬ好意をお持ちのように見受けられました。
それなのに・・・」
そのようなことが起きるというのは、考え難いのではないか?
そう口にしようとして、長老のひとりの発言に遮られる。
「その時の龍人族の王と、当時のフェミリンスは恋仲にあったそうです。」
それでも歯止めにはならなかった。
アルテミシアは絶望的な気持ちになる。
「いずれにしても、リュウヤ殿とは会わなくてはならないでしょう。
それと・・・。」
クリュティアはアルテミシアを見据え、
「少なくとも、オスマル帝国との戦いに関する限りは、私たち翼人族は同盟を受け入れます。」
そう宣言する。
現実としてオスマル帝国の脅威に抗するには、受け入れざるを得ないのだから。
「そこから先は、実際にリュウヤ殿とお会いしてからのことになります。
それでいいですね?」
アルテミシアに否はない。
自分の想定外の事もあり、それ以上を望むことはできない。
不安が心をよぎるが、今は目の前のことを片付けるべきだろう。
「では族長。龍王国の使節に返事を伝えてきてもよろしいでしょうか?」
そう確認をし、その場を離れる。
その後姿を見送りながら、
「調和者の呪い。フェミリンスとその氏族は、どうするつもりなのかしら?」
クリュティアはそう呟いた。