オスマル帝国動静
オスマル帝国の皇宮は、総大理石作りの白亜の巨大な建造物である。
その白さから正式名称は「白亜宮」なのだが、その建物が空を飛ぶ白鷺のように見えるため、通称である「白鷺宮」と呼ばれることが一般的になっており、帝都ビジャールの象徴となっている。
ビジャールは小高い丘の上に築かれた白鷺宮を中心に、皇族が居住する中央街区。その外側に貴族が居住する地区があり、貴族が居住する地区の左側に文官が居住する地区、右側に武官が居住する地区と分かられている。
さらにそれらを取り囲むように、古くから住む者たちの旧市街。
さらにそれらを取り囲むように新市街と呼ばれる街区が設定されている。
帝都を取り囲む城壁も長大にして分厚く、その高さも最も高い場所で30メートルに及び、最も分厚い場所で10メートルに及ぶ。
また城壁も皇族居住区を守る第一城壁、官僚らの居住区を守る第二城壁、旧市街を守る第三城壁、新市街までを取り囲む外城壁の四重の城壁を持ち、まさに難攻不落の巨城となっている。
ビジャールの総人口は最低でも50万人と言われ、実際には80万人は住んでいるとされる。
そしてそれとは別に常備軍が10万人おり、その威容は周辺国を圧倒する。
オスマル帝国は自他共に認める、この地域の大国であり、これに抗することができるのは東方国境を接するシンディス帝国のみと自負していた。
だが、そのオスマル帝国の皇宮白鷺宮では、蜂の巣を突いたかのような騒ぎが起きていた。
それは、小競り合いを繰り返していた翼人族族長の娘を捕獲するべく、西方に派遣した飛竜騎士団5名全員が討ち取られ、同時に派遣していた8千人からなる捕獲部隊が壊滅させられたという報告があげられたからである。
しかもご丁寧に、ワイバーンの死体を送りつけてきたのだ。
皇帝アルダシール7世を中心にして、会議が執り行われる。
「どういうことかね、これは?」
口火を切ったのはアミールという名の文官。
優秀な財務官僚であり、今回の派兵に最も強硬に反対していた男だ。
貴族の後ろ盾を持たず、その能力だけで皇帝の前で発言することが許される立場にまで登りつめた、初老の男である。
それに対するのは武官であり、軍務官僚のマリク・アヤース。
優秀な軍官僚を幾人も輩出した貴族の出で、本人も軍官僚としては有能な男である。
ただ、あくまでも官僚であり、軍を指揮したりという経験はほとんどない。
「任務に失敗した、そのことは咎められるべきでしょうな。」
この言葉に、周囲はどよめく。
マリクという男は後方で働く者に多い、「やたらと大言壮語する」机上の猛将タイプの男であり、それがこのようなこと発言をするとは思われていなかったのである。
「ですが、今回の派兵は翼人族族長の娘を捕らえることで、クリュティア・ミニュアスを屈服させる、その意義は必要であったと存じております。」
この言葉に、アミールは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
今は意義を論じている時ではない。
結果を論ずるべきなのだ。
しかも、この失敗で虎の子ともいうべき飛竜騎士団を喪失してしまっている。
次の者が育つまで、最低でも一年は必要だとされているのだ。
それにより、飛竜騎士団の本格的な運用計画にも、大きな齟齬をきたしている。
本来であれば、「水利権」で小競り合いとなっている翼人族相手に実戦経験を積ませ、きたるシンディス帝国との戦いに備える目的だったのだ。
それが、ここで早々と計画の修正をしなければならないのだ。
それだけではない。
西方の同盟国であるビンツア、パルメラ両国はあっさりと攻略され、セルヴィ王国も不穏な動きを見せている。
対シンディス帝国の戦略も練り直しが必要な事態になっている。
経済官僚である自分でさえそこまで見えているのに、軍官僚たるマリクにわからぬ筈がない。
無論、マリクもそのことは理解している。
だが、門外漢のアミールに指摘されるのは腹が立つ。
「ふん。龍王国とかいう小国なんぞ、敵に回したところでたいしたことはなかろう。」
マリクの発言、これがオスマル帝国のほとんどの者の認識なのである。
「倒されたワイバーンの死体の検分は終わったのか?」
アミールとマリク、2人の不毛な論争が始まる前に、そう言葉を発したのは軍務大臣アドゥルナルセ。
わざわざ死体を送りつけてきたのだ。
その検分をする事で、相手がどのような対策をして、どうに戦ったかを知った方がいい。
「はい、検分は終了しております。また、その戦いの様子も、生還した者たちより確認いたしております。」
検分を担当したデイオケスが立ち上がって返答する。
皆の視線が集まったの確認し、おもむろに話し始める。
「まず外見上での損傷ですが、巨大な矢で貫かれた形跡が多数あります。」
デイオケスが話し始めると、彼の部下が大きな白い布を皆に見えるように貼り出す。
オスマル帝国には紙がないため、このような白い布に描くのが一般的である。
もっとも、布というものは高価なため、一般的と言ってよいのか疑問が残るところではあるが。
「他には目立つ傷はなかったのかね?」
そう尋ねたのは、アルダシール7世の臣下の中で最高齢のスライマーンだ。
アルダシール7世が幼少の頃より仕え、そのため最も信頼を寄せる人物でもある。
私心は極めて少なく、思慮深く見識も確かな人物として知られてもいる。
「はい。魔法によると思われるような傷はありません。
あると言えるのは、無数の矢を受けたのでしょう。
一部が目に刺さっていたくらいで、外皮には擦り傷程度のものしかありませんでした。」
そこから考えられることは、龍王国とやらには飛行戦力に対して魔法によらない迎撃手段があることを示している。
だからこそ、ワイバーンの死体を送りつけてきたのだろう。
「お前たちの戦力など恐るるに足らん」
そう言外にして。
「どのように倒されたのかは、推察できているのかね?」
スライマーンは重ねて問いかける。
「死体の検分と、生還した者たちからの証言により、かなり確度が高い推察を得られております。」
その推察によると、弓か弩を使って攻撃を浴びせ、そちらに反撃するために急降下攻撃を仕掛けたところを見計らって大型弩砲で攻撃してきたのだという。
ワイバーンの死体もそれを裏付けるように、致命傷は正面から撃ち込まれた矢によるものだと判明している。
「急降下攻撃を狙われたか。」
スライマーンはそう呟く。
「敵も考えるものだな。」
急降下している時というのはスピードに乗っており、大きく躱すことがしづらい状態でもある。
だから、そこを狙うというのは正しい判断でもある。
「だが、一度も戦っていないにもかかわらず、そこに気づけるものなのだろうか?」
そう疑問を呈したのは武官のひとり、ガザン。
たしかにそれは大きな疑問である。
だが、それよりも考えなくてはならないことが至近にある。
あっさりと攻略されてしまった、ビンツアとパルメラ両国への援軍を出すのかどうか?
結論からいえば、援軍は出さざるを得ない。
そうでなければ他の同盟国、もしくは今後に同盟国となる国々に対して、「オスマル帝国は危機になっても助けてくれない」となれば、誰も同盟など結ぼうとしなくなるだろう。
「ですが、そうなりますと皇女様方の安全が・・・」
ガザンが口にしたのは、ビンツアとパルメラ両国には、アルダシール7世の娘が嫁いでいることの再確認と、その身の安全に関してだった。
「かまわぬ。我が娘のことなど放っておけ。
今はそれよりも、同盟国を守るという行動こそが、何よりも大切なのだ。」
アルダシール7世はそう宣言し、オスマル帝国の方針は決する。
「そして、我が帝国に刃を向けた者を許すわけにはいかぬ。
龍王国なる愚か者を踏み潰してくれよう!」
こうして生意気な新興国である、龍王国討伐のための軍が発せられる。
20万と号される大軍が急遽編成され、西方へと進軍を開始する。
そしてその頃、アララト山脈にアルテミシアらと共に出発したフェミリンスたちが到着したのである。