解呪
一ヶ月、休まず書けた。
森の南東部の外れ。
「魔力障壁を感知いたしました。」
部下からの報告に、
「思っていたよりも、対応が早かったですね。」
アガーノが答える。
もう少し"覚醒"させられたと思っていたのだが、さすがは龍人族とその守護者である始源の龍。
「何体、覚醒させられましたかね?」
「15〜20体ほどでしょう。」
予想より早く対応されたとはいえ、それくらいならば上出来か。
トール族を命ある種族などとは思ってすらいない。魔力を持たぬ、あんな図体だけの種族など家畜も同然。いや、家畜ならばその乳や肉を食らうことができるだけ遥かにマシ。それすらできぬなら、実験動物にするしかないではないか。肉体労働なら、魔力人形がいるのだから。
「明日に備えて戻るとしましょうか。」
そう、明日。
龍人族たちはどうなっているのか?いくら龍人族が並外れた戦闘力を持っていたとしても、狂戦士化したトール族を相手にただで済むはずがない。
疲弊した龍人族を討つのは容易いことでしょう。そうなれば、その功績をもって筆頭宮廷魔術師となるのも夢ではない。
アガーノはあまりに都合の良過ぎる妄想をしていた。自らの行いが、リュウヤの逆鱗に触れているとも知らずに。
森から戻って来たアガーノらを、グィードが迎える。
「何をなさっておられましたか?」
グィードはパドヴァ王国最強の騎士といわれるが、それだけでなく魔力を持ち、多少は魔法も扱える。そのため、アガーノたちが何か魔力を発動させていたことを察知していた。
「いえ、少しばかり明日の仕込みをと思いまして。」
「明日の仕込み?」
不穏な言葉に顔をしかめる。
「では、明日のために休ませていただきます。」
なにをしていたか、そんなことを話す気はないとばかりに、さっさと自分たちの天幕へと入っていくアガーノら魔術師たち。
その姿に、グィードは一抹の不安を感じ取っていた。
リュウヤたちは、狂戦士化したトール族と対峙していた。
敵は16体。守るべきトール族は10人。
すでに24人のトール族が命を落としている。
第一目的は、狂戦士化していないトール族の逃走支援。
サクヤが術式を解呪する間の、防御。
そして、サクヤが術式を解呪した後に、殲滅する。
念話にて全員に伝え、意思統一を図る。
"お前たちの知るトール族だと思うな!"
"はっ!!"
一斉に戦闘にはいっていく。
"お前たちの知るトール族だと思うな!"
龍人族たちは、その初撃でその言葉を思い知る。
動きの早さ、その膂力、打ち込みの激烈さ。それら全てが予測を遥かに上回る。
戦士としては理想的な資質を持ちながら、その優しすぎる性質から、最も戦闘にむかない種族だと思われていたトール族。その枷を外したらどうなるのか?
その答えが目の前にある。相当に手強い敵。龍人族たちは明確に認識を改める。
自分たちが負けるとは思わない。ただし、油断しなければの話だ。リュウヤの訓示がなければ、初撃で何人かやられていた可能性もあっただろう。
「無理に倒す必要はない!」
「牽制と防御に徹しろ!」
各班長の指示が飛ぶ。
まずは逃げるトール族をシズク班に受け渡すのだ。
サクヤは逃げて来たトール族を宥め、その肩に刻まれた焼印の紋様を確認する。
「この紋様は!」
その紋様を見て、サクヤの表情に嫌悪感が浮かぶ。
紋様を刻まれた者の精神に作用する、精神系のもの。精神系といっても色々あり、中には戦意高揚を図るものや、一時的に精神を高揚させて眠気を飛ばすようなものもある。それらのものは、効果が切れた後に疲労感を増大させるというマイナス面もあるが、一般的に使用されるものだ。
だが、トール族に刻まれた紋様はそんな生易しいものではない。精神を破壊する類のものだ。破壊した精神に、強烈な破壊衝動を刻み込む。被術者の精神が破壊させるため、一度きりの使い捨ての術式。そしてそれは、被術者の命を命と思わぬ、文字通り悪魔の術式。
サクヤは術式の解読を進める。
「思っていたよりも単純なものですね。これならすぐに解呪できます。」
サクヤが宣言する。
そして、宣言通りに次々に解呪をしていく。
最後の一人を解呪すると、シズク班とトモエ、シズカに対し伝える。
「こちらはもう大丈夫です。リュウヤ様たちにご加勢をしなさい。」
「はい!」
皆、サクヤに一礼すると加勢するべく走りだす。
「リュウヤ様!ご加勢いたします!!」
シズク班、トモエとシズカの参戦は状況を大きく変える。彼女らが参戦できる状況。それはサクヤが術式を解呪し終わったことを示している。サクヤの集中力を乱さぬよう、大きな音を出すような技や魔法の使用を控えていた。その枷が外れる。
「よし!これより殲滅に入れ!!」
リュウヤの号令の下、龍人族の動きが変わる。
人数が増えたことで余裕ができたこともある。可能な限り数的優位を作り、一体一体確実に倒していく。
さらに各班長クラスやトモエ、シズカは単独で倒していく。
リュウヤは遊撃の位置にいる。討ちもらした時のためだったが、その心配は不要だったようだ。
"今回は、指揮するにとどまったか"
いつのまにか肩に乗っているシヴァが話しかける。
"いつも俺が出られるわけじゃないからな"
「それは、ここから出て行くということでしょうか?」
不意に後ろから発せられる穏やかな口調に、"絶対に行かせませんよ"という決意が込められている。
「そういう意味じゃないんだがなあ。」
リュウヤがボヤく。
今後、この地が国としてやっていくとして、一応は王と祭り上げられている以上、外交として他国に赴くこともある。その時、自分がいなくてもやっていってもらわなくてはならない。
サクヤには戦いのような荒事はむかないし、ギイにしてもドヴェルグをまとめるという本来の役割があるし、なによりも外貨獲得のために、道具の製作に集中してもらいたい。そんな説明を受け、ようやくサクヤは理解する。
サクヤが理解したころ、狂戦士化したトール族の殲滅は終わった。
「リュウヤ様・・・」
サギリがおずおずと進みでる。
「わかってる。」
リュウヤはサギリがなにを言おうとしているのか、理解していた。サギリの頭に手を乗せ、
「彼らを埋葬しよう。」
このまま野ざらしにして、獣の餌にしたくはない。
「はい!」
途中、ドヴェルグたちにも手伝ってもらっている。
その様子を見ながら、そう時をおかずしてくるだろう惨劇の仕掛け人のことを考えていた。