アンドリーと孫娘、そして投資
ユークレイン王国のアンドリーの双子の孫娘は、テーブルに並べられたお菓子に夢中になっている。
見たこともない焼き菓子が山と積まれ、別のテーブルでは雪を敷き詰めて冷やされた、これまた見たことのない冷たいお菓子がたくさんある。
焼き菓子は、種類によって形が違い、使われている材料も違う。
彼女たちの舌では、「甘い」「すごく甘い」「ちょっと甘い」くらいの違いしかわからないかもしれないが。
それでも、中に入っている胡桃などの種果が入っていたり、干した果実を細かく刻んだものが入っていたり、食感が一つ一つ違っていることを楽しんでいる。
そして、色々なお菓子を食べているうちに、白く冷たい物にあたる。
「これ、冷たくて甘くて、お口の中で溶けて美味しい!」
ナターシャが大きな声で驚きの声をあげる。
その声に反応して、ラリーシャも同じものを口にする。
「お祖父様、お祖父様、これなに?とっても美味しい!!」
孫娘に引っ張られ、アンドリーも同じ物を口にする。
「ほうっ!これはなんとも美味な・・・」
寒い時期に冷たい物というのは、どうなのかという疑問もあるのだが、そんな疑問も吹き飛ぶほどのものだった。
「口に合ったようでなによりだ。」
不意にアンドリーに声をかけてきたのは、リュウヤだった。
「これは陛下。」
慌ててアンドリーは挨拶を返す。
そのアンドリーに軽く挨拶を返すと、リュウヤは孫娘ふたりの視線に合わせるように身を屈め、
「お気に召したかな、お嬢様方。」
そう優しく話しかける。
「はい、とっても冷たくて美味しいです!」
姉のナターシャは屈託無く、元気よく返事をする。
妹のラリーシャは、ナターシャの後ろに回ってリュウヤの様子を伺っている。
リュウヤはラリーシャに笑顔を見せ、
「急に話しかけて、びっくりさせてしまったかな?」
「い、いえ・・・」
もじもじとしてなかなか返事をしない孫娘に、アンドリーが、
「陛下にはっきりと返事をしなさい。」
と促すが、それをリュウヤが制止する。
「よい。幼き者に返事を急くようなことをする気はない。」
そう言ってリュウヤは立ち上がり、アンドリーに向き直る。
「そう言っていただけると、なにやらほっといたしますな。」
そう言って、アンドリーは孫娘の頭を撫でる。
「それにしても、失礼ながら建国一年あまりというのに、これほどまでに食や娯楽にかけられているとは思いもしませんでした。」
「拡大する気はないからな。それならば、国を豊かにすることを考え、行動するよ。」
その言葉に軽い驚きを感じる。
「民が豊かになったという実感がなければ、国などというものは簡単に没落するものだ。」
「そのためには、上のものが貧しくともかまわぬと?」
「伯は極論を言われるな。」
リュウヤは軽く笑う。
「貧しいのは御免被りたいが、俺が豊かに暮らすよりも民が豊かに暮らす方が先決だな。」
「民が豊かになることが優先、ですか?」
「そうだ。そのためには、まずは上のものがある程度は金を使わねばならん。溜め込んでいては、民に回る金がなくなってしまうからな。」
金が一つのところに留まっていてはいけないのだ。
よく金は血液に例えられるが、血液も流れが悪くなれば健康を害する。
金も同じことで、うまく回らなくなれば格差の拡大を生むことになる。
そして、金は富裕層の間でのみ回遊して下に落ちてくることはなく、固定化されていってしまう。
それをいかに防止して、市中に金を回していくかが経済政策の要なのだ。
「なるほど。」
アンドリーはそう呟く。
そういえば屋台の者から聞いたことだが、屋台の料理もすべてそのレシピは公開されているという。
するとこの場に出ている菓子類もそうなのだろうか?
「陛下、この場に並んでいる菓子類も、もしかしてその一環なのでございましょうか?」
こういった菓子類の生産が盛んになれば、一つの大きな産業になりうる。
また、それらを求めて好事家がやってくることも考えられるし、レシピが国民に公開されているのなら、競争も激しくなり、その技術の進歩に拍車をかけることになるだろう。
リュウヤは笑うだけで、明確には答えない。
アンドリーは大きく嘆息する。
「我が国王とは、考え方が大きく違いますな。」
ユークレイン王国国王アルブレヒト五世は、その30年を超える在任の間、文化的な物を「無駄」として切り捨て、その結果、市中に金が回らなくなっていってしまっている。
アンドリーは思い浮かべる。
活気の無くなってしまった王都の様子を。
それに比べてこの国の豊かな活力。
「伯は園芸に深い造詣があると聞く。
実は園芸関係にも実験をしていてな。伯に助言をもらえればと、そう思っているのだが時間はいただけるだろうか?」
「え、ああ、はい。非才なる身ですが、そんな者の言葉でよければ、いつでも申し付けください。」
思いがけない言葉に、アンドリーはそう答える。
「では、今度は園芸の話ができるよう、時間を作らせていただこう。」
そう言うと、リュウヤはその場を離れて行く。
☆ ☆ ☆
リュウヤとは別の場所では、アデライードが商人たちの相手を終えて、祖父エガリテ翁とキティノフ商会のニコラと会話をしている。
「まったく、あの王様の頭の中はどうなっているのやら。」
ニコラは呆れている。
この場で供されている菓子類のレシピを、領民に公開するだけでなく、特に寡婦を中心にして融資を行い、事業化するのだという。
返済は最大3年後から。
そして、その融資を受けた者たちへはリュウヤが実験として行わせていた、農場や牧場から格安で原材料を販売する。
また、その実験農場・牧場も3年後を目処にして民間に委譲するのだという。
実はこの構想はリュウヤのオリジナルのものではない。
2006年にノーベル平和賞を受賞した、グラミン銀行がその構想のモデルである。
グラミン銀行は、貧困にあえぐ途上国の女性に低利で融資を行い、その自立を支援している。
それをこの世界、この龍王国でも行えないかと考えたのだ。
アデライードと綿密に打ち合わせを行い、この世界に合った制度を構築しなければならない。
「中産階級を育成するのが目的である、とのことです。」
この構想を聞いたとき、さすがのアデライードも驚き、リュウヤのいた世界とはどうなっていたのかと思いを巡らしたものだ。
「中産階級を育成する、か。」
エガリテ翁は目を閉じて考え込む。
中産階級を育成し、その階層を分厚いものとする。
そうすれば必然的に貧富の差の拡大は防げる。
それだけではない。
分厚い中産階級は購買力もあり、内需の拡大が望めるのだ。
「どこまで先を見据えておられるのか・・・」
エガリテ翁もさすがに読めない。
だが、理解できることはある。
「龍王国への投資は、ありじゃな。」
その言葉に、ニコラも大きく頷いていた。