終夜祭
終夜祭と言うには早すぎる時間から、宴は始まっている。
ここでルーシー公国のヴァシーリーとナジェージダは、リュウヤとの接触に成功していた。
正確には、リュウヤの方から声をかけられたために、接触できたというところであるが。
「雪祭りは楽しんでいただけたかな?」
「は、はい。まさか、雪でこのような楽しみができるとは思いもしませんでした。」
ヴァシーリーはやや緊張した面持ちで答える。
「それに、外の会場の屋台の食べ物もにも、感銘を受けました。」
とはナジェージダ。
「あの屋台の料理も、陛下が発案なされたものが多いとか。」
「まあ、そうだな。手軽に食せるものや、時期が時期だけに体を温めるものを、いくつか提案させてもらった。」
そこまで話し、ヴァシーリーとナジェージダは視線を合わせる。
本題に入るための掴みに、ようやく入ることができたとでも言うように。
「陛下は異世界なるところから来られた、そう伺っております。」
リュウヤは黙って先を促す。
「我が国の気候は非常に寒く、土地も痩せているために食料生産が追いつかず、領民も飢えに苦しんでおります。
陛下の、異世界なる地の知識でなんとかならないものかと、そう思い招待に応じました。」
その言葉に、リュウヤはふたりの顔を見据えながら、
「なるほど。その話をするには、私はあなた方の国のことを知らなさすぎる。
一度、しっかりと時間を作って話をする機会を作ろう。
それで良いかな?」
ヴァシーリーとナジェージダ、ふたりは顔を見合わせて確信する。
これで少なくとも第一関門は突破できた。
「やはり、陛下はユーリャ様の言われた通りのお方なのですね。」
ナジェージダがそう口にする
「ユーリャが何か言っていたのかな?」
「はい。陛下にお願いしたいのなら、包み隠さず話すようにと。
そうすれば、必ず力になっていただけると、そう伺ってまいりました。」
そう言って笑顔を向ける。
「そういえば、ユーリャもルーシー公国の出身だと言っていたな。
話をする時には、ユーリャも交えることにしよう。」
「はい。ありがとうございます。」
近いうちに話をする時間を作ることを約束して、リュウヤはその場を離れた。
そして、
「よかった。ユーリャ様も仰っておられたが、なんらかの答えは示していただける、そんな気が、私にもしてきたよ。」
ヴァシーリーは妹ナジェージダにそう話す。
「だが、お前はそれでよかったのか?」
「ええ、かまいません。私はこの地に残ります。」
この地に残る、その言葉に強い意思を感じとり、ヴァシーリーは口を閉ざす。
「そして、この地で良き相手を見つけますわ。」
「まさかとは思うが、その相手は・・・」
「そのまさかな御方ならば、たとえ妾でも十分なのですが、そうはいかないでしょう。
それに、どのみち我が国の今の状況では、嫁ぎ先など選べたものではありませんから。」
それならば、この地になんらかの形で残った方が、地位は無くとも才能ある者と巡り合って嫁いだ方が遥かにマシだろう。
そしてこの地に残るための肩書きも用意してある。
ルーシー公国公使という肩書きを。
☆ ☆ ☆
プシェヴォルスク王国のエミリア・オナ・ゲディミナイテ王女は、岩山の王宮内部をじっくりと見ることができて、興奮している。
なにせ雪祭り中は、外に出ることが多くて内部を見学する機会が無かったのだ。
その分を、せめてこの大広間の構造と建設方式を見ていきたい。
そう思い、他人の目からはウロウロしているような行動をとっていた。
そして、天井の構造を注視していた時に、人とぶつかってしまう。
ぶつかってしまった相手は、ギイとトルイ、バトゥと会話をしていたサクヤだった。
「も、申し訳ありません!!」
慌てて謝罪するエミリアに、
「私の方は大丈夫です。エミリア様、貴女の方こそお怪我はありませんか?」
「は、はい。私の方は大丈夫です。」
そう口にしてから、改めてサクヤを見る。
「あっ。」
出迎えにも来られていたけれど、とても美しい方・・・。
思わずサクヤに見惚れてしまう。
なぜ、出迎えにいらした時にはそう感じられず、この場で対面してそう思ってしまうのか不思議なくらいだ。
「どうかなされましたか?」
固まってしまって、何も言えなくなっているエミリアを心配そうに見ているサクヤ。
「え、いえ、その、だ、大丈夫です!」
エミリアの様子を見て、ギイが笑う。
「サクヤよ、エミリアさんはお前のことを見惚れておったようじゃぞ。」
その言葉にエミリアは顔を真っ赤にする。
「い、いえ、サクヤ様、とてもお綺麗ですから。」
「ありがとうございます、エミリア様。」
サクヤは優雅な振る舞いで礼を言う。
「さ、サクヤ様、私などに"様"などとつけなくても。」
自分は王女であり、サクヤは国王の妻たる王妃ーこの国では王后と称するのだっけーになられる方。
それなのに、そう思ってしまう。
「すまぬが、エミリア王女。サクヤの呼びたいようにさせてやってはもらえぬか?」
そこにリュウヤがやってくる。
「この国は、産声を上げたばかりの赤子のようなもの。
それ故に、その所作もどのようにすれば良いのか手探りの状態にあるのだ、俺も含めて。
だから貴女方の振る舞いを見ながら、学んでいる最中なのだ。」
サクヤはリュウヤが現れると、本当に極自然にその隣に移動する。
そして、なぜかサクヤの姿よりもリュウヤの姿の方が強く残るような気がする。
なぜだろう?
「なにか御用でしょうか、陛下。」
エミリアの戸惑いを無視して、トルイがリュウヤに尋ねる。
「3人に意見を聞きたいことがあってな。
明日、少し時間を作ってもらえないかと、頼みにきた。」
「何か作るのか?」
バトゥが好奇心いっぱいの表情で尋ねる。
「その通りだ。西方に城を築こうと思っているのだが、建設などについて意見がないかと、そう思ったのだ。」
城を築く、その言葉にエミリアが強く反応する。
「陛下、私もその席に参加させていただけませんか?」
他国の防衛に関する機密なのだから、自分がそこに入ることはあり得ないとは思っている。
それでも、もしかしてという気持ちが、エミリアにその言葉を出させる。
「エミリア王女も、建設を学んだ身であったな。
王女にも参加していただこう。」
あっさりとリュウヤはそう答える。
あまりにもあっさりとしすぎて、エミリアの方が呆気にとられてしまっている。
その場にいる4人はというと、やれやれといったふうに苦笑しているが、エミリアの参加を止めようとは誰もしない。
「ありがとうございます、陛下!」
エミリアの大きな返事が、周囲に響いていた。