アルテアと雪祭り その3
アルテアが目覚めたのは1時間ほどしてから、ベッドの上だった。
「大丈夫か、アルテア?」
ナスチャにそう言われて起き上がろうとすると、頭がズキズキと痛む。
なんでこんなに痛むのだろうと、少し記憶を遡ってみる。
ナスチャに言われて、孤児院の扉を開けようとしたら先に扉が開けられ、避ける間も無く激突した・・・。
そこで水の入った桶と手拭いを持ってラニャが入ってくる。
「ごめん、アルテア!!」
アルテアが起きていることに気づいたラニャが、ベッド
脇に駆け寄る。
「本っ当にごめん!!」
床に頭を擦り付けんばかりの勢いでラニャが謝る。
その横でナスチャは手拭いを絞り、まだ腫れているアルテアのおでこに当てる。
冷たい手拭いの感触が、気持ちいい。
「大丈夫ですよ、ラニャさん。」
その言葉にホッとするが、おでこの腫れを見てやはり心配そうな表情になる。
「今日はもう休んでな。けっこう夜も更けてきてるし、頭を打ってるからな。
頭を打つと、後から色々あるらしいから、このままゆっくり寝てなよ。」
頭を打つと色々ある?
ふと疑問が頭をよぎる。
そしてそんな疑問が表情に出ていたのだろう。
「王様がそう言ってたぜ。頭を打ったときは、なるべく安静にってな。」
わかったようなわからないような・・・。
機会があればリュウヤ陛下にお尋ねしてみよう。
そう考え直し、
「わかりました。じゃあ、今夜はもう休ませていただきます。」
ナスチャに聞きたいこともあったが、それも朝にしよう。
そう考えると、そのまま寝ることにした。
その様子を見て、ラニャとナスチャは部屋から出て行った。
☆ ☆ ☆
朝、アルテアはいつもの時間に起きだす。
窓から見える外はまだ暗い。
ただ、そんな中でも懐かしい音が聞こえる。
手早く身仕度を整えると、その音のする方へと歩いていく。
その音の発信源は厨房だった。
中から聞こえるのは、軽やかな包丁の音。
この音を聞くのはいつ以来だろう?
10歳でパドヴァ王国の王宮に入る前か。
王宮に入ってからは、厨房の近くに行くこともなく、また自分で作ることもなかった。
「おや、ナスチャの知り合いの娘だね?
こんな朝早くからどうしたんだい?」
5人いる職員の一人でがアルテアに気づき、声をかけてくる。
「い、いえ、包丁の音が聞こえて、なんか懐かしくなっちゃって・・・」
答えになっているとは思わないが、それ以外の言葉が出てこない。
「王様付きの侍女さんじゃ、厨房に入ることもないだろうからねえ。」
王様付きということは、ナスチャが話していたのだろう。
「あ、あの、お手伝いできることはありませんか?」
アルテアの言葉に、他の職員が驚いて手を止める。
「ああ、朝は猫の手を借りたいくらい忙しいんだ。
手伝ってくれるってんなら、こっちからお願いするよ。」
「ありがとうございます!」
アルテアはそう言って一礼する。
「じゃあ、皿を並べてくれるかい?
40人の食べ盛りがいるから、それだけでも助かるんだ。」
「はい!」
アルテアは、食器棚の場所と出す皿を確認すると、いそいそと動きだす。
その様子を見ていた職員に、
「ジーニャ、いいのかい?
あの娘、王様付きの侍女さんなんだろ?」
そう心配そうに口にする。
「いいんだよ。ナスチャも言ってたろ?
あの娘が手伝いたいって言ったら、手伝わせてやってくれって。」
「だけど、王様付きなんだろ?」
「心配しすぎだって、ミラナは。」
そう言ってジーニャは笑う。
「それよりも、急がないと腹を空かした群がやってくるよ。」
その言葉に、厨房の職員の手の動きは加速していった。
☆ ☆ ☆
起きて来たナスチャとシュリ、ラニャとペテロとともに、孤児たちと一緒に食卓に座る。
食欲旺盛な子供たちは、ものすごい勢いで朝食を片付けていく。
「こら!ゆっくり、しっかりと噛んで食べなさいって言っているでしょ!!」
職員たちの叱りつける言葉。
そんな様子を見ていると、アルテアは実家にいたときのことを思い出す。
長女の自分と、4人の弟妹たち。
いつも食卓は賑やかだったっけ・・・。
「さあ、アルテア。
今日はこの子達の引率だよ!」
物思いにふけかけたとき、ナスチャの思いもよらない言葉が耳に飛び込んでくる。
「え?ええっ!!」
流石にアルテアも驚く。
40人もの子供たちを、実質4人で見るなんて無理に決まっている。
それに、祭りに出れば子供たちだってなにか欲しいものが出てくるに違いない。
それを買うような資金は持ち合わせていない。
「いいか、小遣いはひとり銀貨3枚だ!
今から渡すから、ちゃんと並べよ!
並ばないと、小遣いやらねえぞ!」
その言葉に子供たちは、ナスチャの前に列を作る。
「銀貨3枚って、どこにそんなお金が・・・」
「バトゥのおっさんがくれたろ?」
あっと驚くアルテア。
「姉御に言われたよ、バトゥのおっさん、このことに気づいてるってな。」
昨日、トモエがナスチャの耳元で話したことはこれだったのかと、アルテアは納得する。
だから、どう考えても多過ぎる金貨を渡していたのかと。
「それだけじゃないんだぜ?王様は王様で、引率のために人手を寄越してくれるってさ。
本っ当に、どこで人がやろうとしてることを掴んでくるのやら。」
そう言うと、お手上げポーズをする。
「そういや、アルテアにもなんか用意してるらしいぜ?」
ナスチャはそう言うと、子供たちに押し出されるように扉の外に出ていく。
扉の外には馬車が5台用意されており、見知った顔がいる。
「出てくるのが遅い!!風邪をひくかと思ったじゃない!!」
ユーリャが出てきたナスチャらに文句を言う。
「ああ!聖女様だ!!」
子供たちがユーリャの所へ駆け出していく。
「なんだ、ユーリャも来たのかよ。」
「私がこの孤児院の主催なんだから、当然でしょ!!」
薄い胸を張ってユーリャが言う。
「わかったよ。じゃあ行こうか。」
子供たちを馬車に分乗させ、ナスチャたちも乗り込む。
アルテアもナスチャに続いて乗り込もうとするが、ナスチャに止められる。
「アルテアは、ここで少し待ってな。
アルテアの客が来るから。」
そう言われて、アルテアは馬車を見送ることになった。
「私のお客って、いったい誰だろう?」
そう思いながら馬車を見送る。
5台の馬車が孤児院前から離れていくと、
「お姉ちゃん!!」
そう言ってアルテアに抱きついてくる者たちがいる。
「え?な、なんで?」
抱きついてきたのは、アルテアの4人の弟妹たち。
?が頭の中を乱舞するが、そのアルテアの視界にスティールが入ってくる。
「スティールさん、まさか?」
「はい。リュウヤ陛下の命令で、貴女の御家族をお呼びするようにと。
ご両親は、残念ながら"会わせる顔がない"と、お呼びすることは叶いませんでした。」
スティールからの説明で、ナスチャが言っていたことがこのことだと気づく。
「リュウヤ陛下からの言付けですが、今夜は御兄弟方を王宮にお連れするようにと。」
驚くアルテアだが、それと同時にその心遣いに感謝する。
リュウヤはアルテアの仕事ぶりを弟妹たちに見せ、その口から両親に報告させたいのだろう。
「はい。陛下にお伝えください。お心遣いに感謝いたします、と。」
スティールは大きく頷くと、家族の時間を過ごさせるため、その場を離れる。
スティールの姿が小さく見える頃、
「さあ、折角のお祭りなんだから、しっかり楽しもうね。」
弟妹たちに声をかけると、アルナック村の会場へと向かうのだった。