アルテアと雪祭り その2
馬車に乗ってロマリア村まで出てくると、村と王宮を繋ぐ街道の入り口に巨大な龍の雪像が設置されている。
これはギドゥンたちが作り上げたものだ。
この雪像は、ドヴェルグであるギドゥンを中心にして、人間族とドヴェルグの共同作業によって作成されている。
そのためか、ところどころ粗雑に見える。
ドワーフの王バトゥのチームの作品を、先に見たことによる弊害かもしれないが。
「王様付きの侍女さんじゃないか。」
ギドゥンはアルテアを発見すると、気さくに話しかけてきた。
「元気でやってるかい?
あの王様付きじゃ、色々と大変そうだけどな。」
その言葉に、アルテアはクスッと笑う。
「はい。とても大変ですよ。何をするのか予想がつかないことをする人ですから。」
その返事に、ギドゥンも思わず笑う。
出会ったときに比べて、かなり険がとれたように見えるが、それは気のせいではないだろう。
「アルテアも来たのか?」
後ろから女性が声をかけてくる。
この声の主は、
「トモエさん!」
振り返ると、想像通りにトモエがいた。
「トモエさんもお休みなんですか?」
アルテアの問いかけに、
「接待なんて、私の性に合わないからね。シズカとスイウが、サクヤ様と一緒にいるよ。」
そう答える。
「トモエの姉御は、落ち着きがないからなあ。」
ナスチャが、アルテアが思っていても口にしない言葉を、直球で発する。
「ヘェ〜。そんなことを言うのは、この口かい?」
ニヤリと、獰猛な肉食獣のような笑いを浮かべて、トモエがナスチャに近づく。
「いや、ちょっと待った。あたいは、そう、アルテアが思ってることを口にしただけなんだよ!」
ナスチャがアルテアに濡れ衣を着せようとするが、
「いや、アルテアは良い子だからね。
そんなことを口にはしないんだよ。」
とバッサリ。
本当はそう思っていたなどとは、口が裂けても言えない。
アルテアはやや引き攣った笑いを浮かべる。
「やめんか、トモエ。そこの猫人族の嬢ちゃんが怯えておるぞ。」
そこでトモエは、シュリの存在に気づく。
慌ててシュリのもとに駆け寄ると、ヒョイっと抱き上げ、
「怖がらせてごめんな、シュリ。」
頭を撫でながら、シュリに謝っている。
「大丈夫だよ、トモエお姉ちゃん。」
シュリはニコッと笑ってみせる。
その様子を見て、
「トモエさん、いつの間にシュリとそんなに仲良くなったんですか?」
「まあ、ちょっとな。」
言葉を濁して、答えない。
「それよりも、これからどうするんだ?」
ギドゥンが問いかける。
「今日は、こことアルナック村に行くさ。」
「そういうことは、泊まるのはアルナック村だな。」
トモエが確認すると、ナスチャは頷く。
トモエはナスチャの頭を掴むと、グリグリと拳を当てる。
「痛い、痛いって姉御!」
抵抗するナスチャの耳元に顔を近づけて、トモエがなにやら小声で話している。
やがてナスチャが驚いたような表情を見せる。
そしてトモエはナスチャを放すと、
「じゃあ、しっかり楽しんできな。」
そう言って、ナスチャたちから離れる。
「あれ?姉御、休みじゃねえの?」
「サクヤ様のお側ではなくとも、仕事だよ。
治安維持っていうな。」
うわあ、とナスチャは口にする。
「同情するよ、姉御に目をつけられたヤツに。」
その言葉にニヤリと笑うと、軽く手を挙げてトモエはその場から去って行く。
トモエを見送ったあと、アルテアは疑問をぶつける。
「トモエさんからなにを言われたんですか?」
ナスチャはそれに答えず、
「姉御とバトゥのおっさんには敵わないね。」
と言って笑った。
☆ ☆ ☆
ロマリア村の雪祭り会場を存分に楽しみ、アルナック村に向かう定期便の最終馬車に乗り込む。
最年少のシュリは、はしゃぎ疲れたのかナスチャの肩にもたれるようにして眠っている。
「よく眠っていますね。」
シュリを見て、アルテアが呟く。
「はしゃいでたからな。」
呟きを聞き、ナスチャもそう呟く。
車を曳く馬の蹄の音と、車輪の音のみが聞こえる。
「着きましたよ、アルナック村に。」
馭者にそう告げられると、ナスチャがシュリを背負って馬車から降り、それにアルテアが続く。
アルテアは馭者に運賃を支払い、ナスチャの後を追う。
「今日はどこに泊まるんです?」
陽も落ちたこの時間に、しかも雪祭りというイベント期間で飛び込みで入れる宿屋があるとは思えない。
「泊まるのは宿屋じゃねえよ。こっちだ。」
ナスチャの歩く先。
そこには新しく建てられたと思しき建物がある。
「あれ?ここの建物って・・・?」
この建物そのものは知らない。
だが、この場所には心当たりがある。
「あれ?アルテアは知らなかったのか?
ここは大地母神神殿のあったところ。今は孤児院になってる。」
そうだ。
ユーリャが王宮に入り、また新しく大地母神聖女派神殿を建設することになって、それまで神殿があった場所にはユーリャの名で孤児院が作られることになっていたのだ。
資金の一部には、リュウヤ陛下の私財が寄付という形で投じられていたはず・・・。
「おーい、アルテア。扉を開けてくれ。」
考え込んでいて、ナスチャの動きに気づいていなかった。
慌てて扉を開けようとしたとき、中から勢いよく扉が開けられる。
「遅いよ、ナスチャ!!」
扉を開けたのは兎人族のラニャ。
ラニャはナスチャに遅いとクレームをつけるが、そのナスチャの視線が下を向いていることに気づく。
その視線の先には、勢いよく開けられた扉に激突して気を失ったアルテアがいた。
「キャー、アルテア、大丈夫?ねえ、アルテアー!!」