アルテアと雪祭り その1
北方三ヶ国と神聖帝国が到着した三日後。
この日の正午、ついに雪祭りが開幕する。
開幕の挨拶をしたのはアデライードであり、リュウヤはその横に踏ん反り返って座っているだけである。
なにせこういう挨拶をさせると、
「楽しんでくれ。」
で終わってしまい、威厳もなにもないため代わりにアデライードが行なっているのだ。
今回、観光客らしき者たちは少ない。
来ているのは、招待客とその付き人と護衛の者たち。それに国境近くに住んでいる者たちくらい。
雪祭りの期間は10日。
リュウヤはのんびりできるわけはなく、招待客の接待のために動き回ることになる。
基本的には、主賓となる各代表者と同行し、説明や案内をする。
参加チーム20。
20体の雪像を、皆を引き連れて全て案内するのは、日程的・距離的に無理なため、場所によっては主だった部下が案内役となる。
そして、リュウヤらは日中は王宮外で過ごすことが多いため、侍女たちの仕事は大きく減少することになる。
そのため、侍女たちは四つのグループに分けられ、それぞれ雪祭りを楽しむことになる。
☆ ☆ ☆
開幕日と閉幕日は全員出勤と決まり、交代で2日ずつ休みを取ることになった侍女たち。
アルテアの休日は5〜6日目の2日間だった。
いつものように起きて、仕事支度をしようとして、
「今日はお休みだった。」
と気づく。
そこで私服に着替えたものの、どうしようかと思い悩む。
そこへ、
「アルテア〜。起きてるか?」
やって来たのがナスチャだった。
ナスチャは起きているアルテアを見ると、
「さすがアルテア。休みの日でも起きてるもんだな。」
そう言って笑う。
「ナスチャさんこそ、朝早くからどうしたのですか?」
「決まってるだろ?休みをもらったのに、何をしていいかわからないアルテアを遊びに誘いに来たのさ。」
なるほどと思うと同時に、余計なお世話だと言いたくなる。
言いたくはなるのだが、図星すぎて何も言えない。
「さあ、朝メシ食って、遊びに行くぜ。」
ナスチャに強引に手を引かれ、アルテアは雪祭りに出かけることになった。
☆ ☆ ☆
朝食をとった後、ナスチャと一緒に雪祭りを見て歩く。
いつのまにか猫人族のシュリとも合流して、色々と屋台を見ていく。
ナスチャの手には、いくつもの串焼きがあり、またシュリも控えめながらも、羊肉の串焼きを食べている。
「屋台のメシって、祭りの時は余計に美味く感じるんだよなあ。」
と、リュウヤが聞いたら「どこの国の人間だ」と突っ込まれそうな感想を口にするナスチャを、アルテアは呆れ顔で見ている。
なにせ、朝食をこれでもかというくらいに食べて、まだ一時間ちょっとしか経っていない。
それなのに串焼きを10本以上食べて、まだ手に数本残しているのだ。
少し歩くと、大きな龍の雪像が見える。
たしか、ここに設置されているのはドワーフの王バトゥのチームのものだったはず。
「何度見ても、あのドワーフのオッさんのとこのは、迫力あるなあ。」
ナスチャが感嘆の声をあげる。
何度見ても、ということはナスチャは雪祭りに何度も出ているのだろうことを、アルテアは察する。
「ほんとうに、動き出しそうですよね。」
シュリは目を丸くして驚いている。
そこへ、
「おう、蜘蛛使いの娘じゃないか。
今日も来たのか?」
バトゥがナスチャに声をかけてくる。
「ああ、この凄い雪像をふたりに見せてやりたくてさ。」
ナスチャは誰に対しても、言葉遣いが変わらない。
もちろん、公的な場では変えるくらいの分別はあるが。
「そうか。ふたりとも良く見ていきな。これが、今回の優勝作品になるんだからな!」
豪快に笑うバトゥ。
バトゥもリュウヤ同様に、私的な場での言葉遣いには拘らないようである。
「そうだよ、ふたりとも。これが優勝作品になるんだから、しっかり見ときな。」
そうナスチャは口にして、さらに、
「でも、最初に優勝作品を見せたのはまずかったかな?
この後にふたりが見る雪像が、一段も二段も落ちちゃうんだからなあ。」
そこまでナスチャが口にしたとき、アルテアが気づいた。
ナスチャがちらちらとバトゥを見ていることを。
一方のバトゥは、そんなことに気づいてはいない。
「おう、嬉しいことを言ってくれるな。
だが、蜘蛛使いの娘の言う通りだな。」
そういうと懐から金貨を三枚取り出して、
「そこの屋台で美味いものでも買っていきな。
最初に優勝作品を見せちまった詫びとして、俺が奢ってやる!」
ナスチャに渡す。
「悪いね。有り難く貰っとくよ。」
ナスチャは飛び切りの笑顔を見せて、ふたりを引っ張っていく。
屋台前まで来て、
「ナスチャ、アレが狙いだったの?」
アルテアが呆れたように言う。
「お給金だって、しっかり頂いているでしょ?
それなのに・・・。」
「貰ってるさ。でも、相手が気持ち良くくれるってんだから、別にいいだろ。」
ナスチャは悪びれない。
「それに、あたいはあの雪像が優勝すると思ってるんだから、嘘は言ってないぜ?」
そこでアルテアは、
「次の人のところでも、同じように言うんでしょ?」
「当たり前だ・・・、あ、アルテア・・・。」
アルテアはやっぱりというように、一層呆れたように見ている。
「なんでわかったの、かなぁ?」
「似たようなことを言いそうな人を知ってるから。」
「は、はははは・・・。」
屋台前から少し離れた場所に引き摺られ、ナスチャはアルテアから説教を受けることになったのである。
ちなみに、アルテアが誰のことを想定して口にしたのかは、ナスチャはこの場では聞けなかった。