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龍帝記  作者: 久万聖
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聖女ビオラ

用意された部屋のひとつ、エウァリストゥス、バルタザルの2人は、ビオランテを前にして困惑を隠せない。


神託によりリュウヤに仕える、ビオランテは確かにそう言った。


あの時、リュウヤは急に力が抜けたように倒れたと言っていた。

その通りであれば、確かにビオランテが今までに神託を受けた時の状況に合致する。


そしてなによりも、ビオランテの雰囲気が以前よりも大きく変わっている。


本当に聖女として覚醒したのだろうか?


エウァリストゥスはそう考えるのだが、確証が持てない。


「ですが、皆の前であのようなことを口にされては・・・」


バルタザルは、ビオランテが「至高神は亜人や獣人族を絶滅させよ」などとは言っていない、その発言に頭を抱える。


彼自身は、亜人や獣人族を絶滅させよというのは単なるデマであり、元々の神の声を歪めたものであると思っている。

だが、部下たちのほとんどはそうではないのだ。


「事実ですから。法典のどこにも、そのようなことは記載されてはいませんし、至高神(ヴィレ)様に確認いたしましたが、そのようなことは仰られてはいない、そう明快に否定なされました。」


確信に満ちた表情で、そう話す。


「主神殿と揉めますぞ。」


バルタザルはそう苦言を呈するが、ビオランテは意に介さない。


もっとも、バルタザルにとっては主神殿と揉めることになる近未来よりも、すでに揉めている部下たちをどうするかでいっぱいいっぱいになっている。


エウァリストゥスはエウァリストゥスで、このことをどう報告するかで頭を抱えていた。






☆ ☆ ☆






「今頃は、大揉めだろうな。」


北方三ヶ国と神聖帝国の使節団代表との晩餐前、私室にてリュウヤはそう口にする。


「やはり、アナスタシアを連れて行かなくて正解でしたね。」


とはサクヤ。


亜人や獣人族の抹殺を国是としているような国の者たちだ。

何をしてくるか、最悪のケースを想定して幼い彼女を連れて行くのをやめたのだ。


「そういえば、神殿騎士団とやらはどうしているのだ?」


ビオランテが自分に仕えることと、今回の出来事に関する謝罪文を提出する事で、非礼を許すことになったのだが、その条件として滞在中の完全な武装解除をさせたのだ。

それは女官の護身用の懐剣すらも取り上げるという、徹底したものだ。


「色々と揉めているようです。」


とはキュウビの言葉。


「武器の全てを取り上げられ、更には監視付きなのですから、矜恃(プライド)もズタズタでしょう。

それに・・・」


ここでキュウビは人の悪い笑顔を見せる。


「自分たちのしてきたことを完全に否定されたのですから、揉めないわけがありません。」


キュウビの顔には、「引っ掻き回しますか?」と表情で語っている。


ビオランテが自分に仕えると宣言したことを、噂として流すだけで十分にことは足りる。


「いや、こちらから手を出す必要はない。

勝手に混乱に陥ってくれるさ。」


使節団からの報告が入れば、嫌でも混乱することになる。


注意しなければならないのは、その際にこちらに戦意が向くことだ。


「では、そうならぬようにいたしましょう。」


キュウビはそう言うと、一旦リュウヤの前を辞した。






☆ ☆ ☆






晩餐も終わり、リュウヤは岩山の王宮前広場が見渡せるバルコニーにて、ひとり椅子に座って茶を飲んでいる。


なぜそんな場所で一人でいるかというと、自分と話がしたいであろう者を待っている。


バルコニーへ出る扉を開ける音が聞こえる。


「随分と待たせてくれたものだな。」


振り返ることなく、リュウヤは入ってきた者に声をかける。


「はい。エウァリストゥス、バルタザルのふたりの目が厳しかったものですから。」


ビオランテがリュウヤとテーブルを挟んで座ると、それを待っていたかのようにアルテアがふたり分のお茶と、お茶受けの焼き菓子を置いていく。


「お前は、自分の国を裏切ることになるが、それでも良いのか?」


どう弁明しようと、ビオランテの行いは生国たる神聖帝国を裏切る行為でしかない。

それが、たとえ神託を受けた結果だとしても。


14歳の少女とはいえ皇族であり、聖女候補として至高神神殿で育てられたビオランテがそのことに思い至らぬわけがない。


「はい。そのことはすでに覚悟しております。」


ここで初めて、リュウヤはビオランテを正面から見据える。


彼女の表情に嘘はない。


"本当に14歳なのか?"


リュウヤはビオランテの表情から見て取れる、その覚悟を見てそう思う。


同じ聖女でも、ユーリャの方がはるかに14歳の少女らしさがある。


「駄目だと言っても、絶対に退かないのだろうな。」


一般的な日本人には理解できないことなのだが、信仰に裏付けられた行動というものは、物理的な力でなければ止められない。


日本史だけで見ても、一向一揆に法華一揆、切支丹一揆がそれにあたるだろう。


ヨーロッパ史や中東史なら民衆十字軍がそれに相当する。


どれも信仰によって裏付けられたーたとえそれが、後世から見て間違っていたとしてもー行動であり、力による排除以外の方法では止められなかった。


リュウヤは大きく息を吐くと、


「わかった。ビオランテ、お前を受け入れよう。」


その言葉に、ビオランテはホッとした表情を見せる。

たとえ神託でも、リュウヤが受け入れなければ実力行使するしかなかったのだ。

そして、自分はまだ14歳であり、世間知らずの小娘でしかない。

その小娘の実力行使など、リュウヤにとって「蟷螂の斧」にすらなり得ない。


「ありがとうございます、リュウヤ陛下。」


ここで明るい表情を見せたビオランテと対照的に、リュウヤは余計な荷物を背負いこんだと、非常に重い気持ちになっていた。


その後、いくつかのやりとりをして席を立つビオランテに、


「ビオランテではなく、ビオラと呼ばせてもらってもよいか?」


「?、はい、かまいませんが、それが?」


「ああ、こちらの、俺の都合だ。」


自分のいた世界の自分の国、日本の国民的怪獣映画の敵の怪獣に同名の存在がいるため、どうしてもその名前が怪獣にダブってしまうため、縮めて「ビオラ」と呼ぶことにしたのだ。

そして、これ以降の彼女の呼び名はビオラとして定着していくことになる。


「ゆっくりと休むといい。」


「はい、陛下も。」


笑顔で立ち去るビオランテを見送った後、リュウヤはしばらくの間その場にて考えこんでいた。

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