惨劇
リュウヤが異変に気付いたのは、夜半になってからだった。
森の東南部に魔力の高まりを感じ、目覚める。
同時にシヴァも気付いたのだろう。念話を入れてくる。
"気付いておるか?森の南東部に魔力反応がある"
"南東部というと、トール族が来た方角だな"
となると、トール族を追って来た者達か?
だが魔力の高まりは何故?
その疑問はすぐに解ける。
外から振動と悲鳴が同時に聞こえてきたからだ。
トール族を休ませていた方角からだ。
「リュウヤ様!」
ほどなく呼びに来る者が現れる。
「タカオか。なにがあった?」
「トール族が暴れています!」
悲鳴はトール族か?振動は?
そして気になるのが南東部に出現した魔力反応。
情報は少なく、南東部に回せる人手もない。ならば、目の前のことを片付けるしかない。
「行くぞ!」
ベッド横に置いている剣をとり、現場へ駆ける。
PTSD(心的外傷性ストレス障害)、それがトール族が暴れているという報告を受けた時に浮かんだ言葉だった。相当な虐待を受けていたようだったので、それが一番可能性が高いと。トール族のように暴れはしなかったが、リュウヤ自身にも経験がある。父親の自殺現場を発見した後、PTSDに長年悩まされていたものだ。だが、現場に着いたリュウヤが見たのは、そんな生易しいものではなかった。
リュウヤが見た現場。それは「凄惨」の一言だった。それ以上の表現があるならば、是非とも教えてほしいくらいだ。
暴れるトール族と、それを止めようとするトール族。その周囲には、トール族であっただろう者たちの肉片が飛び散っている。
「ダメ、ニイチャン、アバレナイデ!」
兄弟なのだろう。暴れるトール族に抱きつき、必死に抑えようとしている。
「ココノヒトタチ、イイヒト!テアテシテクレタ!」
必死に訴え、正気に戻そうとしている。
別のところでは、止めようとしたトール族を投げ飛ばしたり、また別のところでは止めようとしたトール族の首を食い破り、その首を引きちぎる。
中には倒れた同族の腕や足を引きちぎって、それを棍棒のように振り回す者もいる。
温厚で明るく、自分が傷つく以上に他人を傷つけるのを嫌がる優しすぎる種族。それがトール族だとギイは言っていた。だが、目の前の光景はなんなのだ?無論、暴れているのは少数で、それを止めようとしている者の方が多い。
"狂戦士化しておるな"
小型化したシヴァがリュウヤの肩に乗る。
「リュウヤ様!!」
シズク班の者がリュウヤのもとにくる。
「なんでトール族が!?」
「わからない。」
リュウヤとしては、それ以外に答えようがない。
「あの子なんて、ありがとうって何度も言ってくれていたのに・・・」
サギリの声が涙声になっている。弟に抱きつかれながらも、暴れ回るトール族。優しく、あどけない顔をしていたのに、いまでは凶相としか言いようのない顔をしている。
「サギリ、焼印があったのは、あの薄く光っているあたりか?」
リュウヤにいわれ、トール族を見る。
「は、はい!そうです、あのあたりです!」
その焼印のあるあたりから、薄く魔力反応がある。
"シヴァ、あれがなにがわかるか?"
"術式紋様に見えるな。精神系のものに見えるが"
別の場所での魔力反応に、なんらかの術式紋様を持った焼印とそこからの魔力反応。そして狂戦士化。
「そういうことか!!」
一本に繋がった。
トール族の傷つき、脅えた姿。そりゃ、まともな神経を持っていれば誰でも脅える。
リュウヤの目の前では、今まで止める側だった弟の方の焼印が光り始める。
弟の表情がみるみるうちに変貌していき、兄の脇腹に噛みつき、食い破る。兄弟が、それこそ血みどろの戦いに突入する。
目の前の惨劇は続いている。
"シヴァ、もとに戻せるか?"
"無理だな。ああなってはどうにもならん"
シヴァの無慈悲な言葉。
あの紋様、狂戦士化の術式(便宜上、そう呼ぶ)の発動をさせなければ、その者たちだけは生かせるだろうか。
再度の問い掛けに
"時限発動でなければ、可能であろう"
あらかじめ仕組まれたものでなければ、というところか。
"魔力を遮断できるか?"
"この場への干渉を防げばよいのだな?"
"頼む"
シヴァは早速対魔力障壁を作り上げる。
リュウヤはさらにサクヤへ念話を入れる。
"来ているな、サクヤ"
"はい、リュウヤ様"
"狂戦士化していないトール族の解呪、できるか?"
"はい、お任せください"
サクヤは即答する。
"シズク、お前たちはトモエ、シズカとともにサクヤを守れ"
"了解いたしました"
"ミカサ、アカギ、オボロ、ヒサメの各班は、狂戦士と化したトール族を倒す!いいな!!"
"はっ!"
"御意!"
"わかりました"
"承知いたしました"
それぞれの返事が返ってくる。
「サギリ!」
リュウヤは変わり果てたトール族の姿に涙を流す、サギリに声をかける。
「あいつらを哀れと思うなら、早く眠らせてやることだ。」
望まぬ姿にされてしまった者たちにできる、自分たちの唯一のことをしてやれ。
一瞬の間の後、言外の意味を悟る。
「シズク、サギリを借りるぞ。」
その言葉に、シズクはサギリの肩に手を置く。
「リュウヤ様の足を引っ張るなよ。」
そう言って、他の部下とともにサクヤのもとに走る。
リュウヤたちは態勢を整え、狂戦士化したトール族を殲滅にかかるのだった。
書いていて、「ザンボット3」の人間爆弾を思い出していました。
アレも子供心に「エゲツない」思ったものですが、今回のはどうでしょうね?