威圧
午餐の後、リュウヤとアデライード、エガリテ翁とニコラは別行動になる。
商人のほとんどを引き連れたアデライードと、エガリテ翁とニコラのふたりはリュウヤと別れ、あてがわれた部屋へと戻って行く。
「エガリテ翁。先程の言葉は本気なのですか?」
「どちらの言葉かな?」
「リュウヤ陛下とアデライード様との間に子をもうける、というやつですよ。」
「むろん、本気じゃよ。」
「ですが、リュウヤ陛下の身持ちの堅さは相当なもののようですよ?」
「確かにそうじゃな。じゃが、リュウヤ陛下は手を出さざるを得なくなる。
龍王国の後継を考えるなら、じゃがな。」
そう、いかに多種族混成国家とはいえ、圧倒的多数を占めるのは人間族だ。
そして、人間族の寿命は他の種族に比して短い。
人間族の平均寿命が30〜35歳のこの世界で、他の種族は平均寿命100歳以上というのが当たり前なのだ。
人間族に次いで短いとされる小人族が100〜120歳。
ドワーフ族で300歳以上であり、ドヴェルグ族が500歳あまりとされるが、このあたりになるともはや確認ができない。
この寿命の違いがなにをもたらすのか?
人事の新陳代謝の低迷を招き、それは国としての活力を奪うことになる。
それを避けるには、人間族に合わせて世代交代をしていく必要があるのだ。
セルヴィ王国のアナスタシア王女の輿入れには、そういう狙いがあるのではないかというのが、エガリテ翁の見立てであり、それならば年齢的にも適齢期であるアデライードがその対象にならない理由はないのだ。血統的に見ても。
そのために、後継者を安定的に為すには幾人かの子供を作る必要がある。
「そこまで読んで、アデライード様を送り込んだのですか?」
「孫娘がこの国に来たのは、本人の意思じゃ。
それに、今の話は受け売りでな。」
「それはどなたの?」
ニコラの問いかけ。
「リュウヤ陛下ご自身と、アデライードじゃよ。」
世代交代などの話はリュウヤ自身から。
それ以外の部分はアデライードの口から聞かされている。
「アデライードの器量なら、早く曽孫の顔が見れるようになると思うたが、なかなか思うようにはいかぬ。」
そう言って笑う。
曽孫の顔を見るためになにをすればいいのか?
エガリテ翁は思考を巡らす。
来春、ウリエ王子の戴冠式にアデライードを連れて行くとリュウヤ陛下は口にしていた。
その時に、しっかりと外堀を埋めておく必要があるだろう。
好々爺としたエガリテ翁の考えを、ニコラは読むことができると考えるほど自惚れてはいない。
ただわかるのは、エガリテ翁がなにかを企んでいることだけだった。
☆ ☆ ☆
リュウヤは東方7カ国の使節団を迎えるために、サクヤらと合流する。
ただ、今までと違って出迎えに参列するのは武官のみ。
特にその中でも、鬼人族の者達100名を選別しており、全員完全武装している。
これは威圧することが目的であり、セルヴィ王国を除く東方7カ国に対して、軍の通行許可を取り付けるという罰を受けたアスランへの援護でもある。
この鬼人族100名で、小国のひとつやふたつは落とせるだろう。
いや、リュウヤの隣に控える真紅の鎧を纏ったモミジひとりで、国のひとつくらいは潰せてしまう。
それを前面に押し出しているというのは、相手にとっては巨大な脅威であろう。
それを感じ取ることができるかどうかは、随行している相手の護衛隊にかかる。
そしてもうひとり、サクヤとともにリュウヤと並んでいるアナスタシア王女の存在も大きい。
彼女の存在は、セルヴィ王国と龍王国との関係の強さを見せつけ、セルヴィ王国との関係をどうするのかを迫るものでもある。
そして、その効果は覿面だった。
護衛の者たちは完全武装した鬼人族を見ると、途端に緊張を隠しきれない面持ちでいる。
なかには緊張のあまりに、うまく下馬することができずに落馬する者もいる。
代表を乗せた馬車の馭者は、中にいる者たちへの言葉が出せない。
かろうじて馭者台の戸を叩くことで、到着を中にいる者たちに伝える。
それに気づいて外を覗き見るのだが、そこに居並ぶ鬼人族に気づくと泡を食ったように狼狽えている。
そこからの行動はふたつに分かれる。
ひとつは卑屈に愛想笑いを浮かべて対応する者。
そしてもうひとつは、虚勢を張って尊大に振る舞おうとして失敗する者。
そしてその様子を、少し離れたところでアルセンが見ていた。
「あの男も、随分とあからさまなことをするものだ。」
アルセンは呆れたように呟くが、あれは効果的だろうとも思う。
自分にしても、最初からあのような対応をされていたら、7カ国の使節団と同様の行動をとっていただろう。
「こちらに確実に引き込めそうなのは、ルマニアとブガリアだな。あとはグルア。
マドニア、パガニア、ビンツア、パルメラはどう動くか。
まさか、鬼人族を見て敵対するとは思えないが・・・。」
小さく感想を述べる。
「そうでしょうか?人が追い詰められると、理解できない行動をとるように、国も同じような行動をとるのではありませんか?」
隣に控える妻マリーアの言葉にハッとさせられる。
自分たちもそうではないか。
追い詰められていたからこそこの龍王国と同盟を結び、コスヴォル地方を取り戻したのだ。
人外の存在の集うこの国と。
「そうだった。君のおかげで、決めつけてかからずに済んだよ。」
外交のオルセンと呼ばれはするが、彼自身はその功績の半分は妻の物だと思っている。
時には、今回のような警句を発して前のめりになることを抑えてくれる。
「そうなると、何がそれを分けることになると思う?」
夫の問いにマリーアは少し考え、
「オスマル帝国との繋がりの強さ、ではないでしょうか?」
そう答える。
繋がりの強さ、それはどのようなところでの強さなのか?
「おそらくは血縁、だな。」
夫の言葉に頷くマリーア。
アルセンは各王国の系図を思い浮かべる。
その中で、最も血縁が濃く強いのはビンツアとパルメラの二国。
両国とも、先王の妃はオスマル帝国の皇女だった。
そして、現王の妃もオスマル帝国の皇女。
「あの男は、それをどう崩すつもりかな?」
その視線の先にはリュウヤがいた。