商機
商人の嗅覚は凄まじい。
午前中にやってきた商人たちを招いての簡単な午餐にて、当初は遠巻きにしていた者たちが大半だったが、エガリテ翁とリュウヤが親しく歓談するのを見て、徐々にリュウヤの周りにやって来る。
さらにアデライードが現れると、その姿に歓声があがる。
アデライードはこの時のために、イストール王国の元王女として相応しい衣装を纏い、優雅な立ち居振る舞いを見せる。
午餐に参加している者たちの視線は、そのアデライードの姿に集中する。
これもまた、リュウヤとアデライードの目論見のひとつである。
アデライードの立ち居振る舞いというのは、ほとんど付け焼き刃のリュウヤのそれとは違い、堂にいったものである。
それだけでなく、もともとの美貌とそれに相応しい衣装を纏い、しっかりと化粧もしている。
彼女がこの国の女王だと言われても、不審に思う者などいないだろう。
リュウヤとアデライードは簡単に挨拶を交わし、別々に行動をする。
リュウヤの周りにいた者たちの殆どは、アデライードの元について行き、残っているのはエガリテ翁ともうひとりだけだった。
残っていたもうひとりの名はニコラ。
グリーシアの有力商人のキティノフ家の後継者と目されているという。
「おやおや。目先のことしか見えない者のなんと多いことか。」
呆れたように、そのニコラは呟く。
「あながち間違いではないだろう。通商政策において、アデライードが大きな権限を持っているのは事実なのだからな。」
呟きに反応したリュウヤの言葉。
確かにそれは事実だろうし、コネクションを作るならば得体の知れない存在であるリュウヤよりも、アデライードを選択するのは常識的な判断だろう。
それに、通商政策についてしっかりとした見識を持った国王というのは、実はそんなにいない。
それが創業の王ともなれば尚更である。
「表向きの言葉でしたら、まさしくその通りでございましょう。」
ニコラは面白い者を見るような目で、リュウヤを見ている。
「アデライード様は確かに、商売をはじめとした経済政策に明るいお方です。
ですが、その才を認め登用されたのは陛下であると聞き及んでおります。」
それは、国王たるリュウヤに明確な経済政策、そこまでは至らなくても経済の重要性を認識する能力があり、積極的に経済活動を展開していく意思があることを示している。
そして、アデライードにはそれを実行できるだけの能力と人脈があり、リュウヤには彼女がその能力を存分に振るうことができる環境作りをする能力と、なによりも先進的すぎるアデライードの能力を受け入れることができる度量がある。
「いかにアデライード様に能力があろうとも、それを発揮させることのできる陛下の存在がなければ、なにも始まらないということを、あそこにいる者たちは理解できていないのです。」
「買い被りというものだな、それは。」
そう返答するリュウヤと、面白そうにニコラを見ているエガリテ翁。
「さすがはキティノフ商会の次期会頭。良き目をお持ちだ。」
エガリテ翁はニコラを賞賛する。
「名高きエガリテ翁に褒めていただき、光栄です。」
ニコラもエガリテ翁に言葉を返し、
「それにしても、世にはなんと機会を逃さ愚かな商人の多いことか。」
そう嘆息する。
エガリテ翁もその言葉に頷く。
この場にいる商人たちは、会頭やそれに準ずる者は殆どいない。
ニコラと、すでに引退して息子に引き継がせていはいるものの、影響力を持っているエガリテ翁のふたりくらいのものだ。
招待状を受け取ったから、義理で参加した程度でしかない。いかに龍王国を軽く見ているかがわかる。
だが、しっかりとこの国の立地を見れば、これほど魅力的なところはない。
トライア山脈を通過するドワーフのカルバハル王国への玄関口となり、さらに北方三ヶ国に向かう拠点となりうる。
しかも、トライア山脈北方の森林地帯もこの国の領域であり、そこに住むアールヴやエルフの助けがあれば、より効率的な交易路が開かれるかも知れない。
西は獣人族の国をはじめとする、西域諸国との交易路になるし、東方はオスマル帝国へと向かう交易路の出発点となる。
見るべき視点を変えれば、大きな経済拠点となりうるだろう。
その視点がある者ならば、間違いなくアデライードについて行こうとせず、リュウヤの元に残る。いくらアデライードに大きな権限があるとはいえ、それを与えているのはリュウヤであり、リュウヤの意向無くしてアデライードもその構想を実行できないのだから。
それなのに残ったのがひとりだけとは、流石に予想していなかった。
「そういえば陛下。私はキティノフ商会の代表として商談を求めに来たのです。」
「なにか目ぼしいものでもありましたかな?」
「ええ、沢山あります。
なによりも、第一に木材ですね。我がグリーシア王国では、船の建造のために慢性的に木材の不足に悩まされています。」
「そんな話を聞いたことがあるな。
木材を船にばかり使われてしまって、自分たち木工職人のもとには端切れしか来ない、と。」
「ははは。否定できませんね。」
そう笑った後に、
「して、その発言者はどのような人物なのですか?」
「ミロシュという名の、見るからに職人という男だ。」
「ミロシュ、ですか。私も同名の男を知っていますが、多分、同じ人物でしょう。」
その言葉を聞きながら、リュウヤはテーブルの上にある焼き菓子が盛り付けられた木皿を取り上げ、ニコラに見せる。
「?」
リュウヤのその意図をはかりかねていたが、その木皿の意匠を凝らした彫刻に気づく。
「やはり、同じ人物のようです。」
「孫娘に群がる者どもに、ニコラ殿ほどの目利きがいれば商機を逃すことなど無かったでしょうに。」
エガリテ翁が孫娘の方を見やりながら呟く。
「陛下のもとにやっていなければ、孫娘の婿にしたいくらいじゃて。」
そう口にするエガリテ翁に、
「本人に言ってみたらどうだ?」
とはリュウヤの言葉。
そのリュウヤの言葉にエガリテ翁は苦笑する。
「私は、孫娘は陛下に輿入れしたも同然と思っておるのです。」
「?!」
「アレからの手紙、中は読まなかったのですかな?」
手紙とは、かつてお忍びでガロアに行った時に届けたもののことだ。
「読んでいない。そんなことをしては、信義に悖るだろう。」
その言葉にエガリテ翁は笑う。
「孫娘の言った通りのお方ですな。
とても信頼に足る方と、私も確信させていただきました。」
ニコラもそれに続いて、
「部下の手紙を見たとて、咎め立てされることはないでしょうに。
ですが、それだけ信頼できる人物であると確信いたしました。
今後とも、よしなに願います。」
他人の手紙を見ないなどというのは、リュウヤとしては当たり前のことだと思うが、どうもこの世界では違うらしい。
だが、向こうの世界の認識が、こちらの世界で信頼を得る武器となるのは有難い。
「では、今後の互いの付き合いについて、話し合う機会がを設けなければならんな。」
「是非とも、お願いいたします。」
「できますれば、孫娘との間に子をもうけることも、話し合っていただけると有り難いですな。」
「っ!?」
言葉に詰まるリュウヤに、
「なに、曽孫の顔を見たいと思っておるだけです。」
エガリテ翁は、そう好々爺然とした笑顔を見せていた。