準備
アルテミシアらはすぐに帰国したかったようだが、それはリュウヤに止められる。
「今は龍王国への入国が多くなっている。
その時に出国しては、悪目立ちする。」
そう指摘され、彼女たちは雪祭りが終わるまで逗留することになった。
また、龍王国側としても、フェミリンスを送り出す準備が整っていないこともある。
盲目の彼女を送り出すためには、彼女につける者の人選も必要になる。
護衛だけなら龍人族で十分すぎるのだが、それ以外の部分に問題がある。
もしもの時、フェミリンスの代役となりうるだけの能力を持ち合わせ、また時にはその手足となって動ける者。
しかも、今回は女性だけの種族である翼人族の元に行くだけあって、男を送り込むわけにもいかない。
能力的に一番望ましいのはアデライードだが、彼女はその義弟ウリエ王子の戴冠式に出席が決まっており、春までにその仕事をある程度済ませ、なおかつ部下に引き継がなければならない。
そうなると、
「ミーティアしかいないか。」
となる。
そのため、フェミリンスに確認を取ると、
「彼女で問題ありません。」
とのこと。
リュウヤはすぐにミーティアを呼び出す。
「私がですか?」
ミーティアは驚いて、リュウヤに聞き直す。
「そうだ。フェミリンスとともに翼人族の元に行き、アルテミシアが種族の意思を纏める手伝いをせよ。」
返ってくる言葉は、全く変わらない。
ここでミーティアも、これが覆ることのない決定であることを悟る。
「本当に私でよろしいのですか、フェミリンス様。」
「よろしくお願いしますね、ミーティア。」
フェミリンスはそう答え、確定することになった。
ミーティアは残る者への仕事の割り振りや、一緒に同行させる者の人選を進めるため、退室する。
「よろしかったのですか、ミーティアを出して。」
退室したミーティアを見送り、フェミリンスはリュウヤに問いかける。
「お前を満足させられる人材は、今のところミーティアしかいないからな。」
本音を言うならば、出したくはない。
だが、ミーティアに色々な経験を積ませることは、将来的には大きな利益になる。
龍王国にとっても、彼女自身にとっても。
「言葉を変えれば、人が集まったと言っても、本当に優秀な人材はなかなかいないってことだ。」
統治を行うにあたり、リュウヤが腐心しているのは種族バランスだ。
特定の種族に偏ってしまうと、それをよく思わない種族も現れる。
そこが亀裂となって分裂することもあり得るのだ。
それだけではない。
自分という存在がなくなった後のことも考えなければならない。
現時点で龍王国は、リュウヤという個性によって集まった者たちで成り立っている。
そこでリュウヤという存在がなくなったらどうなるか?
そこで懸念されるのが旧ユーゴスラビアだ。
あの国も、チトーという絶大なカリスマあっての国であり、多くの民族による衝突を防ぐために色々な対策を取っていた。
その結果、「労働者の理想郷」とまで言われ、各民族の融合が進んだ国として賞賛を受けていた。
だが、カリスマであるチトーが死ぬと、まるで箍が外れたように分裂し、民族紛争が起きてしまった。
数多くの悲劇を生み出したユーゴ紛争が、この地で起きないとは限らない。
そのために、多少の能力の差は目を瞑らざるを得ない。
「まあ、ミーティアがいない間に、新たな人材が出てくるかもしれないからな。」
もしくは、急激に能力を伸ばす存在。
「そこに期待しなければならないというのが、我が国の実情というわけだ。」
その言葉に、フェミリンスも大きく首を縦に振って笑みを浮かべる。
「陛下は、私たちに罰を与えると申されましたが、まるで御自分が罰を受けているようですわね。」
その言葉に、リュウヤは苦笑していた。
☆ ☆ ☆
サクヤとアルテミシアは、サクヤの私室にてお茶を飲んでいた。
アルテミシアはサクヤに誘われて来たのだが、大きな疑問がある。
「サクヤ様は、なぜ私たちに手を差し伸べようと思われたのですか?」
サクヤに何か利益になるわけではない。
それどころか、自らの身体でもって籠絡しようとしていたのに。
それなのになぜ?
「私的な場ですので、もっと砕けた言葉で大丈夫ですよ。」
そう口にした後、サクヤは、
「あの晩餐会場での貴女の顔が、リュウヤ様に出会う前の私に似ているように思えたから。」
そう答える。
自分の種族を守るため、思いつめた悲壮な表情。
なんとかしなければと、その思いが強すぎるあまりに周囲が見えていない様子。
「それに、私が手を差し伸べなくても、リュウヤ様が手を差し伸べたでしょう。」
その言葉にアルテミシアは驚く。
いや、リュウヤはあの時、きっぱりと拒絶していた。
それなのに手を差し伸べる?
「リュウヤ様には、立場というものがありますから。」
だから、簡単に受けるわけにはいかない。
部下たちが認める状況でなければならない。
だから、サクヤはリュウヤの背中を押したのだ。
自分たちはリュウヤの判断に従うと、アルテミシアたちに手を差し伸べることで。
「勝てませんね、サクヤ様たちには。」
主君の内心を正確に読み取り、その背を押す。
それが出来る関係。
「羨ましいです、とても。だから、一連のことが終わったら、改めてリュウヤ陛下に申し出ることにします。
部下として忠誠を誓うと。」
サクヤは笑みを浮かべる。
「これでまた、リュウヤ様の苦々しいお顔が見られるのですね。」
と、アルテミシアの言葉を受け止めた。