アルテミシアの覚悟
翌朝。
ともに朝食を摂るリュウヤとサクヤ。
「リュウヤ様。今日はお時間は取れますでしょうか?」
その言葉に、リュウヤはやれやれといった表情を見せ、
「アルテミシアたち、か。」
「はい。彼女たちのために、お時間を作ってはいただけませんでしょうか?」
今日の予定は、特になかったはず。
龍王国として賓客と位置づけている国からは、全て来ている。
今日以降に来る者たちは、有象無象とまでは言わないが、それでも重要度は下がる。
ミーティアに確認する必要があるが、今日は午前にイストール王国の南に位置する、都市国家連合の有力者とオスト王国の南方の国々の使節団。
それに、各地の有力商人たち。
午後からは、セルヴィ王国の周辺7カ国の使節団。
明日にはトライア山脈北方地域と境を接している三ヶ国とドワーフの国であるカルバハル王国、そして戦争相手となるかもしれない国である神聖帝国の使節団。
「秘書官に確認の上で、追って知らせる。
それでいいか?」
「わかりました。それで十分でございます。」
サクヤの返事を聞くと、ふうっと溜息をつきつつキュウビを呼ぶ。
一言二言、指示を出すとキュウビは一礼して退室する。
「あまり、お節介をしてやらないでくれ。
本当なら、自力でそこに考えが至らなければならないんだから。」
疲れたような表情を見せながら、サクヤに釘を刺していた。
効果はないだろうことを確信しながら。
☆ ☆ ☆
同じ頃、アルテミシアは考え込んでいる。
昨夜、サクヤから話を聞くだけではなく、フェミリンスやエストレイシアからも話を聞いた。
自分に欠けていたものは何だったのか・・・。
「アルテミシア様、お話があります。」
デリア、エイレーネ、キュテリアの3人が、アルテミシアの前に立ち、声をかける。
「何かありましたか?」
「はい。リュウヤ陛下を動かす方法です。」
「そうですか。私も、昨夜からずっとそのことを考えていました。
貴女達の考えを聞かせてください。」
アルテミシアの言葉に、3人はそれぞれの顔を見回して頷き合う。
そして、代表して言葉にしたのはキュテリア。
「私たちは、小細工に走り過ぎたのではないでしょうか?」
そう切り出す。
アルテミシアは、キュテリアの顔を見つめている。
「昨夜、リュウネなる龍人族の少女と話をする機会がありました。」
そこでキュテリア自身が、リュウネと話して感じたことを伝える。
「彼の者は、我らの願いを真摯に訴えれば、それだけで動いていたのではないでしょうか?」
リュウネは"ちゃんとお願いしたら"と、そう言っていた。
それに対して、自分たちは形式であったり、忠誠がどうのとか、我が身を差し出すとか、技巧に走るあまりに、自分たちの状況を伝えることなく、後ろ盾に利用しようとしていた。
「私もキュテリアの言葉に賛成です。」
そう言って入ってきたのはカシア。
「「遅かったね、カシア。」
「うわぁ、お酒臭いよ、カシア。」
双子は口々に言う。
「うるさい!とんでもない蟒蛇ふたりに、とことんまで飲まされたのだ。」
とんでもない蟒蛇。もちろんシヴァとハーディのことである。
「あのハーディなる者の後を追って行ったのですが、その正体は掴めませんでした。」
これは実は正確な報告ではない。
ただ、ハーディの正体を思い出そうとするのだが、なぜかその記憶だけが白い靄に包まれ、思い出せないのだ。
「始源の龍の関係者、そこまでしかわかりません。」
その報告に、
「それと酒臭いのは、どう関係するの?」
とはデリアの言葉。
アルテミシアとキュテリアは、カシアが晩餐会場を出たハーディを追って行ったことを確認しており、酒臭いのはハーディに飲まされたのだとは、容易に想像できる。
そして、ハーディがシヴァの関係者・・・。
「そのシヴァとハーディが言っておりました。
あの男に頼みたいことがあるのなら、全てを話し、頼めと。」
思考を現実に戻されたアルテミシアは、
「結局は、そこに行き着くのね。」
そう零す。
そして、サクヤ、フェミリンス、エストレイシアの3人との話の内容を伝える。
フェミリンスらリョースアールヴは、その窮状を伝えて庇護下に入ることを選択したのだと言い、エストレイシアは、このままエルフとの戦いが続けばジリ貧になることを伝えて、その配下になることを選択した。
では、龍人族はと4人がアルテミシアに聞くと、
「その時の惨状、窮状を全て伝えて願ったそうです。
始源の龍の復活を。」
その時のことをサクヤから詳しく伝えられている。
始源の龍の復活、そのためにはリュウヤ自身の消滅の可能性が高く、またそのことをサクヤたち龍人族は知らなかったという。
リュウヤは始源の龍からその危険性を聞きながらも、始源の龍の復活のために、その危険性を顧みることなく応じた。
「ですが、その後に王になったのですよね?」
デリアの当然の疑問。
「無理矢理、担ぎ上げたそうよ。
本人は、この地を去って傭兵にでもなるつもりだったそうだから。」
4人はそれぞれの顔を見回し、それぞれの顔に驚きの表情があることに安堵する。
龍人族に両アールヴ。
結果的に見返りを得たものの、あくまでも求めたものではない。
当然ながら、それなりの目算はあっただろうが、それでもあまりに安すぎる。
「はっきりとわかるのは、リュウヤという人物は野心家ではないこと。
国としてはともかく、個人としては欲に乏しい。」
ふうっと一息入れて続ける。
「私のやり方は、野心家や通常以上に欲のある者には有効でも、彼のような人物には逆効果だったのね。
困ったものだわ、本当に。」
そして、フェミリンスとエストレイシアからはこうも釘を刺されている。
「貴女個人ではなく、翼人族という種族として危機をどう捉えているのか?」
と。
それこそが、リュウヤが言った"10名の忠誠では意味がない"、"貴女の身体にはなんの価値もない"という言葉の真意だ。
本気で助けを求めるなら、その種族としての意志を示さなければならない。
そうでなければ、この10名を切り捨てることすら考えられるのだから。
そうなっては、リュウヤ自身はともかくとして、部下たちは納得しない。
族長たちを説得して、翼人族の総意としなければならない。
順番は逆になってしまったが、今はまずリュウヤを説得する。
その上で、それを材料として族長をはじめとする重鎮を説き伏せる。
「それしかありません。」
アルテミシアは迷いなく断言する。
覚悟を決めて、リュウヤからの呼び出しを待つことにした。