お節介
サクヤはアルテミシアを連れてバルコニーへと出ていく。
「少し寒いかと思いますが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。寒さならば、アララト山脈の方が厳しいです。それに、この地の方が空気もしっかりとありますから。」
空気もしっかりとある、その意味はサクヤにはわからないが、寒いのは大丈夫らしい。
バルコニーに出るふたりを見て、リュウヤは呟く。
「サクヤめ、余計なことを。」
と。
「冷たい風が心地よいですね。」
「え、ええ、そうですね。」
サクヤの言葉、その真意を掴めずにアルテミシアは戸惑っている。
「知っていますか?リュウヤ様も、こういう冷たい風が心地よいのだそうですよ。
こういう、冷たい風が頰を撫でる季節が一番好きだって。」
サクヤが何を言いたいのか、アルテミシアは図りかねている。
「アルテミシア様、貴女はリュウヤ様に何を望んでいるのですか?」
振り返ったサクヤが、アルテミシアにズバリと斬り込む。
優しく微笑む表情と、自分を見つめる穏やかな瞳。
だが、その瞳には自分の心の中を見通すような、居心地の悪さがある。
「もし、貴女がリュウヤ様を利用しようというのなら、諦めなさい。
ですが・・・」
「ですが・・・?」
「助けを求めたいのなら、変な小細工などせずにぶつかることです。」
「・・・」
「私がお話したかったのは、それだけです。」
そう言ってサクヤは中に戻ろうとする。
それをアルテミシアが呼び止める。
「サクヤ様。なぜ、私にそのようなことを話されるのですか?」
サクヤは足を止めて振り返る。
相変わらず、その瞳は穏やかで、アルテミシアの内心を見抜いているように思えてしまう。
「貴女の表情が、リュウヤ様に出会う前の私のように感じられましたから。」
「えっ?!」
驚いた表情を見せるアルテミシアに、
「 そんなに驚くことではありませんよ。」
そう答えると、
「少し、お話ししましょう。私がリュウヤ様に出会った時のこと、そして、それからのことを。」
そう前置きして、サクヤは話し始める。
☆ ☆ ☆
カシアは席を離れ、晩餐会場から出たハーディの後を追った。
ハーディなる者のことを聞いても、誰もその正体を知らない。
ならばと直接的な接触を狙ったのだが、まるでそれを予測したかのように会場を後にしている。
上へと続く階段をひたすら登っていく。
どれほど登ったのかわからない。
どこまで登ればいいのか、そう思ったとき、突然それは起こった。
「なっ!?消えた?!」
一本道であり、脇に逸れるような場所は無く、また扉も無い。
「どこへ?」
呆然とするカシアの背後から、
「付いて来たのはひとりだけじゃったか。」
ハーディの声。
馬鹿な、そう思い振り返ろうとするが、
「動くで無い。そのまますすむのじゃ。」
そう言われて動けなくなる。
圧倒的なまでの重圧を受け、アルテミシアが言っていたことを思い出す。
あの時、アルテミシアが感じ、自分が感じられなかったのは、このハーディという存在がわざとそういう風にしていたのだろう。
「絶対に勝てない。」
そう悟らざるを得ない。
逃げたくても、決して逃してはくれないだろう。
ハーディに言われるままに階段を登っていくと、巨大な扉の前に出る。
「姉上、持って来たぞ。」
姉上?こんなところに?
カシアの頭は混乱している。
「やっと来たか。」
そう言って姿を現したのは、ハーディよりも大人びた雰囲気を醸し出している美女。
姉というだけあって、ハーディの特徴的な光すら吸い込むような黒髪と、それと対照的な白過ぎるほど白い肌を持っている。
「その小娘は、リュウヤの客ではないのか?」
「リュウヤの客の随員じゃ、姉上。」
「ほう。」
姉上と呼ばれた者は、顔をカシアに近づけてくる。
動いてはいけない、本能的にそう悟る。
「なかなか聡いの。」
この得体の知れない存在は、そう言うと顔を離し、ハーディが持ってきたもの、酒と料理に注意を向ける。
「今日も、美味そうなものばかりじゃな。
リュウヤのおかげで、舌が肥えて困るというものじゃ。」
「姉上なぞまだ良いではないか。妾なぞ、舌を肥えさせた上で帰らねばならぬのじゃぞ。」
料理人を修行に出させようかなどと口にしている。
「あ、貴女はいったい・・・。」
国王リュウヤを呼び捨てにできるような存在、それは何者なのだろうか?
「なんじゃ、我を知らずにここに来たのか?
我はシヴァ、リュウヤにそう名付けられし者じゃ。」
カシアは目を見開き、驚いている。
リュウヤに名を付けられた存在といえば、龍人族ともうひとつ。
「まさか、始源の龍・・・」
呆然と立ち尽くす。
そのカシアに対してこの超常の姉妹は、
「そんなところに突っ立ってなどいては、酒が不味くなるではないか。
こちらに来て、相手をせよ。」
そう言われ、逆らえることなどできずに酒の相手をすることになった。
☆ ☆ ☆
デリアとエイレーネは、子供たちの群れに囲まれて身動きが取れない。
そこにキュテリアが救援にやってくるが、彼女もまた子供たちの波に揉まれて中に閉じ込められてしまう。
そんな3人が解放されたのは1時間ほど経過した後。子供たちの無尽蔵な体力の前に、ヘトヘトになっていた。
「もうダメ。」
「子供たちって、あんなに体力があるんだ。」
「疲れた・・・」
その場にへたり込んでいる3人に、水を差し出される。
「ありがと。」
それを受け取ったデリアが見たのは、龍人族の少女だった。
「おねえさんたち、だいじょうぶ?」
心配そうに見ている少女に、
「大丈夫よ。えーっと・・・」
キュテリアが答えるが、名前を知らないため、言葉が詰まってしまう。
「リュウネだよ。」
少女は屈託無く笑う。
「リュウネちゃん、お水ありがとう。」
エイレーネがリュウネの頭を撫でながら、礼を言う。
その一方でデリアは、
「あーっ、私たちなんでこんなことしてるんだろ。」
とぼやく。
その言葉に反応したのがリュウネ。
「おねえさんたち、なにをしにきたのかなあ?」
素朴な疑問に、
「私たちの住んでるところが、悪い人たちに攻撃されたんだ。
だから、助けてほしいって言いにきたんだよ。」
随分と簡略化した言い方だとは思ったが、デリアはそう答える。
難しい物言いをしても、このリュウネに理解されるとは思わなかったから。
「そうなんだ。ちゃんとお願いしたら、リュウヤ様ならたすけてくれるよ。」
子供らしい言い方だが、この言葉にキュテリアは衝撃を受けた。
今、この少女は何を言ったのか?
"ちゃんとお願いしたら"
自分たちはお願いしただろうか?
むしろ、小細工を弄してはいなかっただろうか?
「リュウネちゃん、ありがとう。」
唐突な感謝の言葉に、リュウネはきょとんとした表情を見せるが、
「どういたしまして。」
と返礼をすると、持って来たコップを片付けるために持っていく。
「デリア、エイレーネ。アルテミシア様のところに行くわよ。」
双子の翼人族は、キュテリアがなにかを感じ取ったことを理解し、ヘトヘトになった身体に鞭打ち、立ち上がる。
「わかった。アルテミシア様のところに行こう。」
双子は、キュテリアがなにを感じたのかはわからないが、現状を打開しうることなのだと信じて、歩きだした。