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龍帝記  作者: 久万聖
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傲慢なる者

 時間は、トール族が保護された頃に戻る。



「トール族は"龍の大森林"に入ったようです。」


 龍の大森林とは、もちろんリュウヤによって生み出された大森林のことである。


 脱走したトール族を追いかけて2日。ようやく追いついたと思ったら、よりによって復活したと噂されている始源の龍の住まう地に逃げこむとは。


 報告する兵士は言外に失望を込めている。


 報告を受けた側も、その失望に同意しており、咎める気にすらならない。一か月ほど前に、大国イストールの軍1万5千が、復活したばかりの始源の龍の前に敗退したという報告もあるのだ。


 下手に手を出せばイストールの二の舞、いや、数が少ないことを考えれば全滅もありうる。なにせトール族を追ってきたのは3百人しかいないのだから。


「困りますな、そんな弱腰では。」


 一団の中で、明らかに軍装が違う20人ほどの者たち。そのリーダー格にあるらしい男が嘲るように言う。その軍装は見る者が見ればわかる、魔術師の軍装だ。


「そうは言うがな、アガーノ卿。トール族が逃げ込んだのは、始源の龍の住まう大森林だ。下手に手を出せば、こちらが壊滅させられかねん。」


「わがパドヴァ王国最強の騎士、グィード卿らしからぬ発言ですな。」


 あいも変わらず、嘲りの色が強い。それだけでなく、その配下の魔術師たちにも嘲りの色が浮かんでいる。


「始源の龍といえど、ほんのひと月前まで枯死寸前だった老いばさらえた存在。恐るるに足りぬでしょうに。」


「その老いばさらえた存在の前に、イストールの大軍が破れておるのだ。」


 警戒して然るべきではないか。グィードとしては、常識的な判断でしかない。

 それに、問題になるのは始源の龍だけではない。その眷属たる龍人族も、始源の龍復活により力を取り戻している可能性が極めて高い。力を取り戻した龍人族は、ひとりで一軍に匹敵する力を持つと言われているのだ。


「そのイストール軍には、魔術師はほとんどいなかったと聞き及んでおります。我々のような魔術師が居たなら、あんな無様な敗北など無かったでしょう。」


 この男は自信過剰過ぎる。それがグィードの評価だ。


 元々、パドヴァ王国の魔術師学校で俊才として名を馳せていた。そして三十代にして、次席宮廷魔術師だ。


 その能力は認めるが、人格の捻れは酷い。いや、先々代の王より魔術師を偏重してきた結果が、このアガーノを代表とする一団だろう。


 魔術師というだけで他者を蔑み、魔力を持たぬ者をあからさまに差別する。差別というならまだマシかもしれない。実験動物扱いというのが正確だろう。


 今回のトール族の脱走を招いたのも、詳細は教えられてはいないが、ロクでもない実験のせいだろう。あのトール族ですら逃げ出すような実験だ。ロクでもないだけでなく、相当に過酷なものに違いない。


「そういえば、この大森林には我が国から逃げ出した人間もいましたっけねえ。」


 酷薄な笑みを浮かべるアガーノ相手に、最大限に努力して表に嫌悪感を出さぬようにする。下手に嫌悪感を見せて、王にでも告げ口されてはたまったものではない。魔術師偏重のこの国だ。ろくな詮議を受けることなく罪に問われることになろう。


 仕事は確実にする。だが、アガーノ達からは付かず離れずの距離を取ることにする。それがグィードの出した、自己と部下を守るための判断だった。



 アガーノはアガーノで、グィードが自分に嫌悪感を向けていることは知っている。表面に出さないだけで。


 表に出さないだけ、彼はマシな部類だ。中には、身の程知らずにもあからさまに嫌悪感を見せる者がいる。そういう輩は、王への根回しや、時には魔術を使った呪殺を行うこともある。それは魔力を持たぬ、または魔力を持っていても使えない下等生物への、当然の報いなのだ。


 あのトール族とかいう木偶の坊どもも、我ら魔術師の役に立てていたのに逃げ出すとは。魔力を持たぬ奴らに、魔術の発展に寄与するという名誉な役割を与えてやったとにもかかわらず逃げ出すとは!!なんという恩知らずな輩か!!


 魔術師以外の者が聞けば、「なに言ってんだ、コイツ」というようなことを平気で口にする。ただ、これはアガーノだけの反応ではなく、パドヴァ王国の魔術師ならば当然の反応である。先々代王より、魔術師を偏重してきた弊害であろう。



「今日は、森の外で宿営します。」


 すでに日が暮れかかっており、このまま森に入ると慣れぬ森での夜を明かすことになってしまう。リスクはなるべく避けたい。グィードの判断は至極真っ当なものだろう。不満そうな魔術師たちに、こう付け加える。


「大事の前の小事。明日、場合によっては龍人族ともことを構えることも考えられる。あなた方には万全の状態でいてほしいのですよ。」


 そう言われると、否とは言えない。


「まあ、良いでしょう。」


 アガーノはその提案を受け入れる。この場における最高位たるアガーノが受け入れたのだ。他の魔術師たちも否はない。

 グィードは部下に指示をだし、野営の準備を開始させた。


 この時、グィードはアガーノ達が仕出かすことを予想できなかった。

 その行動がもたらす結末など、思いもよらぬことだった。

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