アルセンとの会談
アルセンは妻マリーアに零す。
「想像以上だったな。」
「義兄上様の言われていた通り、いえ、それ以上でした。」
マリーアも夫アルセンに同意する。
招待状が届いた時点では、次兄シニシャが行けばいいと考えていたのだが、そのシニシャと国王である長兄アレクサンダルに言われて、渋々参加したのだ。
可愛がっていた姪のアナスタシアの顔を見たかったのもあるが。
「行けば、必ず視野が広がる。
そして、なぜ龍王国と同盟を結ぶのか、その理由もわかるだろう。」
とはシニシャの言葉だ。
同盟を結ぶその理由。
多種族混成国家であり、種族によっては一人を倒すのに人間10人を必要とするような者たちがいる。
それらを敵に回せるのか?
晩餐のメニューを見ただけで、あのリュウヤという男にどれほどの知識があるのかがわかる。
それが、料理だけに留まるものなのかどうか?
料理だけに留まっていると考えるのは、あまりにも楽観的過ぎる。
いや、文化面だけではない。
龍王国は、オスト王国やイストール王国との交易関税を撤廃するという。
それは、一大経済圏を作り上げようとする行為であり、現在の状況では龍王国が一番経済力が弱い。
だが、あの男がそれを理解していないわけがなく、必ず挽回できると踏んでいるからこそ締結しているに違いない。
軍事的には、この地域最強と言っていい実力を持ち、文化面でもこれから大きく伸びてくるだろう。
そしてそれに経済力が加わってきたとすると・・・。
考え込む夫にマリーアは、
「あなた、リュウヤ陛下に呼ばれていませんでしたか?」
そう声をかける。
「そうだったな。」
そう答えて、ベッドに眠る子供たちを見る。
はしゃぎ疲れたのか、ぐっすりと眠っており、起きる気配はない。
子供たちを連れて来た乳母に任せて、マリーアとともにリュウヤの待つ部屋に向かう。
どんな話が出てくるのか想像もつかないが、次兄シニシャの言葉通りの人物ならば、決して利益にならない話ではないはずだ。
迎えに派遣されたエルフの侍女に先導されながら、そう考えていた。
☆ ☆ ☆
アルセンはリュウヤと向かい合っている。
マリーアは別の席で、サクヤとの会話が弾んでいるようだ。
リュウヤはアルセンに一枚の紙を見せる。
その紙は招待状の返信だ。オスト王国の。
訝しげにリュウヤを見るが、それを読むように視線で促される。
促されるままに返信を見ていくと、
「これは?」
すぐに違和感を覚える。
「代表者フランツ王子?」
王太子ジギスムントは、次期王として国内の混乱を収め、統治するために残らなければならないから、現時点で招待を受けることなどできはしない。
ならば、通常なら第二王子が来るはずなのだが、名前が違う。
オスト王国第二王子はヨーゼフだった。
第三王子はヘルマンだったはずであり、第四王子は龍王国に人質として出されているマクシミリアン。
するとフランツ王子というのは・・・。
「第五王子だよ。」
リュウヤが告げる。
マクシミリアン王子が、アナスタシアと同じ10歳なのだから、フランツ王子はまだ二桁に届かない年齢だということになる。
「あり得ない。」
思わず呟く。
「オスト王国では、暗闘が深刻化しているそうだ。」
穏健派であるラスカリス候が実権を握り、龍王国やセルヴィ王国と友好関係を構築しようとしている。
そのことに不満を持つ者たちが、第二王子、第三王子を担ぎ出しているのだろう。
担ぎ出した代表格は、主戦派の領袖だったエナーレス候フェルデナンドだろうか。
先の戦いの敗戦の責任を取って引退したはずが、じわりとその触手を伸ばしてきたのだろう。
エナーレス候が第二王子を担ぎ出したのなら、第三王子を担ぎ出したのは誰か?
「主戦派から分裂した奴らが担ぎ出した。
たしか、シュタイア伯といったかな。」
先の戦いでは戦列に加わっていなかったため、損失は受けておらず、私兵を動員して睨みを効かせているとか。
「どうなさるおつもりで?」
アルセンが尋ねる。
「なにもしない。いや、できないというのが、正直なところだ。」
下手に手を出せば、エナーレス候やシュタイア伯に正当性を与えかねない。
リュウヤが手を出せば、必ずや"龍王国は我が国に領土的野心を持っている"、"オスト王国王家を傀儡にするのが狙いなのだ"と主張し、両者を団結させることになる。
そうなれば、相対的に優位にある王太子派ともいうべき者たちを窮地に陥れかねない。
だから、手を出せない。
てきることがあるとすれば、それはひとつ。
リュウヤはアルセンに返信の続きを見るように促す。
「ん?なんだこの随員の人数は?!」
その随員の名前の中には、幼すぎて担ぎ出されなかった王子の名前や、王女の名前が記載されている。
それだけの王子王女がいるとなれば、当然ながらその随員も増加する。
「亡命と呼ぶべきか、疎開と呼ぶべきか、悩ましいな。」
この言葉でアルセンは思う。
このリュウヤという国王は甘い。
甘いが、当然ながらその甘さの裏には計算がある。
彼らを受け入れるということは、王太子派が勝とうと、それに反発する派閥が勝とうと、リュウヤはいくらでも介入できる手札を手にしているということになる。
だが、そのことは穏健派の実権を握るラスカリス候とて理解しているはず。
にもかかわらず、それをした理由・・・。
反対派の両派閥への牽制。
「苦肉の策なのでしょうな、ラスカリス候をはじめとする王太子派としては。」
その言葉を聞いてリュウヤは笑う。
「さすが"外交のアルセン"だな。
そう答えられるほどに読み切るとは。」
なるほど、この男は自分を試したということか。
「それ以外にないでしょう。王太子派としては。」
それは、リュウヤの性格を把握したうえで、全てをそこに賭けたということだ。
ラスカリス候の狙い。
それは敵対派閥が、他国を味方にして引き込むことを牽制するためだ。
内戦であれば、攻守同盟を結んでいる龍王国は参戦しないが、他国の軍が入ったとなれば自動参戦することになる。
実はこの自動参戦条項、ラスカリス候が最も望んだものであり、その意を受けたイザーク伯が粘り強い交渉の末に盛り込まれたものだ。
ラスカリス候は、あの時に今日の状況を予測していたということになる。
龍王国が控えているとなれば、介入したい国も躊躇するだろうという読みだ。
ラスカリス候の読みは当たっており、第二王子派、第三王子派ともに他国に援軍を要請するものの、その交渉は不調に終わっている。
無論、そこには天狗族の暗躍もあるのだが、わざわざ説明するほどリュウヤも人がいいわけではない。
「アルセン。」
いきなり名を呼ばれて背筋を伸ばす。
「お前の能力を理解したうえで、これを渡しておく。」
そう言って差し出されたのは、七通の書状。
その七通の書状に押されている家紋に、アルセンは見覚えがある。
「まさかこれは・・・?」
「そのまさかだ。我が国の東方、セルヴィ王国以外の7カ国の返信だ。」
その返信を見れば、龍王国に対してどのような態度で望もうとしているのかがわかる。
それで敵か味方か判別しろ、そう言っているのだ。
受け取るべきか、断るべきか・・・。
逡巡はわずかな時間だった。
「ありがたく受け取らせていただきます。」
アルセンはそう答え、書状を受け取ったのだった。
☆ ☆ ☆
「まったく、嫌になる相手だよ。」
あてがわれた部屋に戻ると、アルセンは妻マリーアに愚痴をこぼす。
「そんなに大変だったのですか?」
「大変なんてものじゃない。
選択させているようで、選択肢が無いのだからな。」
そう選択するように誘導しているのだ。
今、手元にある七通の書状。
同盟を強化するならば受け取るしかない。
受け取らないということは、同盟を弱体化させることになり、オスマル帝国の圧力がかかってきた時に見捨てられる可能性が出てくる。
いや、あの男のことだから見捨てることはしない、そう確信してはいるが、状況というものは常に変化するものだ。
それに、リュウヤに見捨てる気がなくても部下たちがどう動くか。
そこまで考えて頭を振る。
もう受け取ったのだ。
考えるのはこれからの状況についてだ。
「マリーア。明日からの行事はお前が出てくれ。
俺は、色々とやらねばならないことができた。」
「わかりました。重要なものでない限り、私が参列いたします。」
マリーアの返事を聞き、アルセンはホッと一息ついたのだった。